2話目「喫茶店『ペクティーア』」

「働きたい…ねぇ」


「ええと…無理か?」


夕方の買い物途中、紗羽がそう呟いた。

ヴィンスはすごく困った顔で紗羽の表情を伺っている。


「まぁ普通の人間に紛れて働くの悪くないとは思うわよ、でもあなたの場合吸血…我慢できるの?」


「うっ…いやでもっ!」


「ちなみに、『俺、我慢できるから!』って言っても、出会い頭私に吸血してるから信用0よ」


「ソウデシタ…」


紗羽に見事なツッコミを入れられ、ヘコムヴィンス。

全くしょうがないわね、と言わんばかりのため息をついた後、紗羽は


「まぁ、あなたが吸血鬼でもバイト出来る場所、一つ知ってるわ」


「へ?」


意外な切り返しだった。

ヴィンスから見た紗羽は、妖怪にそれほど思い入れがないものの、困ってる人を放っておけないタイプの人間だと思ったからだ。

結構妖怪と関わり合いがあるのだろうか?


「今時間…ちょうどすいてるわね、行きましょうか、すぐ近くよ」


紗羽は家とは違う方面へ歩き出す。


「何してるの?置いていくわよ?」


「え、あ、ちょ、ちょっとまって!!」


ヴィンスも紗羽の後を追う。

数十分歩くと、とあるビルについた。

どうやら一階は喫茶店となっているようだ。

紗羽は正面の出入り口に入らず、少し小道にある裏口のドアを開ける。


「店長、失礼するわよ」


その言葉に男性のような声が答える。


「あんらぁ!紗羽ちゃんじゃないのー!久しぶりねぇ!!」


「抱きつかないでください、肋骨折れるから」


「うふふ、ご・め・ん・ね♪」


ヴィンスが混乱をしていると、もう一つ今度は幼い声が聞こえた。


「あー紗羽ねーだー!わーい!紗羽ねー遊んでー!」


「はいはい二紀、今はそんな暇ないから今度ね」


「わーい!」


「あらー?後ろの子は?」


女性…のような話し方をする巨体の男はヴィンスのことに気が付く。


「彼のことで話に来たの、とりあえず入れさせて」


「うふふいいわよ~厨房の方は少し落ち着いたから!」


混乱しているヴィンスだが、そんな気も知らずに紗羽はどんどんと話を進めていく。

巨体の男が休憩室的なところに案内すると、3人がそこのイスに座る。

ヴィンスはまねて、紗羽の隣へ座った。


「さてと…まず自己紹介ねぇ、私は虚奥 霊(きょおう たま)虚しくに奥できょおう、たまは霊魂の霊でたまよ~、ここの喫茶店の店長をしているの、でその彼は妖怪さん?」


「そうよ」


ヴィンスが答えようと口を開けた瞬間に紗羽が答える。


「なら今言ってもいいわね、私巨人族なのよ」


巨人族、普通の人間よりも大きくて頑丈な種族とヴィンスは記憶していた。

あるものは山をも超える大きさだと聞いたことがあるが、流石に霊はその大きさではない。

まだ人間という人間は紗羽しか会ってないが、少なくとも自分よりも大きいぐらいだ。


「あのねー二紀は藁木 二紀(わらき にき)って言うのー!座敷童子なんだー!でねー名前はねー霊ねーがつけてくれたんだー!」


おそらく彼女専用のイスに座ってる少女がヴィンスに向かって一生懸命話している。

次に話すの何かと小さい頭で考えているようだ。


「えっとじゃぁ、俺だね…俺の名はヴィンス、日本で言うところの吸血鬼って種類だ。よろしく頼む」


「で、要件はこいつ雇って」


「なるほど、いいわよぉ~」


「えぇ!?」


あまりの急展開に流石のヴィンスも声に出して驚いてしまった。


「うふふ~驚いてるけど、元々私って困ってる妖怪のためにこの喫茶店はじめたのよ?どんな事情があるかは…まぁ想像できるけど、フォローはできるわよ~!」


「まぁ雇ってくれるって信じてたわ、店長だし…いつぐらいになりそう?」


「うーんそうねぇ、これから生地を揃えるにしたら1週間は時間欲しいかしら~?」


「おっけー分かったわ、その間に色々揃えなきゃね、ヴィンス」


「え? あぁ、うん」


「じゃ、これで帰るわ」


「あらー?もう帰っちゃうの? 久しぶりにあの子達に会いにいけばいいじゃないの~」


「あいつらに会うといっつもうるさいのよ…必要以上に私にまとわりついてくr」


