第36話 弓流しの真相
なぜ、この話が教科書に? という疑問もあります。
しかも『言い訳が素晴らしい』みたいに解釈ができる書かれ方をしていました。
ボクの言葉を聞いて、すべての人が感じ入ったそうです。
………………
………………
では、ボクのすばらしい言い訳をしましょうか。
***
老い武者が討たれ、平家方は静まり返りました。
源氏は大喜びしています。
そして、怒った平家方の200名ほどが小舟で上陸してきました。
でも、なんかこうなると、矢が的に当たろうが当たるまいが、戦う気満々じゃないですか?
与一も鏑矢で撃ってるし。
始めますよ、ピ~みたいな。
80騎対歩兵200名だと、80騎の源氏が有利です。やり方にもよりますが、馬に乗ったひとりで2~3人の歩兵ならなんとかなります。これは大口でもなんでもなく。この80騎はボクのところの精鋭中の精鋭なので。
それにしても、平家方の数は減っているけど、源氏方は減っていません。
嗣信と一緒に何人かやられてる表現だった気がしますが?
返り討ちにして、平家方はまた船で海に逃れました。
馬で海の中まで追いかけて行き、いろいろあってボクは弓を流してしまいました。
「あ……(今までずっと愛用してきた弓なのに……)」
弓はマジで苦手です。この時代の戦で弓が苦手だと、けっこう不利です。
弓が苦手だから素早さを上げ、剣技を鍛えました。
でも、だからこそ、苦楽を共にしてきた愛用の弓だったのです。
金銀でできていたわけではありません。
力の弱いボクでも引ける、ボクのための弓だったのです。
それが流れたら、拾います。
そうですよね?
ただ、拾おうとしたら、平家方がボクの方に寄ってきました。
ボクの命を狙って、わらわらとボクに向かってくるのです。
海に流された弓を拾おうとしていると、平家方の武士がボクめがけて突っ込んできました。
「あれ?」
ボクは総大将でした。
ボクを討てば、平家は勝利できるのです。
忘れていたわけではありませんでしたが、いつも目立たないように行動していたので、こんなに注目をあびたことがありませんでした。
「何やってるんですか! 早くこっちに戻ってください!!」
ボクを心配してくれている味方からの
「でも、ボク、あの弓、拾いたいんだけど……」
「弓より命でしょう?! 何考えてるんですか!!」
「もうちょっとで拾えるから、ちょっとだけ待ってて」
「だああ!! 早く戻らんか、このうすらとんかちが!!!」
どさくさに紛れて悪口が聞こえてきました。カチンときました。
「いいよ、もう。拾ってくるから」
海に入って弓を取りに行きます。
「何を言っても拾いに行くんじゃないですか! とっとと拾って戻ってこい、このわからず屋!!」
わりと近くで味方が叫んでいます。一応、守ってくれているようで、弓をはじいてくれています。
矢が当たらないと思っていたのですが、平家方が射るのが下手なわけではなく、はじいてくれている彼らがいたからです。
嗣信は、それで亡くなりました。
「……」
思い出したら涙があふれてきます。
痛かっただろうに、苦しかっただろうに。
強くて頼りになって、優しい男でした。
陰に日向にボクを護ってくれていた仲間。
彼が死んでしまって、ボクはどうしていいかわからなくなりました。
このまま死んでもいいかもしれないとさえ思ってしまいました。
(……当たればいいと思えば、当たらないものだ)
源氏が不利になって、仲間がみんないなくなってしまうことを考えたら、そんな辛い目にこの先、合うのだとしたら……。
もういっそのこと……と思ってしまいました。
「イノシシでクマでわがままで適当なこと言うだけで後は他人任せにするへっぽこ総大将! 小鹿の可愛げがどこにある! 可愛い振りした迷惑朴念仁!」
ここぞとばかりに悪口を言うバカのおかげで、我に返りました……。
そして、ようやく弓を拾えました。
「ほら見て、拾えたよっ」
皆に笑顔で言いました。愛用の弓が拾えたのです。この手に返ってきたことは、何よりのことでした。
源氏方も平家方も、皆、複雑な表情をしていました。平家方はボクを討つ絶好の機会にそれができなかったわけだし、源氏はせっかく与一が的を当てて意気が上がっていたところに、おバカな総大将が何してくれているんだという感じでした。
