第6話
「―――やあ、虎、きみに頼みがあるんだ」
虎は客間の椅子に腰かけ、だらしなく両足を投げだした姿勢で座っていた。
その男は、気分を害したようすもなく、寄木細工の床にすらりと立って彼を見つめている。
服装は質素なものを身につけているが、その洗練されたしぐさ、蜂蜜色の髪の下でほほえむ秀麗な容貌は、男が高貴な身分であることを雄弁に物語っていた。
体型から線の細さを感じさせるが、実際はそんなものとは無縁の男だということを虎は知っている。
「また、俺をこきつかうつもりか」
悪態をひとつ。
どうせこの男の話術には、うまくまるめこまれるだろうという諦観もありつつ、さりげない抵抗を試みる。
「そう警戒しなくていいさ。君も、うちの状況は知ってるだろう」
「さあて、なんのことやら」
「ふふ、どこもかしこも、治安は悪化の一途をたどっている。中央でも、むろん、ここでも」
彼は大仰に両手をひろげてみせた。
「猖獗をきわめる野盗どもを、しらみつぶしに壊滅させるだけの兵力は割けない。そこで――――」
虎はすかさず両のひとさし指で耳栓をした。
男はそれを優美ともいっていい動作でひきぬくと、
「君の出番ってわけさ――――」
耳もとでささやいた。
■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■
どんどんどんどん。
早朝からけたたましく玄関の戸が叩かれ、虎は夢うつつから引き戻された。
おんぼろのために家全体が地震にでもあったかのように揺れ、虎は閉口した。
扉を開くと、村の男たち―――猟師のアランもいた―――が、血相を変えてあつまっている。
「大変だ、村の東門へ、野盗たちが殺到している!」
「あんたを出せと殺気立っている。どうする、俺たちも加勢するぞ」
「その必要はない」
内心、きたか、と思いつつ虎は活動を開始した。
すぐさま身支度をととのえると、
「物騒なことは俺の仕事さ」と、うそぶいた。
村人たちに門を開くよう指示し、虎はアランを手招いた。
そしてなにやら耳打ちすると、アランは一瞬ふしぎそうに首を傾げたが、
「わかった、あんたの頼みなら」
「たのむ」
ほぼ同時に、村の東門がきしみながら開かれた。
相手が動きだすより速く、かれはぬっと盗賊集団の前に立った。
盗賊団の総戦力であろう。ざっと見ても二十人以上はいるようだ。
虎からすこし離れた後方には村人たちが、弓矢や剣、あるいは鍬などを手に立っている。
彼になにかあらば、援護しようという構えのようだ。
虎はひとり苦笑を浮かべた。
「よく逃げ出さずにいたものだ。だが、その油断が命取りだ」
野盗たちのなかから、リーダー格の巨漢がひとり進み出た。
「出たな。夕焼け窃盗団」
「やかましい。その名を口にするな」
「お前らが自分で名乗っているんだろう」
「それは先代から―――いや、そんなことはどうでもいい! おまえのせいで俺たちの評判はガタ落ちだ。たったひとりの傭兵に五人も斬られ、手も足もでない。おかげで逃亡者が相次いで、もう盗賊団として瀬戸際だ。どうでもおまえには死んでもらわなければならん!」
「そうだ。おまえら、だいぶ打つ手が遅いんだよ」
「な、なに!?」
「おまえらが夜討ちでも仕掛けると期待して、こちとら宿も借りず、離れのあばら家で待っていたんだ。もうすこし遅ければ風邪をひいているところだ」
「そ、それは仕方ねえ、あんたほどの手だれを相手にするには、こちらも準備がいる」
「―――で、誰が俺の相手をしてくれるんだ」
「こちらの方だ」
野盗たちの中から、ひときわ大きな人影がぬう、とあらわれた。
遠目でも、それが人間ではないとわかった。
異形であった。
あらわれたのは小型の竜そのもの。―――ドラグ族だった。
ドラグ族はドラゴンの末裔といわれている。外観は爬虫類そのものであり、鱗でおおわれた皮膚といい、小型の竜を直立させ、人型に押し込めたようである。
ただし、その風貌から誤解を招くことも多いが、始祖であるドラゴンの特徴は、長い年月で退化してしまい、今では空を飛ぶことも、火を噴くこともできない。
その身体的特徴、太い尻尾のみが伝説の名残を伝えている。
「わるいが、死んでもらいに来た」
その巨大なあぎとから、低い声がひびいた。
「ああ、お前らにはそれしかないからな」
当然のことだ、と虎は思った。
虎がこの村に滞在するかぎり、野盗は村人をねらうことができない。
それは彼らの生活が困難になるというだけではない。他の地域の盗賊団になめられ、テリトリーを奪われるという危険性を孕んでいる。
「―――もともと、このような辺鄙な場所をねぐらにしているんだ。どうせ他の盗賊団との勢力争いに負けて、ここまで落ちてきたんだろう」
「ち、知ったふうなことをべらべらと」
盗賊団のひとりが舌打ちする。図星のようだった。
彼らには退路がないのだ。
虎を殺す以外の選択肢がないのだ。たとえ異形の用心棒を雇い入れてでも。
「―――まさか亜人! それもドラグ族を連れてくるとは!」
村人たちは驚愕している。
戦闘に特化しているといってもいいドラグ民族は、剽悍さ、腕力、敏捷さにおいて、人間とは比較にならぬほどの戦力を有する。ただし、繁殖力が弱いとされ、絶対数は不足している。
動揺の激しさから、その姿をはじめて見る村人がほとんどのようだった。
「俺と闘うつもりか―――?」
ドラグ族の男は静かにいった。
「最初からそのつもりだよ」
「そうか。おまえは誇り高き戦士なのだな。だが、その勇敢な戦士を殺さねばならぬというのは、つらいものだ・・・・」
挑発でなかった。その声にはかすかな憐憫がまじっている。
人間とドラグ族の戦力差を知っているからこそなのだろう。
虎はゆるりと背後をみた。そこには、覚悟を決めた村人たちの顔がならんでいる。虎の援護をするつもりなのかもしれない。
「・・・・おひとよしどもが」
虎は苦笑いした。
「おい、ここは場所がわるい。場所を変えるか」
「異存はない」
「お、俺たちもいくぞ!」
決死の覚悟をみなぎらせた村人たちに、静かに虎がつげる。
「俺は必ず勝つ。だが、万が一ということもある。それに備えて、みんなはここで村を守ることに専念していてくれ」
虎はいつもの飄然とした笑みを捨て、真剣なおももちである。
その意思が伝わったのか、村人たちはこぞって頷いた。
「わかった。勝ってくれ、虎!」
「負けたら承知しないよ!」
「ここで勝利の報告を待っているぞ」
「いっぺんに言うな。大人しく待ってろ」
ふいにいつもの不敵な微笑にもどると、くるりと背をむけた。
「待たせたな」
「そうでもない」
ひとりと一匹は、連れ立って歩き始めた。
その周囲をとりかこむように、ぞろぞろと盗賊たちがついていく。
かれら一団の後を、樹木に身をかくしながら、ひとつの人影が追跡していることを、村人たちも知らない。
村全体の意識が東門に集中しているとき、誰にも見咎められぬよう、こそこそと西門から迂回して追跡する少女がいた―――。
むろん、セシリアだった。
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