第4話
その夜、私は一ノ瀬くんの動画のファンにもなった。
アカウントを作って、チャンネル登録もした。名前は漢字を変えて「灯」にした。
私は記念すべき50人目のチャンネル登録者だった。
「ファンになりました。これから応援してます」
私はそうコメント蘭に書いた。
書き込みから30秒ほどで返事がきた。
「ファン第一号!」
頭の中で、即座に一ノ瀬くんの声に変換される。
コメントの上には一ノ瀬くんの姿があって、まるでそこから話しかけられたかのように錯覚する。
画面越し15センチ先で笑う一ノ瀬くんを、私はじっと見つめていた。
私が一ノ瀬くんを好きになったきっかけは、そんなに大したことではない。
かと言って、告白されたとか、可愛いと言われたとか、そういう分かりやすいものでもなくて。
簡潔に言ってしまえば、一目惚れだった。
文字通り、一目会った時に好きになった。
中学の入学式の日、私と一ノ瀬くんは目が合った。
「ど、どうも」
確か、その時も一ノ瀬くんはなぜかお辞儀をしていた。
まあ、初対面なのだからお辞儀をするのが普通な気もするけど。
「一ノ瀬です、よろしく」
「よろしく、お願いします」
そう言って、私たちは見つめあった。
5秒。
10秒。
時間が止まったみたいになった。
まだ恋を知らなかった私は、人はこんなに簡単に恋に落ちるのだと知った。
そして、こんなに簡単に恋に落ちるのなら、世の中は恋で溢れているのかもしれないと思った。
だから、恋愛ドラマは人気で。
失恋してもすぐに新たな恋に走り出せるわけで。
ふと、世の中が恋が溢れているのなら、私の恋もちっぽけなもので、価値のないものかもしれないと悲しくなった。
恋はそこら中に転がっていてて、恋に落ちたことにも落としたことにも気づかない。
そんなものかもしれない。
だけど。
私にとって、それは特別なものだから。
大事な初恋は、今も落とさず持っている。
一ノ瀬くんと何秒も見つめあったのは、入学式以来だ。
画面越しに目を合わせていることを、見つめあったとカウントしていいかは微妙なところだけど。
私は入学式以来、なんとなく一ノ瀬くんを目で追うようになった。
そのせいかは分からないけど、一ノ瀬くんと度々目が合った。
けど、恥ずかしさからすぐ目をそらしてしまう。
あの日みたいに見つめあいたいのに、そうできない自分が、私は嫌だ。
一ノ瀬くんもそんな私に嫌気がさしたのか、目が合うとすぐそらすようになった。
1年生の2学期にして、目が合って、お互いにそらす、そんな一連の流れが私たちの間に確立した。
それを繰り返していていたある日、私は一度、一ノ瀬くんに声をかけられたことがある。
2年生の1学期。昼休みに、薄暗い理科室の前で、たまたま私たちは2人になった。
理科室に忘れ物を取りに来た帰りに、一ノ瀬くんが私に声をかけた。
「あのさ」
私は突然のことにびっくりして、綺麗に固まった。
私が何も言えないでいると、一ノ瀬くんは「や、やっぱなんでもない」と言って教室の方へと走って行った。
あの時、一ノ瀬くんは何を言いかけたのだろう。
すごく言いにくそうだったから、ひょっとしたら、目が合うのが不快だってことを言いたかったのかもしれない。
でも言わなかったのは、一ノ瀬くんの優しさかもしれない。
ずっと一ノ瀬くんを見ていて、一ノ瀬くんが優しい人だってことは、私が一番よく知ってる。
だから、私はそれ以来、なるべく一ノ瀬くんを見ないようにした。
3年生になって、一ノ瀬くんが隣の席になって、私たちは3度目の会話をした。
一ノ瀬くんは特に嫌そうじゃなくて、普通に会話ができた。
私はとても幸せだった。
「そういや、俺ら。最近、目合わなくなったよな」
一ノ瀬くんがポツリと呟いた。
私は顔が熱くて、たまらなかった。
「あれ、嫌じゃなかった?」
「うーん、なんか不思議だった」
一ノ瀬くんも謎の親近感を覚えていたみたいで、なくなってちょっと寂しかったと笑った。
一ノ瀬くんはやっぱり優しい。
隣の席だからといって、それ以外に特に話すことはなかった。
代わりにまた、目を合わせてそらすようになった。
それだけ。でも、それがすごく幸せだった。
YouTubeの画面を見つめながら、一ノ瀬くんと見つめあいながら思う。
今は十分幸せ。
それは間違いなく。
でも、できることなら、また一ノ瀬くんと見つめあえる日がくればいいな。
私はそう思いながら眠りについた。
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