紗羽が急いで休憩室から出ようとした瞬間、二人の女の子の声が響いた。


「「あぁああああああああああ!!!」」


「ほぉら…」


紗羽はやれやれみたいな顔でその声の主の方を向く。


「久しぶりねフィリ、依苺」


「紗羽さんではないですかっ!!私、私ずぅぅぅぅっと待ってたんですよ!?紗羽さんが私のいないところで倒れたりしていたらもうどうしようかと!!!!!」


「紗羽ねーちゃんおっ久ーだよ! 来てくれるなんてうれしいー!」


「依苺はうるさい、あとフィリ、私を「ねーちゃん」なんて言わないでよ、あなたの方が遥かに年上でしょ」


二人の女の子は紗羽を押し倒すように色々話かけている。


「ええと、店長さんあの二人は?」


「うふふ、あの二人はうちの従業員よぉ、片方が里雪 依苺(りせつ いめ)もう片方はフィリピーヌって名前なの」


霊がそう二人の紹介をしていると、二人がヴィンスの存在に気づく。


「紗羽さんあの男誰ですか、紗羽さんの男ですか?!私のいないところで悪い虫につかれたんですか!?許しません!倒します!!」


「落ち着け、そんなんじゃない、だから二人共自己紹介ね」


依苺が戦闘態勢に入ろうとすると、紗羽がそれを必死に止める。

フィリピーヌはその二人を通り抜け、ヴィンスに近づいた。

あまりの衝撃にちゃんと見ていなかったが、フィリの腕には翼のようなものが生えていた。


「どうも~!フィリはフィリピーヌって名前なんだ~!長いからフィリって呼んでね~!あと私ハルピュイアなの~!」


「あ、あぁ…俺はヴィンス…ヴァンパイア…吸血鬼だ」


「ヴィンスにーだね!ちなみに何歳?」


「え? 120歳だけど…」


「わぁ~い!フィリのほうが上~!」


下手すれば二紀と同じぐらいの身長であるフィリピーヌがぴょんぴょんとはねながら喜ぶ。

小さい子が年上って世の中って広いなぁと思っていると依苺がすごく不機嫌になりながら。


「ふんっ!私は里雪 依苺!誇り高き雪女の末裔です!いいですか!?紗羽さんは私のものなんです!手を出したら氷漬けにしてあげm」


「そうされる覚えはないわよ依苺…はぁ…こうなるから早く帰りたかったのよ……ヴィンス先に外出てるわね」


「え? あっ うん!」


「紗羽さんもう帰るんですか!?もう少しゆっくりしていきましょうよ!」


「紗羽ねーちゃんそういえばフィリ、お水こぼさなくなったんだよー!」


「あーもうついてくんな!!!」


そう二人と会話しながら紗羽は裏口の方へと歩いていく。


「紗羽が妖怪とこんなに接点あるだなんて…普通の人間なのに…」


「あらっ?ヴィンスちゃん何も聞いてないのね?」


「え?」


何も聞いていない、その言葉はヴィンスにとっては疑問の他なかった。

まぁ何も聞いていない、それはそうなのだ。

紗羽と出会ったのはかれこれ5・6時間前…それで色々話してるのはおかしい話だ。


「まぁ、紗羽ちゃん自体そんな隠してるってわけじゃないから話してもいいかしら…紗羽ちゃんは純粋な人間じゃないの…妖怪と人間のハーフなのよ」


「えっ、あんなにも人間らしいのに!?」


性格、姿、どれをとっても一番人間に似ているが、ヴィンスにはもう一つの根拠があった。

それは昼間吸った血、人間の血は何度も食べてきたヴィンスにとって、間違えようもない話なのだ。


「その妖怪が人魚だからかしらねぇ、尚更人間っぽいのよ、あの子…ここの従業員はほとんど私が勧誘して働いているんだけど…あの子だけはここが妖怪のやってる店ということを確信して入ってきたからね」


そう聞いたヴィンスは色々と納得してしまった。

なぜ紗羽がここの喫茶店を勧めてきたのか、

なぜ紗羽が自分を助けたのか。

妖怪と人間のハーフはいつ拒絶反応が起きて、死んでしまうか分からない。

それは人間は知らなくても、妖怪の中では一番知っていることなのだ。

そのことをしったヴィンスは、少しではも紗羽の力になろうと決意するのだった。

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