第41話 天叢雲剣

 それからボクは毎日海に行きました。

 それでも、天叢雲剣を見つけることができませんでした。


 ボクは天叢雲剣があれば、兄上に怒られないと思い込んでいました。なんでそう思っていたのかわかりませんが、そう思って海岸に行きました。


「弁慶……」

 近くにいた武蔵坊弁慶に声をかけました。みんな知っていると思って紹介していませんでしたが、ボクが亡くなるまで一緒にいてくれた仲間です。


 京の五条の橋の上で知り合いました。

 女だと勘違いされてボクがブチ切れてケンカになり、仲良くなりました。


「天叢雲、あった?」

 弁慶は頼りになる男で、彼に聞けばたいていのことは分かりました。


「ありません」

 渋い顔で言われました。


「明日までに見つかると思うか?」

 弁慶は答えてくれませんでした。この後、ボクは下関を離れなければなりませんでした。


「気長に待ちましょう。蒲の御曹司(範頼兄ちゃん)が残って探してくださいます」

 ボクがいなくなっても、九州担当の範頼兄ちゃんが捜索することになっていました。


 ボクは京の都に行って、後白河法皇様に会ってこなければなりませんでした。安徳天皇が亡くなられてしまったので、源氏の代表としてその報告をしなければなりません。


 そういうのはボクの担当でした。気が重いどころの話ではありません。嫌で嫌でたまりませんでした。できることなら残って天叢雲剣を探したかったです。


「それだと、天叢雲が見つかったとしても、兄ちゃんが兄上のところに持ってくよね?」

 ボクはそれが気がかりでした。


「なぜ鎌倉に?」

 弁慶はヘンな顔をしていました。ボクが言っていることが理解できないようでした。


「鎌倉に持って行けば、兄上、喜ぶんじゃないの?」

 この時、弁慶はボクが鎌倉に行くのを止めさせたかったのだろうと思いましたが、三種の神器と何の関係もない鎌倉に天叢雲剣を持って行くのがおかしかったですね。


「喜びますか?」

「喜ぶだろ?」

 そう信じて疑っていませんでした。


「わかった。ボクが探してくるよ。船はないか?」

 弁慶の方を見て聞きました。


「ないです」

 即答でした。でも、それは嘘ではなく、近くにすぐに乗れそうな船はありませんでした。


「じゃあ、行けるとこまで行ってみるよ」

 そう言って、海に入ろうとしました。


「おやめください。そのようなこと、総大将のすることではありません」

 弁慶に腕を掴まれ止められました。動かしてもほどけません。弁慶は力自慢でした。それに、総大将の心得のようなものを散々言われた後でした。


「離せよ。この海に天叢雲剣はあるんだ。それを探さずに、どうしろと言うんだ?」

 ザザン、ザザンと波が寄せては返します。


「この海のどこかにあるはずなんだよ!」

 ザザン、ザザンと波が寄せては返します。音がする波打ち際を見ました。


(広いな……)

 人間は小さいです。


(失くした直後が一番見つけやすいはずなんだけど……)

 寄せては返す波。


(直後ではないけれど、今が一番探しやすいはず。時間はどんどん過ぎるから、どんどん見つけづらくなる。だから、早く見つけなければ)

 海はとっても広いのです。


(何かの拍子に探し物が見つかることもあるし……)

 砂浜を数歩進んで、波打ち際で海をみて、止めました。


 見つけられる気がしませんでした。

 広いんです、海は。


「鏡と勾玉を持ってこい」

 見つかっていた八咫鏡と八尺瓊勾玉のことです。ボクの腕をつかんでいた弁慶に言いました。


「どうするおつもりで?」

 しかめ面で聞いてきました。


海神わだつみに捧げて、天叢雲を出してもらおう」

 けっこう海のことは気に入っていたので、なんとなく、そうすれば見つかるような気がしました。


 そういうすごい物は、海神とかに捧げたらすごいことができるんじゃないかと思いました。ものすごい物だから、きっと効果てきめんです(すみません。冷静ではありません)。


「やめてください。鏡と勾玉までなくなったらどうするんですか?」

 たしかに、二つは使いすぎかもしれないと思いました。


「じゃあ、勾玉。なんかそれで見つかる気がする」

 根拠は全くありませんでしたが、わりと本気でした。

 そういうことに使うのなら宝物も本望ではないかと。


「恐ろしいこと言わんでください。どっちも大事な宝物です」

 怒られました。弁慶に止められてよかったです。


 今ならどれもすごい宝物だと思えますが、当時はどうして天叢雲剣が出てこないのだと苛立っていました。


 神様は願っていないことは叶えてくれるのに、本当に叶えて欲しいことは叶えてくれないと、そんな罰当たりなことを考えていました。


 人というものは、ない物ねだりをして、与えられた幸せに気づけないものです。

 欲張りをしたらいけないのかもしれません。




***




 結局、天叢雲剣は、ボクには見つけられませんでした。その後も壇ノ浦から天叢雲剣が見つかってはいないようです。


 現在は、八咫鏡は伊勢神宮に、八尺瓊勾玉は皇居に、天叢雲剣(草薙剣)は熱田神宮にあるそうです。


 壇ノ浦で見つけられなかった剣は形代(レプリカ)で、本物は別の場所にあったそうです。でも、形代とはいえ、天叢雲剣の魂が宿っているので、大切なことには変わりがないとか。


 天叢雲剣は夢とうつつの境界の物質、オリハルコン(ヒヒイロカネ)でできているそうなので、錆び付くこともなく、今も壇ノ浦に沈んでいるのかもしれません。


 しかし、もしもそちらが本物だったとしても、天叢雲剣の御霊みたまが現在の器と言える剣に入っているのなら、それが本物の天叢雲剣です。


 大切なのは中身であって、外身は新しい物をつくり直すというのが、日本の古くからの考え方のようです。


 では、なぜ形があるのかというと、それが分かりやすいからです。形があれば、魂が入りやすいのです。

 ボクはそのように、天狗さんから習いました。


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