第17話 平家の人
一ノ谷の戦いで、ボクは崖を降りただけでした。
そもそも、『武士の始まり』と言われていても、平家の人たちは公家のような生活がしみ込んでしまった人たちでした。
もちろん、そうではない人もいました。言い方はなんですけど、手合わせをして手ごたえのある人。でも、そんな人で平家の味方をしていた人は少なくなっていました。
いくら昔は戦をしていたとしても、その頃の技術は無くなっていたのでしょう。
公家の生活に憧れていた人たち。そして、それを手に入れた人たち。
戦で勝つことなんて、どうでも良いかのように、逃げていきます。
ボクの首を持っていけば大手柄なのに、どうしてその横を通り過ぎるのか。
ボクが義経だって、知らない人が多かったです。
牛若が義経だと知られるのも嫌だったので、それはあまり言いませんでした。
源氏の頭領の源頼朝の弟の義経。
そちらを強調していました。
そして、強い義経は、ボクのようななまっちろい若造ではないと思われていました。
新しい自分。
そんなことを思って、ちょっとフワフワした気分になっていました。
「牛若。お前は牛若ではないか?」
そう思っていると、声をかけられました。
ボクが牛若と呼ばれていた頃を知っている人のようでした。
源氏にボクを牛若と呼ぶ人はいません。
ただ、相手の顔を見ても、ボクにはよくわかりませんでした。
見たことがあるような気もしましたが、知りませんでした。
身なりから、平家の位が高い人のようです。
馬に乗っていました。
ちなみにボクも乗っています。
崖を馬で降りたのも、平らな場所での戦いになった時、有利になるからという理由です。
「お久しぶりです」
誰だかわかっていませんでしたが、笑顔でほのぼのとあいさつをしました。
元々ガチャガチャ切り合うのが似合わない風体をしています。
ボクの雰囲気はがさつな源氏ではなくて平家よりでした。
誰だかわからなかったけれど、きっと真っ先に殺さなければならない人でしょう。
失礼になると思ったし、名を聞くのはやめました。
戦う感じでもなくて。
やあやあ我こそはな感じでもなくて。
その人が、のほほんとこちらにやってきました。
隙をつかれれば、ボクがやられてたんじゃないか? というタイミングでした。
戦う敵ではなく、知っている顔を見つけ、喜んでいるように見えました。
ボクの周りでは、味方が平家方の人間に襲い掛かっていました。
その音にビクっとしています。
「平家の危機を知って来てくれたか」
ぱあっと顔を輝かせてその人は言いました。
ボクは言葉を失いました。
何も言えずに、さきほどから浮かべていた笑みが固まりました。
「清盛殿は、お前に目をかけておった。来てくれて嬉しいぞ」
「はい。清盛様には、本当にお世話になりました」
清盛様は、温かく接してくれました。
でも……、
「そうであろう、そうであろう」
その人は目に涙を浮かべ、うなずいていました。
この人は、ボクに優しく接してくれなかった人だったはずです。
ボクがいじめられていても、見て見ぬ振りをしていたかもしれません。
「お前は今までどこにいたのだ?」
ずいぶん、間の抜けたことを聞いてくる……。
そうは思いましたが、
「長成様の御縁で、奥州平泉の藤原様の元にいました」
京の都を追われた後にどうしたかを答えました。
義理の父の一条長成様のご親戚の藤原
その後は言えません。
「平泉というと、金が取れるそうだな。良いところだと聞く」
世間話?
と思いながらも、
「はい、ボクはあちらの水が合っていたようで、とても良くしていただきました」
と、答えていました。
少し、嫌味も入っていました。
京の都では散々な目にあったけれど、平泉ではそんなことはなかったと。
でも、それは伝わらないようでした。
「おお、そうであったか。そうであったか。難儀であったな」
どう反応したらよいかわからない笑顔でそう言ってくれました。
大変な思いを乗り越えて、ここまで来たのだねと、大きな心で迎えてくれるような笑顔です。
『ボクはあなたたちに恨みを持っていて、あなたたちを倒しに来たのです』とは言えませんでした。
刷り込まれただけだったのかもしれませんが、ボクは平家が嫌いでした。
だってロクな思い出がありません。唖然とするようなはらわた煮えくりかえるようなことを言われたりもしました。
でもその人は嫌味で言っているようにも見えず、本当に助かったという顔をしていました。
懐かしい顔に会えて嬉しいという顔でした。
平家でもボクのことを目の仇にする人もいれば、そうでない人もいます。
大部分は、ボクのことなど眼中になかったかもしれません。
ボクも一部の性根が腐った連中を見て、平家がキライになっていたと言えるかもしれません。
―― 源氏のくせに、なぜ平家と共にいる。
そんな態度で汚いものでも見るような眼をこちらにむけていたのは、一部だったのかもしれません。
ただ、友好的な態度の人も少なかったのです。
平家の人たちがこの人のように接してくれていたら、ボクは平家側にいたかもしれません。
でも、そうではありませんでした。
この人も、困った時に、こちらを頼っているだけなのです。
困った時だけです。
「今、源義経という者が攻めてきた。我らは逃げねばならない。お前も早よう来い」
「え……」
ボクが義経です。
と、言うことができませんでした……。
今までの態度は、義経ではないと思ってたからです。
牛若=義経を知られたくなかったのが裏目に出ました。
好機なのですが、さすがにこの状況で討てません。
敵を倒すために、卑怯と言われる手法を用いてきました。
当時はまず名乗ってから一騎打ちしてました。
さあ、一騎打ちだ!
やあやあ我こそは……。
などと呑気にやってたらボクは死にます。
そんなに強くもないです。待ってるのたるいし。
ボクの強みは速さです。
なんで勝てる相手を、わざわざ待って自分の身を危険にさらす必要があるのか。
背負っている物が違います。
呑気にしていられません。
それに数が違うのですから、ひとりひとりと対峙なんてできません。
とりあえず突っ込む。
とりあえず斬る。
それの繰り返しです。
卑怯だと言うのなら言えばいい。
でも、これは無理でした。
「のんびりしている暇はない。早ようせんか」
その人は、本当にボクを心配してそう言ってくれました。
―― 仲間になってくれる若者が来てくれた。
それが嬉しく、心強く思ってくれているのをひしひしと感じました。
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