第16話 勝敗の決め手
降りた、良かったでは終わらないはずでした。
これから源氏と平家の戦いに加わらないといけません。
手遅れの場合もあります。降りたら平家に囲まれることも覚悟していました。そうなっても、なんだかんだ言いながらも弁慶は近くにいるだろうからなんとかなるだろうと思っていました。
とりあえず、周囲をざっと見回しました。
どうなっているのか、よく分かっていなかったからです。
関東の海とは違う、白っぽい海岸。
瀬戸内の海。崖の上で見ていた海が間近です。
ボクは源氏だけど鎌倉にいたのはちょっとだけです。京都の山の中で育ち、平泉で仲間を得てそこで楽しい青春時代を過ごし、それで兄上が旗揚げしたから鎌倉に行っただけです。
海、あんまり観たことがありません。
川の方が付き合い長いです。貴船川とか加茂川とか衣川とか。
大きな海を観て「すっご~い」と言っている場合ではなくて、崖を降りた場所にはけっこう平家方の人がいました。でも、勝てない数ではありません。
『行ける!』と思いました。
それでも源氏の方が不利だったと思います。ふつうに考えれば。
源氏が勝っていたのは勢いで、『勝てる!』という思い込みだけです。ホント。ボクなんて、大したことしてません。山道歩いて出てきた人を討ってただけです。全部、鎌倉にいた兄上の考えだし、ボクはそれに忠実に従ってました。
自分ではそう思ってました。大まかには兄上の言った通りに動いていました(後で違うと言われましたけど)。
見せかけだけの総大将。実戦は範頼兄ちゃんに任せて、ボクはバックアップ要員(そのはずでした)。平家以外の貴族にニコニコ笑って愛想を振りまいていればいいだけ(そのはずでした)。
それが本来のボクに求められていた役目でした。
実際に戦って血を流している人はすごいけど、死んでしまう可能性が高いです。
だからすごいんです。
それに対してボクは軽い役目だけど、それで弱々しくしていたらなめられるので、やる気だけは見せます。
「行くぞ!」
とにかく声を出しました(これがいかなかったのか? 前に出てはいけなかったそうです)。
すると、味方の声が響いてきます。
思っていた以上に大きな声でした。
『なんでだろう?』と思って振り返ると、あの崖を皆が降りてきていました。やっぱりボクの味方になってくれる人たちは優秀です。
『来てたんだ』と思いました。
崖を降りている間、後ろを見ている余裕はありません。
でも、70騎がこちらにどんどんこちらに来ます。
思っていた以上に多くてホッとしました。
戦いに負けるわけにはいかなかったからボクはひとりでも降りるつもりでした。兄上の助けに少しでもなりたかったので、ひとりで降りて、ひとりで斬りこむことになってもいいと思っていました。東から範頼兄ちゃんの大部隊が来ているわけだし、一の谷側も土肥実平さんの部隊に合流すればいいだけなので。
『なんだかんだ言いながら、やっぱり頼りになる』改めてそう思いました。
ウチの部隊は最高の精鋭部隊でした。
ここまでくれば、あとはできるだけ派手に動いて戦に勝つことだけでした。
そのつもりでしたが、降りただけで戦は終わりました。
平家方は逃げていました。
ここの海岸では敵の後ろ姿しか見た覚えがありません。
義経だと思われていなかったのかもしれません。
お世辞にも強そうには見えないので。
平家の人たちは海へ逃げました。
数の上で勝っていて、しかも何か月も籠城できるはずだったのに。肩透かしというかなんと言うか……。
源氏は強いもの。
ボクの仲間は特に。
それが思いもかけないところからやって来たから、平家は逃げました。ほっとしたというか『いいのか? これで』と不安になるくらいでした。
『山道は大変だったけど、働いた気がしない』というのがボクの一の谷の戦いの感想です。
平家方は逃げて行きました。
拍子抜けするくらいあっさりと。
数の上では平家方は有利で、福原の城郭は籠城にも適した場所でした。
南は海で、平家はそこからいつでも逃げ出せます。
けれど、その「いつでも逃げられる」が、平家を敗走させました。
範頼兄ちゃんの部隊と、土肥実平さんの部隊もがんばっていて、そして鵯越のダメ押しでした。
ボクなんかそんなに強くないのに『どうして逃げるんだろう』と思いました。
強い弱いなんて、ほんの少しの違いなんです。
ほんの少しだけです。
もしもボクが鵯越に失敗して、馬で転がり落ちていたら、平家は逃げていなかったのかもしれません。
本当はボクのことなど関係なくて、範頼兄ちゃんや土肥さんが平家を負けさせていたかもしれません。
『なんで逃げたんだろう』
余力が残っていたのでそう思いました。
平家が強かったのは三十年前。
貴族のような生活がしみ込んでしまった人たちでした。
それが悪いわけではありません。
誰だって貴族のような生活したいです。
毎日楽して暮らしたいです。
だから、みんな一所懸命になって働くんです。
本末転倒ではないかと思いますけど。
でも、誰かが苦しんでいるのを見過ごしてはいけないんです。
それに気づいて、手を差し伸べることができていたなら、
平家は滅んでいなかったのかもしれません。
気づいて手を差し伸べていたのだとしても、
世間の意見が消してしまったのかもしれません。
平家はダメだ。
そういえば源氏はどうした?
そういう流れは、自然にできたのか
誰かが作ったのか。
ボクはそれにまんまと乗せられてしまったのか。
兄上はそれを止めようとしてくれいていたのではないか。
後でならボクもいくらでも言えます。
でも、清盛様は戦った敵の子供ですら助けてくださいました。
それなのに、他の連中は清盛様の気持ちなどこれっぽっちもわかっていませんでした。後ろで守られて戦ったこともない人たちは、ギリギリのところで奇跡のように助けられた命でさえ、さげすみました。
自分は偉いと思い込み、他人を見下していました。
実力の伴わない思い込みは、ちょっとしたことで壊れます。
ボロボロと壊れていくのを、ボクは見ていました。
自分たちで勝ち負けを決め、『負け』にして逃げていく人たち。
戦いを挑んできても、ボクは勝つ気でいました(味方が強力なので)。
だから、それに挑んでこないのは正解かもしれません。
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