5 壇ノ浦の戦い

第37話 兄上のすごさ

 屋島の戦いの後、平家は瀬戸内を西に向かいましたが、九州にはかばの御曹司おんぞうし範頼のりよりがいたので上陸できませんでした。


 蒲? 兄ちゃん、蒲御曹司って呼ばれてたんだ、へ~。

 影、薄いから忘れてた。


 遠江国とおとうみのくにかばの御厨みくりや(静岡県浜松市)で生まれたからだそうです。ボクは兄ちゃんが居れば「お兄ちゃん、どこ行ってたの?」みたいな感じで、顔を見ただけでわかったし、兄ちゃんが何て呼ばれてたか、あんまり意識したことありませんでした。


 自分の名前でさえよくわかってないとこありました。

 義経? うん、誰? あ、ボク? みたいな。


 昔ばなしの牛若丸だって、その名前を聞いてもピンときませんでした。なんとなく馴染がある名前だな~。鞍馬山で天狗さんと稽古してたのか。ボクもしてたな。稽古っていうか、稽古でいいのか? 月明かりしかない樹々に覆われた真っ暗な山道を木刀持って走らされてた。牛若丸は大きくなったら源義経になったのか~……。ボクですか?


 牛若ならもう少し早く気づけたと思います。

 呼ばれ方は九郎がなじみ深いです。また話が横にそれました。




***




 屋島の戦いの時は、範頼兄ちゃんが九州方面担当、ボクが四国方面を担当していました。せっかく源氏の総大将が二人もいるのだから、二手に分けなさいという合理的な作戦です。


 一説によると、ボクがあまりにも勝手な振る舞いをしていたから戦から遠ざけられたと言われているようですが、ボクが『可愛くて戦に強くなさそうだから、後方に控えていなさい』という頼朝の兄上のお優しいご配慮でございます。


 基本、ボクは愛嬌振りまき要員です。

 普段はグダグダですが、身なりを整えれば、それなりの場所に行っても大丈夫です。仲間は筋肉ですが、ボクがいれば彼らもそれなりな感じに見えるようになります。


 それは置いておいて、それなりの格好をして笑顔を振りまけば、宮中というかそういう場所に行けなくもないです。ややハリボテですが、ちょっと行くだけなら誤魔化せます。


 多少、作法をミスっても「失敗しちゃった、ゴメンなさいっ」ってやります。兄上ならミスなんてしないのでしょうが、木曽の源義仲さんとは違いますという演出がしたかったのだと思います。


 そこまでわかってて、なぜごねる?

 それはボクがボクだからさ。……すみません。


 だから、ボクは本来、後ろにいて後始末をやるのが役目でした。でも、そんな余裕は源氏にありません。平家にはそれくらいの権力がありました。17歳の敦盛が殿上人だったくらいで、内大臣もいて平家一門が主な役職についていました。


 こちらが少しでも気を抜けば簡単に盛り返せます。しかも、安徳天皇がいらっしゃいます。天皇も三種の神器もあちらにあるので、平家に味方するのが筋、と考える方々が西には多かったのです。


 それで、兄上が裏で何かやって『屋島にいる平家の味方、減らしておいたから行ってもいいよ』という指示が来ました。だから、ボクは指示通りに屋島の戦いに行きました。


 兄上の指示通りに行きました。好き勝手はちょこっとしかしてないです。さか櫓をつけろなんて兄上は言ってません。その日がたまたま嵐だったのは、当時は気象衛星ひまわりとかなかったからです。でもひまわりって名前、かわいくて好きです。


 もしかしたら当時の天気予報士さんの陰陽師さんたちから聞いて、天気も計算に入ってたかもしれません。それくらい兄上はすごいんです。遠くにいてもいろいろできるんです。


 それなのに、屋島についてきてくれたのは50騎。ボクの精鋭中の精鋭だけです。むしろ、来なかった人の方が兄上の命令違反なのに、どうしてボクが『兄上の言うことを聞かない我儘な弟』ってことになるんだ?


 ボクはそれが納得いかない。

 ホントにマジで。



 屋島に話を戻して、捕虜というか、兄上の根回し&ボクの愛嬌で味方になってくれた30騎。でも、ボクの愛嬌なんておまけですおまけ。時間が経てば、四国にいた人たちが力を貸してくれて、みるみる源氏方が増えました。


 ボクもいろいろ頑張ったけど、兄上の根回しのおかげだからね、ホントに。ボクは根回しは苦手なんだよ。


 平家の方も、やはり兄上の根回しが効いていて、屋島の戦いの平家方1000は思っていたよりもずっと少なかったです。安全にしたからボクに「出ていいよ」という指示が出たのです。


 兄上はボクに『死ね』という指示は出しません。そう湾曲して解釈するどこぞの誰かはいらっしゃったかもしれませんが、兄上がそんな指示を出すわけがありません。


 兄上の指示は「安全にしたからいきなさい」です。

 そういうとこ、範頼兄ちゃんには雑だったのかな?


『(かわいい)九郎を守るのに力を入れすぎて、範頼の方まで手が回らなかった』が兄上の本音だと思います。

 ……現場は現場で大変だったけどね。でも、これだけ言わせてください。


 命令違反はおまえの方だぞ、梶原景時!

『嵐でも行け』が兄上の指示だかんな。


 ……何の話をしていたのでしたっけ?




***




 範頼兄ちゃんは九州の平家に味方しそうな人たちを潰しに行ってました。でも、食料などが足りなくなったらしいです。それでも3万騎を揃えたそうです。


 ボクは屋島で大変だったから、兄ちゃんのことはあまりよくわかりません。兄ちゃんもボクとは違った感じに大変だったみたいです。


 陸には範頼兄ちゃんが3万騎を引き連れて居たから、平家、上陸できません。だから、平家は関門海峡の入口にある彦島を本拠地にして、ほとんどが船上にいたそうです。


 海担当がいつの間にかボクになってました。元々いた源氏の人たちより、新しく味方に付いてくれる人たちの方が好きだからいいんだけど。熊野別当湛増さんや河野四郎道信さんなどの海の男! が味方になってくれました。いまだに頭、上がらないです。ありがとうございます。


 それで、源氏の船は700艘になりました。

 平家は500艘。陸には範頼兄ちゃんの3万騎。


 これで、源平合戦が終わるかもしれない。

 壇ノ浦はそういう戦いでした。


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