第2話 バスケ部顧問騒動
紗由が空雲小学校に転入してから二週間たったある日のこと。
「ねえ、みんな!」
日菜子が歩美たちのところへわくわくした様子でやって来た。
「どうしたの?日菜子」
「あのねっ、今日の放課後にうちの学校のバスケ部の練習試合があるんだって。みんなで行かない?」
「バスケかあーいいねー杏好きだよー。行く行くー」
「私は今日の放課後あいてるから大丈夫だよ」
「ウチは習い事あるから…五時までやったら大丈夫」
「紗由は?」
紗由はちょっと困った顔をして言った。
「…ごめんね、今日はちょっとムリかも…」
(…本当はそんなに忙しいわけじゃないけど…)
日菜子はちょっとしょんぼりした。
「そっかあ…うーん…まあ、でも仕方ないね。紗由には悪いけど…放課後にね」
放課後。紗由はみんなと別れて、ある場所に行った。それは、名探偵くんの所属している事務所である、
「…こんにちは、所長さん」
所長さんは振り向くと、小さく手を上げた。
「おお、紗由!今日は…特に仕事はないよ。何かあったらまた連絡するね。他に何か用事はある?」
紗由は小さくうなずく。
「…えっと、今日、メガネを使わせて欲しいんです…」
所長さんは「ふぅん」と言って、やりかけの自分の仕事に戻っていった。壁の向こうから声だけがかえってくる。
「別にいいよ。メガネの使用権自体は紗由にあるんだから、いちいち申告しなくていいよ。まあ、正体バレない程度でね。もしバレたら、本当の意味で大騒ぎになるからね」
紗由は微笑むと、そっとメガネをかけた。
歩美たちが体育館に着いたとき、もう試合は始まっていた。
空雲小バスケ部と緑ヶ丘小バスケ部の練習試合。日菜子と杏は、すぐに走って行って、二階の応援席で、大声で応援し始めた。
「ファイト!ファイト!そ・ら・ぐ・もーっ!」
「あ、スリーポイントシュートだ!すごーいっ!」
「本当だ!空雲勝てるよ、これ!」
歩美と光は大騒ぎしている二人のそばで静かに観戦していた。
前半が終わって、27-20で空雲が優勢。後半が始まる直前、光は何かをじっと見つめていた。
「どうしたの、光?」
「あ…歩美ちゃん、入り口のところに誰かおるよね…」
歩美は入り口の方を見た。そこには光の言った通り、誰かが立っていて、辺りを見回していた。
「うん。いるね。その人がどうかしたの?」
「えっと、あの人、名探偵くんやないかなあって思うんだけど…」
「えっ?」
歩美がよく目をこらすと、それは確かに名探偵くんだった。
「あ、本当だ」
「何かあったんかなあ?ウチ、こんなに名探偵くんに会えるって思ってもなかったから、めっちゃうれしいわあ~」
光が頬に手をあてて、嬉しそうな顔をした。
「えっ?なになに?名探偵くんいるのー?」
杏が入り口にいる名探偵くんに気付いて、走り寄った。
「名探偵くーん!!久しぶりーっ!」
名探偵くんはいきなりのことでびっくりしたのか、杏をよけず、そのまま突き飛ばされてしりもちをつくと、慌てたように人差し指を立てて「しーっ」と言った。杏はあっけにとられてポカーンとした。
「僕がここに来てるって知られたら、大騒ぎになっちゃうでしょ?」
すると、杏は「なるほど!」と言ってから、ちょっとお辞儀をして、
「えっと、ごめんなさい」
と謝った。名探偵くんはパッパッとズボンをはたくと、ちょっと微笑んだ。
「久しぶりだね、杏ちゃん、みんなも」
「久しぶり!ねえ、ここで何かあったの…?」
歩美が不安そうに言うと、名探偵くんは首を振った。
「ううん。今は何も…」
「そっか。じゃあ、名探偵くんも一緒に試合観ようよ!もうすぐ後半戦が始まるし!」
日菜子の誘いに名探偵くんはうなずくと、一度日菜子がいるところへ行ったが、何かに気付いたようで、二階の応援席の周りを囲む柵に駆け寄り、一階を見下ろした。
