珍しく気持ちの良い目覚め。こんなに寝れたのは何時ぶりだろうか。

そんなことを考えつつ総司令官室へ向かう。ノックをして声をかけるとどうぞと返される。

主が変わって二日目の部屋に入ると、その主は出掛ける準備をしているところらしかった。


「おはようございます、エトーレさん」

「おはようございます…どちらに行かれるんですか?」


昨日と同じ黒い軍服に加えて、今日は黒いリュックを背負っている。机に置いた黒い軍帽を手にとりながら、メランは答えた。


「王宮に用があるのです。僕はこれで失礼しますね」


エトーレさんのお仕事は机に置いときましたので、よろしくお願いします。そう言ってまた笑う。

スキップの様に軽やかな足取りで、少女は部屋を出た。


一人になった部屋で机に目をやると、昨日よりも少し厚くなった書類の束。それでも以前と比べると、その量はやはり少ない。


今日もさっさと終わらせてしまおう。





***





何の感慨もなく仕事を片付けた夕方頃。暇つぶしに足を運んだのは医務室。


「よう、クラル」

「なんだ、エトーレ…無駄に顔色良いじゃないか。珍しい」


片手を上げて挨拶すると、少し微笑んでそう返すクラル。

幼なじみでもある彼は、軍医としてロヤリテート王国軍基地で服務している。


顔色が良いのは昨日誰かさんのおかげでぐっすり寝られたからだろうか。

メランを認められない俺は、思わず少し顔を顰めた。


「ああ…昨日は仕事が少なくて、徹夜しなくて済んだからな」


ほう、と僅かに驚いた表情を見せるクラル。


「それはあれか、もしかしなくてもメランの采配か」

「…え」


新しい総司令官が就任した事は皆知っているが、その総司令官があの小柄な少女だということは俺以外知らないはず。


「お前、なんで知って」

「さっき来たからな」


その答えはとても単純なもので。どうやらメランは王宮から戻った後、医務室を訪れたらしい。そしてつい先程までここに居たんだと。


そして、もう一つの疑問。


「なんでお前が総司令官の名前を呼び捨てで呼んでんだよ!?上司だろうが!」


頭かてえな、と呆れた様子のクラル。やれやれといった表情でため息をつく。


「呼び捨てでいいって言われたんだよ、総司令官殿に。あいつなかなか面白い奴だな。指揮の腕は知らんが、戦闘に関してはなかなかだと思うぜ。少し話しただけだが、あいつになら国も任せられそうだ。ついでに可愛いし」

「お前もう三十だろうが。手出したら犯罪だからな」

「ロリコンじゃねえよ殺すぞ」


馬鹿なやり取りをしつつ、頭の中でメランへの評価を改める必要があるかもしれないと密かに思った。

クラルは決して簡単な男ではない。『少し話しただけ』で彼に国を任せられるとまで言わしめたメランには、きっと特別な何かがあるんだろう。

事務的な会話しかしていない俺には、分かっていないだけなのかもしれない。


そう思うと、少し彼女に興味が湧いてきた。

クラルに認められたメランのことを、俺の上司であるメランのことを、軍の総司令官であるメランのことを、知りたいと思った。


「…クラル、俺戻るわ」

「もう戻んのか」

「ああ、俺やることあったわ」


じゃあなと彼に手を振って、医務室を後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

銃を構えろ、戦争だ。 檜山 結城 @Yuuki_Hiyama

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る