記憶喪失の勇者②
「そうだ、リュウガ」
「なんだ?」
「お前は自分のことはどこまで知ってる?」
「名前……ぐらいだな」
奴についての知識はほとんどない。全く俺と同じというわけではないようだし。
推測出来るのは俺が勇者ということだけだ。勇者としての使命も何も知らない。知っている知識とカウントする必要はないだろう。
レイナは腕を組んで唸る。何を考えているのかは分からない。だが、少なくともサツキのように何かを危惧しているようではない。
「お前のことを簡単に説明する。名前はリュウガ、三人いる勇者の内の一人だ」
「三人?」
勇者というのは一人ではないのか? ゲームなんかでは選ばれた一人の人間というイメージだったが。
三人ということは、サツキとレイナも勇者なのか? レイナはともかくサツキは違うように見える。この世界での勇者というものは分からない。だが、剣などの武器を持っていない勇者というがいるのだろうか? 俺にはこの世界の知識が無さすぎる。
疑問を浮かべる俺にレイナは静かに答える。
「言っておくが、私とサツキは勇者じゃない」
「違うのか?」
「ああ。勇者はリュウガの他にカレッジ、クイナの二人だ」
「カレッジ、クイナか。そいつらは仲間じゃないのか?」
「仲間だ。だが、別の場所で悪魔退治をしている」
「勇者も悪魔もどういった存在なのか良く分からない」
「そうか、それもか」
レイナは頭を抱えて溜息を付く。まあ、無理もないことだ。勇者がこんな有様だとな。
戦力として最強であろう勇者の力が見込めないようじゃ厳しいだろう。サツキの精神状態的に万全とも言えないだろうし、恐らく年長者であろうレイナには胃が痛い。
「私も説明は上手くない。だから、ある程度端折らせてもらう」
「ああ、構わない」
「勇者とは特別な力を持った存在。勇者の特性という身体能力向上に加え、勇者毎に変わるが特殊な能力もある」
「特殊な能力?」
「ああ、お前は一度死んでも蘇るという能力らしい。お前はまだ死んでいないから、実際に効果を目の当たりにしたことはないがな」
「まだ使ったことがないのに、どうして分かるんだ?」
「さあな、直感的なものらしい。初めから自分はそういうものだと理解していたそうだ。他の勇者もそんな感じだ」
「……そうか」
レイナは「私にも良く分からんよ」と首を傾げる。
このことが本当だとすると、俺は勇者ではないのかも知れない。あっちの俺は勇者であるかも知れないが、今の俺は違うということだ。この体になった時からそのことを知っていたわけではない。もしかすると、その力は体に宿るものでなく、精神に宿るものなのかも知れない。そうなると、本当の俺の体は一度だけ死なない状態にあるというわけだ。
まあ何ともややこしい。本当ならば、その力は今の俺にこそ必要だというのに。
奴が俺の世界で死ぬことなど滅多にないだろう。仮に勇者の力が無かったとしても、奴には武術の心得がある。誰かに殺されるようなことはないだろうし、事故にだって遭う可能性はかなり低い。
今の俺は何の力も持たない上に、悪魔なんかがいる危険な世界だ。命が幾つあっても足りるようなことはない。
今の俺にその力が宿っていることを切実に祈るだけだ。
「次は悪魔の紹介といこうか。といってもまだ悪魔には謎が多い。私に説明できるのは見た目と力ぐらいのものだろう」
「ああ、それでいい」
「悪魔の特徴としては尻尾と角。そして、強い個体になってくると肌が黒くなってくる。黒い瘴気とも言われる悪魔達のマナが影響しているそうだ。後は力だが、基本的には人間と大差ないと思ってくれて構わない。ただ、マナや身体能力は奴らの方が上だが、使う技は似たようなものだ」
「マナ……」
「マナというのは生命の力、プルーフという技を使う時に用いるものだ」
「プルーフ……」
「まあ、この辺りの知識は知る必要ない。記憶を取り戻した時でいい。中途半端に戦闘に参加されても邪魔なだけだからな」
確かにその通りだ。俺はスポーツを少しやっていただけだ。喧嘩もしたことがないのに、いきなり殺し合いに参加して戦果を残せるものか。
俺は渋々頷いた。この世界の真理とも言える代物だろうが、信頼を完全に得れるまでは無理に聞き出すのは良くない。
今は知れる知識だけでいい。それに俺は戦闘なんかしたくないからな。勇者という使命は俺には関係ない。
初めから俺を戦闘から除外してくれるというなら、願ったり叶ったりだ。
「教えるのはこれぐらいでいいか? 私の柄じゃないんだ」
「ああ、助かったよ」
二人の事と勇者、悪魔、そしてプルーフ。聞きなれない言葉ばかりだが、生き抜くにはきっと必要だ。
戦闘に参加はしなくても護身術の一つや二つは覚えて置く必要があるかも知れない。
見知らぬ世界だ。どこからともなく攻撃が仕掛けられてくる、それぐらいの警戒心は持っていて損は無いはずだ。
「そういえば、今はどこかに向かう途中なのか?」
「ん? ああ、帰り道だ。私達の拠点は、一応王都にある。王に次の指示を仰ぐ必要があるからな」
この国――いや世界かも知れないが、少なくとも俺達のトップは王様らしい。王都ということは、日本でいう東京に当たる場所だろう。こんな森の中よりは少しはマシなはずだ。
といっても、王都までの距離が分からない。見たところ車もなければ、馬車もない。徒歩という可能性が一番高い。
となれば、数日は野宿の可能性がある。これだったら、ボロアパートの方が幾分かマシだ。
それなりに裕福だった反動だ。もし、この世界で生きることが前提ならホームレスでもしていた方が良かった。
「もう出発するのか?」
「そうしたいのは山々だが、この先は魔物が多くてな」
「魔物?」
「マナを持った動物、悪魔のなり損ない、そんなところだ」
「どうするんだ?」
「一気に駆け抜けたいところだが、距離的に無理だ。倒しながら進むにしても、今のお前には辛いだろう」
「まあ、そうだな」
「だから、軽く特訓をしようと思う」
「特訓?」
「何、一度打ち合うだけだ。お前が私の攻撃を避けられるぐらいなら、問題なく進める。そうでなかった場合、遠回りになるが魔物の少ない道をゆく」
恐らくそれなりに急ぎたい理由がある。そうでなければ、戦闘に参加出来ない勇者を危険な道になんか行かすものか。
俺としても王都には早く行きたいところだ。この身体能力の高いであろう体なら、攻撃を避けるぐらい容易いはずだ。
魔物といっても所詮は動物と変わらないだろう? ライオンやチーターと言われると厳しいかも知れないが、どうせ犬猫の類だろう。
それに今から打ち合うのは女の子だ。いくら剣士といっても、俺は男で勇者の体。負けるはずがない。
「じゃあやろうか」
「なんだ、急にやる気だな」
「ちょっと体が鈍っててな」
「それもそうだろう。お前は丸二日目を覚まさなかったからな」
「そんなになのか」
どうりで腹が空いていると思った。二日も食べていないから空いているというよりも、違和感があるといった感じではある。
万全じゃない状態で剣士に勝てれば、この世界での希望も多少は見えてくるというものだ。
俺とレイナは近くの三十から四十センチぐらいの木の棒を手にする。
型なんてあったものじゃない。俺はまるで武士みたいに、腰に木の棒を構えて腰を落とす。
レイナは両手で目の前に突き出すように構えている。剣道でいう中段の構えというやつだろうか? 素人の俺には分からない。
まあでも、勝てそうな気はしてくる。
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