しばらくして、歩美が気付いたときには、名探偵くんはそこにいなかった。
一階の体育館では、それぞれの学校の顧問がもめていた。
「だから頼むよ、一点だけだろ?」
「その一点が勝負を決めるかもしれねーだろ。スポーツマンならそれくらい分かってるはずだ。一点たりともお前には渡さん!」
「…すみませーん、ちょっといいですかー…?」
名探偵くんが控えめに話しかけると、一人が振り向いた。
「こっちの話だ、関係ねーだろ…って名探偵っ!!」
(…もう、そのくだりやめてほしいなあ…)
「どうも。川水探偵事務所の安条です。お話、聞かせてもらえますか?」
「…あれ?」
名探偵くんがいなくなっていたのを不思議に思った歩美は、二階の柵に駆け寄って、一階の体育館を見下ろした。名探偵くんは下で人と話していた。
「…何かあったのかなあ…」
「はあ…つまり、部の人数が減っていて、勝率も下がっているから、この試合で負けたら顧問を外されそうだ。だから勝たせて欲しいってことですか?」
名探偵くんは小さくため息をついた。
(…くだらない。本当にこの人はスポーツをしている人なのかな…。もし仮にそうだとしたら、そんなことは絶対に許されない)
「いや、勝たせろってことじゃなくて…」
「…じゃあ、何ですか?」
「いや…それは…」
「僕は見てないですけど、前半戦終了ちかくにあったラインぎりぎりのスリーポイントシュートのことですか?判定が出るまでかなり時間がかかったと聞きました。…もしかして、ツーポイントにして欲しいとか、そういうことなんですか?」
「まあ…そういうことだが…」
名探偵くんは、そう言った緑ヶ丘の顧問の方を向いて、低い声で言った。
「…別に空雲の肩をもつ、というわけではないですけど、そういうズルに頼ってまで勝とうとするのはよくないです。スポーツの試合というのは、正々堂々と戦うものです。本当に勝ちたいと思っているならば、今からでも巻き返せるはずです」
結果。45-36で空雲が勝った。緑ヶ丘は負けたが、顧問は男泣きもせず、静かに空を見上げた。
「…俺が悪かったんだな。勝つことしか考えてなくて…ズルに頼ろうとしたのはそのせいかもな。…ありがとよ、名探偵。おかげで目が覚めたぜ」
名探偵くんはその言葉を聞いて、少し微笑んだ。
「…お疲れ、さまでした」
「おうっ!」
プルルルル…!プルルルル…!
その時、名探偵くんの携帯電話が大きな音をたてて鳴った。周りの人の視線が名探偵くんの方を向いたので、名探偵くんは慌てて外に出て、電話をとった。
「…もしもし?」
電話の主は所長さんだった。
「もしもし、紗由?事件発生よ!今すぐ空雲町三丁目二番地に来て!」
「分かりました!すぐに向かいます!」
名探偵くんは電話を切ると、急いで現場に向かった。
「空雲勝ったね~!いい試合だった~!」
日菜子は満足した様子で笑顔でそう言った。歩美、杏、日菜子の三人は夕暮れの道を一緒に帰っていた。いろいろ話しながら歩いていると、名探偵くんが走って体育館から出てくるのが見えた。歩美たちは顔を見合わせると、名探偵くんの後を追って、走り始めた。
「名探偵くん、どうしたんだろ?何か事件とかあったのかなあ」
「そうに決まってる!名探偵くんが走っているときってだいたいそうじゃん!」
「ねえっ、このまま事件現場行ってみようよ!」
杏がぴょんぴょん飛び跳ねながら言った。
「でも…子供が行っていいのかな…?」
日菜子が不安そうにそう言うと、杏は何かひらめいた様子でこう言った。
「大丈夫!杏に考えがあるんだ」
杏は歩美と日菜子にしか聞こえない声で話した。
「いいじゃん、それ!」
「行こう行こうっ!」
歩美たち三人は名探偵くんを追いかけて事件現場へ向かった。名探偵くんの助手になるために。
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