***
「さっき、すっごい悪口が聞こえたんだけど……」
陸に戻ってみんなのところに行き、ホッとしたのですが、文句も言いました。
「申し訳ありません。殿にご無事にお帰りいただくために、暴言を吐きました」
地面に座り、深々と頭を下げてヤツは言いました。
「……あれ、本心だろ?」
数々の暴言について言いました。弁慶は顔を上げてニコっと笑います。
「まさか。俺はそのようなことを思ってなどおりません」
「じゃあ、誰が思ってるんだ?」
「誰でしょうね」
みんなでニヤニヤしていました。
「
思っていなければ出てこないはずです。
「一刻でも早く殿に戻っていただこうと、必死に暴言を絞り出しました。全て殿の
いつも以上にかしこまっていたけど、微妙に肩が震えていました。
「絞り出してる感、全然なかったんだけど……」
とても見事な活舌でした。
「殿に対してあのような暴言を吐く辛さ、殿にはわかりますまい」
表情は悔しそうですが、どことなくすっきりしたようにも見えました。
「お気に召されなかったのなら、この場でお
そう言ってあぐらをかいて座ると、刀をガチャガチャ出してきて切腹のマネのようなことを始めました。ボクは座ってヤツの手を止めます。
「冗談でもそういうのやめろ」
どこまで本気かわかりませんでした。放っておいたら本当に切ってしまいそうに思えてしまったので止めました。それを考える気力も残っていなかったのかもしれません。
「嗣信との思い出がつまった弓だから、無理して拾いに行ったのですね?」
ボクの耳元でそう言いました。
小さくうなずきました。
うなずいたら涙が出てきました。
「殿が無傷だったのは、嗣信があの世からお守りしたからでしょう。次も無事だという保証はありません。あのようなことは、絶対になさらないでください」
弱々しくお願いされました。皆にとっても嗣信は大切な仲間でした。その上ボクもとなったら、全てが水の泡です。
「嗣信はもう何もできない。だから、守られたわけではない……」
ボクは唇をかみしめまて言いました。
「矢など、ボクには当たらない。与一のような名手が平家方にいないことがこれでわかった」
いくら夕闇が迫っていたとは言え、矢はボクに当たりませんでした。『当ててやる』と
「だから、ボクのことは守らなくていい」
自分の代わりに誰かが死ぬことが耐えられませんでした。
「それでは、兄者は……、佐藤嗣信は無駄死にであったと?」
その場に居た嗣信の弟の忠信が辛そうに言ったので、ボクは首を振りました。
嗣信は無駄死にではありません。
「それは絶対に違う。嗣信が討たれなければ、菊王丸が飛び出してくることはなかった。それを忠信が討ち、平教経が戦う気力を失った。それで勝負はついたようなものだ。嗣信はボクの命を守っただけではなかった」
あれが戦の勝敗を決めました。
佐藤兄弟の働きは、ボクの無謀な作戦を勝利へと導いたのです。
80対500では、矢の数が違いました。
下手をすれば全滅だったのに、嗣信はそれを防いでくれました。自分の命と引き換えに……。
「お前らも絶対に死ぬな。ボクのことが大事だと思うなら、もうこんな思いをさせないでくれ」
切実な願いでした。
「御意にございます」
そう言って、深々と頭を下げ、弁慶は立ち上がりました。
「あともう一息だ。源氏が押していることには変わりがない。焦らずに、でも迅速に行くぞ」
皆に喝を入れました。
人数は少なかったし、悲しいこともありました。
けれど、気持ちの上では、源氏が勝っていました。
―― 負ける気がしない。
この時が、それでした。
何をしても、全て良い方に転がりました。
そして一晩明けると、四国にいた源氏に味方してくれる人たちが集まってきました。希義兄ちゃんと讃岐院のおかげだと思います。
流れは源氏に向かってきていました。
屋島の戦いは源氏の勝利でした。
数日後に梶原景時などがやってきましたが、平家方は西に逃げた後でした。
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