第3話 助手になりたい!

 (誰かにつけられてる…。)


名探偵くんは現場に向かって走りながらそう思った。しかし、急いでいたので気にする余裕はなかった。

 事件現場の家につくと、「立ち入り禁止」と書かれた黄色いテープの前に立っている警官に向かって、


「川水探偵事務所の安条です」


と一言言って、名探偵くんは中に入っていった。


 名探偵くんが家の中に入ると、そこにはたくさんの警官と、警官に囲まれた死体とその遺族がいた。名探偵くんがその遺族に事情聴取をしていると、外が急に騒がしくなった。やがて、一人の警官が名探偵くんのところへやってきて言った。


「あの…名探偵くんに会いたいと言っている子達がいるんですが…」


「…僕、今忙しいんだけど。追い払って」


警官は困った顔をした。


「それが、追い払おうとしても、言うことを聞かなくて…」


「…仕方ないなあ…。ちょっと抜けます」


名探偵くんは大きなため息をついて外に出た。外に立っていたのは、杏、歩美、日菜子の三人だった。


「みんな…どうしてここに?」


「あ、名探偵くんだー!」


にこにこして名探偵くんに駆け寄ってきた杏は、名探偵くんがうつむいたのを見て、途中で立ち止まった。


「…名探偵くん?どうしたの?」


「あのさ…仕事中にまで来られると迷惑なんだけど」


「え…」


その言葉を聞いた杏の顔からは笑顔が消えた。


「あ、あのね、杏たち、名探偵くんの『助手』になりたいなあって思って…その…」


杏は少しおどおどして名探偵くんに言った。でも、名探偵くんはそんな様子を気にせずに、冷たく言い放った。


「…助手なんかいらない。僕は自分でできるから。…話は終わり。今すぐ帰ることをお勧めするよ」


名探偵くんは来た方向に振り向いて、仕事に戻っていった。杏は力が抜けたように地面に座りこみ、静かに涙を流した。名探偵くんに代わって家から出てきた警官は泣いている杏を見て、驚いた顔をした。


「ど、どうしたの?君」


「名探偵くんに…断られちゃった…『助手』になりたかったのに…」


警官は杏の頭をなでながら、言った。


「名探偵くんはすごくフレンドリーで、ファンも多いんだけど、絶対に助手を雇わないそうだ。だから、名探偵くんは、『孤高の名探偵』としても有名なんだよ」


「孤高…?名探偵くんが…?」


初夏の陽差しの中、杏、歩美、日菜子の三人の間に冷たい風が強く吹いた。



 その日の夜。紗由のもとに所長さんから電話がかかってきた。


「もしもし、紗由?」


「はい…どうかしましたか?」


所長さんは大きなため息をついた。


「…やらかしたわね」


「うぐっ…」


「紗由の性格からして仕方ないんだけどね…。これが名探偵くんの弱点なのよねえ…『助手』っていう単語に過剰反応してしまうのが…」


「…はい…そうですね…。全くもって…その通りです…」


「明日、ちゃんと謝るのよ。あの子達、クラスメイトなんでしょ?いい?自分の仕事、忘れずにね」


「はい…分かりました。おやすみなさい、所長さん」


紗由は電話を切って、布団にもぐりこんだ。


「杏ちゃんたち…怒ってるのかなあ…。明日…学校行きにくいなあ…」



 次の日。

 紗由が教室に入ってきたとき、歩美たち四人はかたまって座っていた。


「おはよう…どうしたの?」


「あ、紗由。おはよう。それが…」


歩美が指差した先は、机につっぷしている杏と、それをなだめている光だった。


「杏ちゃん、昨日、ウチが帰った後に何があったん?…歩美ちゃんと日菜子ちゃんも落ちこんどるし…」


「光…あのね…」


その時、杏が不満そうに大きな声で言った。


「名探偵くんに怒られたー」


「杏、私たちも悪いんだから、そんな風に言っちゃダメだよ」


「でもー」


「…あ…あの…」


紗由はいてもたってもいられなくなって、口を開いた。


「紗由?」


「えっと…ごめんなさいっ!!」


紗由は走って教室を出て行った。


「…なんで紗由が謝るんだろう…」


「何か謝るようなことされたっけ?」


歩美はひとり考え込んでいた。


(確かに、紗由が謝るところじゃないのに…。そういえば、名探偵くんと紗由って何か関係があるんだと思ってたけど…。よくよく考えてみたら、名探偵くん私たちと一緒にいるとき、紗由は一緒にいないし、お互いがお互いの名前に反応してる。もしかして、紗由は…)


