第33話 屋島の戦い
18日の昼過ぎには屋島の平家がいた館に到着しました。途中で会った捕虜も味方になってくれて80騎です。いい人が多くて助かりました。でも、もしかすると希義兄ちゃんのおかげだったり、讃岐院のおかげだったのかもしれません。
いくら平家方が1000人だってわかっていても、50騎の味方になってくれるなんてありがたいです。
大人数いるようにに見せかけて攻めると、平家は船で逃げました。いつもなら『またか』ですが、80対1000は疲れます。逃げてくれて助かりました。そして、館と陣屋を焼き払いました。
一仕事、終わった感じです。
平家が落ち着ける場所を焼いちゃいました。
ただ、さすがに80騎だということがお手紙のお届け先だった平宗盛さんにバレます。内大臣で平家の総大将の宗盛さんは清盛さまの三男です。
「源氏は100騎に足らぬ小勢ぞ。それを大軍と勘違いして慌てて舟に乗り、内裏を焼かれたは残念しごく。能登殿はおられぬか。陸へ上がってひと戦してくれい!」
これが本来の総大将の指示でしょう。
平家随一の勇将、
『ねえみんな、源氏100人もいないみたいだよ? もっといっぱいいると思ったのに勘違いしちゃった。内裏焼かれて残念だったね。じゃあ能登守の平教経さん、陸に行って戦ってきて。(私はここで見てるから)』
もっと砕いた意訳は『悔しいね! 能登さん、行ってきて!』です。けれど、平家側の人たちに言ってます。味方に向かって言って、誰に行かせるかを指示してるからふつうですね。
敵であるボクらに向かって『てめーら、何てことしてくれたんだ! 許さんぞ!』って言ってから味方の方を見て『教経さん、行ってきて!』ならちょっと笑い話ですが。……また話がブレました。
それよりも引っかかるところが『
安徳天皇がいらっしゃった場所だったので『内裏』です。殿上人でないと入れない宮中のことです……。五位以上でなければ入れなくて、五位未満だと庭で待たされるアレです。安徳天皇が平家の方々と一緒にいらっしゃったので、内裏も屋島に移動していました。
なんか、ボクら、すごいとこ焼いてます。
サクっと宮中を焼いてます。
言い訳をすると、この時、後白河法皇は京の都で安徳天皇の異母弟の後鳥羽天皇を即位させていました。後白河法皇のお孫さんです。もちろん、安徳天皇も後白河法皇のお孫さんです。
この時、同時に二人の天皇がいらっしゃったそうです。前代未聞です。しかも、三種の神器を持ってたの、安徳天皇だったんです。三種の神器を持っている人が天皇です。
もちろん、三種の神器は天皇家と関係ない人が持っていても天皇にはなりません。『三種の神器を持ってるから俺が天皇だ!』じゃなくて、もしも一般人の中にそういう方がいらっしゃったら窃盗罪で捕まります。
この頃は天皇家の方々がたくさんいたので、そのうちの誰が天皇陛下になるの? という時の決め手のようなものです。
内裏を焼いちゃったボクら、罰当たりもはなはだしいです。
法皇様が味方になってくれてたからできたけど、ホントに綱渡りです。『行っといで~』と言われて、橋をかけてくれた狸が帰る時には橋もなくて狸もいないが十二分にありえました。
平家を倒すまではそれはなかったけれど、その後にありました(遠い目)。それは置いておきます。
勝てば官軍なんです。
負けていたら、1183年の後鳥羽天皇の即位はなくなっていたかもしれません。そして源氏は天皇陛下に弓を引いたとんでもない極悪集団です。そっか。だからボクが総大将だったんだねっ。納得できました。……それは良いとして。
―― 平家は倒さなければいけない
それだけでした。
そうしなければ、いい世にならない。
そういう想いだけで、皆、戦っていました。
はじめは仇討ちだったかもしれません。でも、協力してくれる人たちがいて、ボクたち源氏の兄弟の話だけではなくなっていました。
そして、それだけでも済まなくなっていました。
***
「承知しました!」
教経さんはそう言って、小舟で500人の兵を引き連れて焼かれた内裏の門前に着きました。
教経さんが一人で来たわけじゃなくて、500人の総指揮を任されたということです。80対500で、差がどんどん縮まっていきます。6.25倍ということはひとりが6人~7人殺ればいい。
でも、接近戦じゃなかったんです。
ボクが苦手な矢です。
矢って、放ってから当たるまでに時間がかかります。
待ってるの、苦手なんです。
そもそも当たらない。
性格的に弓矢との相性が悪いのではないかと……。
守られる小鹿になってしまいました。
一生の不覚です。
何が起きたのか、わかりませんでした。
佐藤嗣信が馬から落ちました。
矢が降り注いでいました。
信じられない光景が、広がっていました。
嗣信の首を取りに、教経の家来の菊王丸が飛び出してきました。
そこを嗣信の弟の忠信が矢を射て、菊王丸に当てました。敵方は菊王丸を抱きかかえて去っていきます。
「早く……、早く嗣信を……」
ボクが言うまでもなく、嗣信は陣に運び込まれました。ボクは馬から降りて嗣信に駆け寄りました。
「嗣信……、嗣信! 大丈夫だよね?」
だらんと下がった手を取って言いました。
矢は、嗣信に刺さっていました。
致命傷でした。
でも、弱々しく、嗣信は握り返してきました。
本当に弱い力でした。
「ご無事か?」
笑顔でそう言っていました。
「無事、無事。無傷だよ! こんなにピンピンしてるよ!」
手をぎゅっと握りしめて言いました。
握り返す力を、生きる力に当てられるように。
ボクの力が、嗣信を生かす力になれば良いと、握りしめました。
まだ嗣信には息がありました。
でも、段々と冷たくなっていきます。熱が逃げていくように。
「誰か……、嗣信を助けて! 早く、早くなんとかしろよ!」
でも、誰も動きませんでした。
ボクの力をあげるから、助かって……。
嗣信を膝にかかえます。
少しだけ、嗣信の身体が温かくなったような気がしました。
「がんばれ……」
嗣信を助けたいと思っていました。
「もう……、いいです」
小さな声で嗣信が言いました。それに首を振ります。
「よくない、生きるんだ」
嗣信は生きていました。しゃべっていたのです。
「平家を、討ち滅ぼしてください」
「なに、言ってんだよ。そんなのどうでもいいよ。嗣信が生きてればそれでいいよ」
本当に、嗣信が何を言っているのかわかりませんでした。
「ダメです。平家を滅ぼしてください」
「ヤダよ……」
本心からどうでもいいと思いました。
「私の命で助かったのですから、それくらいのことはしてください。でなければ死んでも死に切れません」
そんなことを、言っていたと思います。弱い声で、でもそういう言葉を。
「だから死ぬなって言ってんだろ、死んだらダメだ!」
泣きながら叫びました。
その願いは届きませんでした。
義経四天王と言われていた嗣信は、ボクの腕の中で亡くなりました。
菊王丸も教経にとっては大切な家臣だったようで、菊王丸が亡くなり、教経も戦う気力を失ったそうです。
数字なんて、関係ありません。
誰かが殺られたから、誰かを殺る。
終わりません。
いつまで経っても
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