第14話 熊谷二度の先がけ

 平家物語では一の谷の戦いの前に『熊谷二度の先がけ』というお話があります。熊谷くまがいの次郎じろう直実なおざねさんが行ったり戻ったりを繰り返して「俺が一番乗りだ~」と二回言います。


 直実さんは猛者もさ(強いおっさん)です。一番乗りがしたくてたまらなくて、それができてしまうすごいおっさんです。


 まだ一の谷の戦いが起きる前、

「一番乗りがしたいから逆落しはしたくない」と、直実さんはボクの部隊を離れます。そしてまだ皆が寝静まっている頃、平家の城郭じょうかくに向かっていたそうです。


 もちろんそれでいいと思います。自分の得意なことをすればいいです。

 ボクは敵も味方もぎゅうぎゅうに混んでる一番より、少し遅れて行く方が好きです。空いてる方が良くない?


 それに、一番乗りは危ないです。みんなが一番乗りを目指しているからボクもそうするというのはしません。

 周りに合わせる必要はありません。


 だから直実さんは、まだ皆が寝静まっている間に平家の城郭に向かったそうです。ボクみたいに後から行くのではなく、皆が目指しているのを知っているから誰よりも早く戦場に向かっていたのです。


 そういう視点は大切だと思います。

 スーパーの開店前に人が並ぶのは一番初めに入れれば買いたい物が手に入るからです。特売品を思う存分に購入できるからです。ゲーム発売日なら一番に行けばゲームが買えます。


 それと同じで一番乗りができれば、敵がいっぱいいます。

 敵がいっぱいいるということは、手柄を立て放題になるということです。


 でも、敵がいっぱいいるということは危険です。弱い人ならすぐに死んでしまいます。しかし直実さんは猛者です。強いです。だから一番乗りがしたい人です。


 それで一番乗りがしたい直実さんと長男小次郎君、平山季重さんなどの五人で攻め入ったそうです。仲良く入ったわけではなく、誰が一番になるかでけっこうもめてます(味方同士で何してんだよ)。


 直実さんは敵も味方も寝静まっている時に一度「来たぞ!」と宣言していたのですが、聞いている人がいないかもしれないと思い、もう一度宣言します(だから二度の先がけです)。


 でも、朝早すぎて、出てきてくれる平家方はあんまりいなかったようです。二月七日の夜明け前って、たぶん朝の五時とか六時くらいだと思います。


 この時、小次郎君は手に矢傷を受けます。直実さんも矢を受けますが、それはかなぐり捨てています。「鎧は隙間なく着ろ」と小次郎君を心配した直実さんはアドバイスしているので、直実さんはきっちりと鎧兜を着ていたのでしょう。


 初陣ってこういう感じがいいんだけど。

 ここで直実さんは息子の小次郎君にいろいろと教えてあげています。


 そして、この直実さんと平山さんの猛者っぷりに、平家の人たちは応戦しませんでした。みなさん、出てきても相手をせずに城郭に引っ込んでしまいます。

 出ようとする人もいるのですが、家臣に止められています。


 この直実さんが『敦盛の最期』の主人公ともいえる人です。

『敦盛の最期』の主な登場人物は、直実さんと平家の公達です。この公達が清盛さまの甥っ子の平敦盛だとわかるのは最後です。


 『敦盛の最期』と聞くと、敦盛さんが主人公なのかと思ってしまいますが、直実さんの若い公達の命を取らなければならない葛藤が描かれています。


 それを聞いた人たちは、その悲哀に感動します。

 ボクからすると、「敦盛さんだけじゃないよね……。もっと名もなく悲惨な人、山ほどいるよ。平家だからって、お話になっちゃうんだ~。えこ贔屓だよね……」です。


 栄華を極めた平家の人たちが、無残な最期を遂げるのが平家物語だと言ってしまえばそれまでです。それに、ボクもえこひいきされてる口だからなんとも言えなません。


「なんで、悲劇とか言って持ち上げるかな? 他人の不幸は蜜の味なわけ?」

というボクの個人的な意見はとりあえず置いて、これが原因かわからないけど、崖の上に着いた時には、戦いは始まっていました。


 なるほど。ボクと一緒に逆落しをしていたら、一番乗りは無理です。直実さんは正しい判断だったのではないかと思います。


 崖の上まで行くの、ホントに大変だったんだってば。

 ……では、次は逆落しを話します。


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