記憶喪失の勇者④

 森を進む二人の姿は凄まじくもあり、悍ましくもあった。まるで二人が破壊の化身のように見えてくるま、でに。

 俺達の後には屍ばかり。心臓や頭を貫かれた魔物、頭蓋骨を破壊された魔物、ほとんどがそれだ。


 殺した敵の数でいうなら、サツキの方が圧倒的に上だ。サツキの包囲網をくぐり抜けたものだけをレイナは処理しているにすぎない。

 プルーフと呼ばれる不思議な技をサツキは恐らく使っている。

 直径五センチ程の小さな赤い球体。そこから熱線が何本も魔物に向かって飛んでいく。死角から突こうが、隠れていようが関係ない。この技は恐らく自動的に相手を攻撃している。

 だけど、無敵というわけではないようで。群れで襲われると一体や二体はすり抜けてくる。それをレイナはすかさず倒しているわけだ。それも拳で。

 剣を使わないのかと聞くと、「それほどの相手じゃない」と返された。確かにレイナの拳は的確に相手の頭蓋骨をかち割っている。これなら剣なんてなくても掃討できる。


 俺はそれを黙って見ているだけだ。少しむず痒くなり、抜けてきた敵を殴り飛ばそうとするが、レイナが瞬時に方をつけてしまう。


 手持ち無沙汰になってしまった俺は、二人戦いぶりを目に焼き付ける。


 といってもサツキは歩いているだけだし、レイナは本気ではない。剣士であるレイナは格闘術より剣術の方が得意だろう。それでも、正確に相手を滅ぼしているが。

 身のこなしが軽やかだ。相手の攻撃を最低限の動きで避けている。足元を少しずらし身体を逸らして、避けているようだ。


 似たようなものなら出来ないこともないか。避けるのに必要なのは見ることだと、この体になって分かった。

 もし、全てがスローに見えるならそれに伴った動きをすればいいだけだ。

 これが達人の世界か。今のレイナも魔物の動きなんて止まっているように見えるはずだ。


 華麗な二人の動きに俺は思わず、


「凄いな」


 と声を出していた。それにレイナは笑って、


「慣れれば、こんなものさ。目というのは経験と比例して良くなっていく。悪魔達の動きに慣れれば、魔物なんて赤子の手を捻るに等しい」


「俺の体も慣れているってわけか」


「慣れている? 戦闘技術は身体に染み付いていたというわけか? その割には戦い方がまるで違ったが……」


「腐っても勇者ってことだろ」


「そう……なのか? 医療の知識はあまりなくてな。記憶喪失がどの程度のものなのか、良く知らない」


「俺も良く分からないな」


「それは記憶喪失だからだろう?」


 レイナはクスクスと笑う。確かに記憶喪失だと知っていたらおかしいのか? でも、知識は残っていることは多いはずだし。


 こんなことだったら、もう少し勉強していても良かったかもな。


 笑いながらも、しっかりと敵を倒すレイナに感心せざるを得なかった。

 サツキは白い目で俺を見ているが、仕事はきっちりとこなしている。

 俺のところだけに敵が来るように仕向けているわけでもないし、やはりこの体が大切なのだろうか。




 昼間から歩き始め、休憩を入れながらも日が暮れるまで歩き続けた。

 魔物を狩りすぎたせいか、近寄ってくる魔物は少ない。ここまで惨殺され続けると、魔物の知性でも俺達(サツキとレイナ)はやばいということに気付いたのだろう。

 サツキのプルーフの範囲外で魔物達は唸る。鋭い眼光は隙を見て、俺達を食い荒らそうとしている。だが、俺達にそんな隙はない。二人の警戒もさることながら、サツキの自動攻撃は常に魔物を狙っている。一度範囲内に入れば、心臓を貫かれるだけだ。


 焚き火を囲み、俺達は火をぼうっと眺める。こんがりと焼けていく魔物の肉が出来上がるのを待つ。とても美味しくはなさそうだ。

 女の子だというのに、出来上がった魔物の肉を躊躇なくかぶりつく。

 俺も躊躇いながら、少しかじる。不味い……ということはない。味は鶏肉に似ている。だけど、美味しいというわけでもない。

 虫を食わされるよりはマシかと思い、魔物の肉を全て平らげた。これぐらいなら、まだ空腹の方が勝る。


 諦めた魔物達が散っていくのを見て、俺達は気を休めた。


「今回はしつこかったな」


「きっと、勇者のマナに惹かれたんだと思う。魔物達は質の良い魔力に群がるから」


「へぇ……」


 軽く談笑する。サツキとレイナが今後のことを話しているのを聞きながら、相槌を打つ。話なんてほとんど分からない。それは二人も分かっているからか、特に俺に意見を求めたりはしなかった。


 会話が途切れると、二人は眠りについた。寝ても大丈夫なのかと思ったが、例のプルーフは健在だった。発動すれば意識があろうがなかろうが、正常に作動するらしい。


 俺は意外と肝が座っていたらしい。疲れていたせいもあるかもしれないが、すんなりと寝ることが出来た。


 そして、朝が来た。俺達は魔物達の合唱ともいえる遠吠えを耳障りに感じて、目が覚めた。目覚めは良くない。

 特にサツキなんかは寝起きの悪さも相まってか、機嫌が悪かった。


「リュウガ」


「えっと、何?」


「こっち来て」


 サツキは力いっぱい俺を抱き締めた。


 え、何これは。


 意味が分からない。今の俺は絶賛嫌われ中かと思っていたのに。

 しばらく、サツキの柔らかい胸の中にうずくまっていた。

 俺を解放したサツキは、


「今日も頑張れる」


 といって、立ち上がりレイナを起こし始めた。


「何だ?」


「緊急事態。この近くに人がいる」


「人が?」


「うん、それもたくさんいるの」


「本当か? この辺りに村なんて……」


 おかしいのは俺でも分かった。だって、ここは魔物の巣窟だ。普通の人間が生き残れるようには思えない。


「確認する必要がある」


 俺達は明らかにどこか異質な村と思われる場所に足を運んだ。

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ミラーワールド〜もう一人の自分 京那珂時雨《きょうなかしぐれ》 @SIGUREN

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