第7話

 5月が過ぎて6月になった。

 じめじめとした暑さがやってきていて、私の気持ちもどんよりしていた。

 噂では来週には席替えがあるらしい。

 一ノ瀬くんが隣の席でなくなる。そう考えて悲しくなる。


 それともう一つ残念なことがあった。

 ここ数日、私は一ノ瀬くんと清水くんの作戦会議を聞けていないのだ。

 どうやら一ノ瀬くんは大きな企画を練っているようで、周囲の警戒を強めていた。

「清水、ちょっといいか」

 一ノ瀬くんはそう言って、清水くんを教室の外へと連れ出す。

 そんな日が3日続いた。

 以前から、動画の企画について話すとき、2人は声のトーンを落としていたのだけど、席を外すようなことは初めてだ。

 私は寂しかったけど、その分、次の動画への期待が高まる。


 昼休みが終わって席に戻った一ノ瀬くんは、ふぅーっと一息吐いた。いつにも増してその目には真剣さが宿っていた。頑張れ、と思う。



 そして、ついに金曜日になった。

 来週の月曜に席替えがあることが決まってしまったから、今日が一ノ瀬くんの隣にいられる最後の日。


「ねえ、お姉ちゃん。少しでいいから、お化粧教えて」

「うん。分かった」

 今朝私が言うと、お姉ちゃんは私にお化粧をしてくれた。

 私は、一ノ瀬くんの隣でいられる最後の日に、ほんのちょっとだけでいいから、可愛い私でいたかった。

「来週には一ノ瀬くんと離れちゃうもんね。寂しいよね」

 お姉ちゃんはそう言った。

「大丈夫。今日の朱莉すっごく可愛いよ」

 そう言って送り出してくれた。



 1限が終わって、2限が終わって、あっという間に時間は過ぎていった。

 この2ヶ月、本当にあっという間に時間が過ぎていく。きっとこの2ヶ月に勝る時間は、2度と来ないのだろうなと思った。


 そうして、すぐに昼休みになった。

 今日も一ノ瀬くんと清水くんはどこかへ出かけちゃって、会話を聞くことはなかった。

 それでも、私は教科書を読みながら、時折友達とおしゃべりをしながら、姿勢を正しく、自分の席に座っていた。


 昼休みの終わりを告げるチャイムとともに一ノ瀬くんは帰ってきた。

 私の隣に座る。

 座りながら、すっと一ノ瀬くんの手が私の机の上へと伸びた。

 びっくりして、一ノ瀬くんの方を私は見たけど、目があうことはなかった。


 机の上には一枚の紙切れが置かれていた。

 一ノ瀬くんの方をちらっと伺いながら、恐る恐るその紙を持ち上げる。

「放課後 屋上に来て」

 そこにはそう書かれていた。

 一瞬にして、心臓の鼓動がぐっと上がる。


 そして、混乱する。

 理解がついていかない。



 5限の授業を目一杯使って気持ちを落ち着かせた私は、6限の授業中に考えていた。

 呼び出すってことはつまり何か言いたいことがあるのだろう。

 YouTubeのことだろうか。

 化粧のことについてだろうか。

 そう考えて、自分の自意識過剰な考えに恥ずかしくなる。


 ひょっとしたら何か文句を言われるかもしれない。

 でも、ひょっとしたら、私と同じように隣の席でなくなるのが嫌で、そのことを言いたいのかも。

 油断すると、すぐに良い妄想が浮かんでしまう。

 でも、良いことばかり考えているとそうじゃなかった時のダメージと恥ずかしさがヤバいので、私は自分の妄想を必死に抑える。


 結局いくら考えたところで、一ノ瀬くんが私を呼び出した理由は分からなかった。



 もう、一体なんなの。


 私がその答えを求めるように一ノ瀬くんを見ても、一ノ瀬くんはいかにも真剣に授業を聞いてるようなふりでいて、私の問いに答えることはなかった。





 

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