「あのさ、みんな」


「どうしたの?歩美」


「今日、行きたいところがあるの」


「…名探偵くんのところ?」


「うん、まあ…そんなところ。名探偵くんが所属している探偵事務所」


「謝りに行くの?」


「それもあるけど…」


歩美は少し微笑んだ。


「別の用事…かな?でも、杏は一番に謝らないとね」


「ちゃ、ちゃんと謝るって!」



 その日の放課後。紗由はすぐに教室をとび出して、事務所へ向かった。


「こんにちは、所長さん」


「紗由。誰かがここに入ろうとしてる。メガネをかけておいた方がいいと思うわよ」


「…は、はいっ!すぐにしてきます!」



 数分後。聞き慣れた声と共に、事務所のドアが勢いよく開けられた。


「たのもーっ!!」


「杏ちゃんっ!それは道場破りやて!」


杏は、いきなりの事でびっくりして硬直していた名探偵くんの方を向いた。


「…な、何?」


「昨日はお仕事の邪魔してすみませんでした!!」


「…い、いいよ…僕もちょっときつく言い過ぎちゃったから…ごめんね」


歩美は二人のやりとりを見て、ほっと胸をなで下ろした。


 杏は部屋を見渡して一つの小さな機械を発見した。


「この機械すごーい!他にもあるのかなあ?」


「気になるの?こっちにもっといっぱいあるわよ」


「やったーっ!光、日菜子、行こっ!」


杏たち三人は、所長さんに連れられて、どこかへ行ってしまった。


 部屋には、歩美と名探偵くんだけが残された。


「…歩美ちゃんは、謝りに来ただけじゃないみたいだね」


「うん…。ちょっと名探偵くんに話があって…」


「…分かった。仕事がまだ残っているから、話は仕事をしながらでもいい?」


歩美はゆっくりうなずいた。



 「それで、話って?」


歩美はいすに座りなおして、ゆっくり深呼吸をした。


「最近、ずっと考えていたことがあって…。名探偵くんって何者なんだろうって…」


「だから、正体は教えないって」


「そうじゃなくて!まずは話を聞いて欲しいの!」


「…ごめん。続けて」


「私たちが初めて名探偵くんに会ったときのこと、覚えてる?私ね、今まで一回も名探偵くんに会ったことなかったし、たまにテレビの中に出てくる人だって思ってた。私と同年代なのにすごいなあって。だから、初めて会った時、すごくびっくりした。杏じゃないけど、夢じゃないかなって思った。でも、現実だった。


ちょうどこのときぐらいに、私のクラスに転校してきた女の子がいて、安条 紗由っていうんだけど。昨日、私たち、名探偵くんに怒られたよね。それを今日、紗由に謝られたの。不思議だなあって思った。でも、よくよく考えてみたら、不思議なことだらけなんだ、紗由と名探偵くんの関係。初めて会った時期が二人とも一緒で、紗由がいるときは名探偵くんはいないし、名探偵くんがいるときは紗由はいない。ほら、ショッピングモールの時、名探偵くんが私たちのところにいる間、紗由はずっと帰ってこなかったじゃん。名探偵くんが私たちのところにいた二十分の間、ずっとトイレにいたとは考えにくくって。トイレのすぐ近くに私たちがいたから迷子になっていたわけでもないだろうし。体育館のときもそうだった。


えっと…、つまり、私が言いたいのは…『名探偵くんの正体って紗由じゃない?』ってことなんだ。…で、でも、性別から違うし、多分違うと思うんだけど…」


 歩美は話し終わって、名探偵くんを見た。名探偵くんは歩美をじっと見つめていた。その表情は平常を保ちながらも、驚きを隠せないようだった。


「…すごいね、歩美ちゃん。…正直言って驚きだよ。今までたくさんの人が僕に正体を確かめに来たけど、ことごとく外れてたし、ここまで立派な論を立ててきたのは、歩美ちゃんが初めて…。そうだよ、僕は…―」


名探偵くんはそっとメガネを外した。



 「―…紗由だよ…」


歩美の目の前にいたのは、まぎれもなく紗由だった。紗由は、たった今名探偵くんが外したはずのメガネを持っていた。歩美は本当にそうだったことに驚いて硬直した。


「…歩美ちゃんが何もかも初めてなんだ…。名探偵くんの正体を見破ったこと…。私にそれを確かめに来て、本当に当たっていたことも…もしかしたら分かっていた人はいるかもしれないけどね」


紗由は、少しうつむいて、小さくつぶやいた。


「…でも…歩美ちゃんでよかった…」


「え?何か言った?」


「ううん。内緒…」


紗由は微笑んだ。


「ところで、正体を当てた人には、私の過去の話をしようと思っているんだけど…歩美ちゃん、聞いてくれる?」


「うん。聞きたい」


「…今から話すのは、私が名探偵くんになるまでの話だよ…」


紗由はゆっくり話し始めた。

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