第31話 屋島に行きます

 一の谷の戦いのほぼ1年後に、屋島の戦いがあります。

 船がなかったためです。


 平家は屋島やしま(香川県高松市)に居ました。ボクがいた源氏は摂津の国の渡辺津わたなべのつ(現在の大阪)。平家が四国で源氏が大阪にいたようです。


 海戦経験の少ない源氏は半年以上かけて、渡辺津に船を200そうほど用意しました。そして、ようやく屋島に行くことになった1185 年2月16日、北風が強くなり船を出せなくなりました。


 やむだろうと思っていましたが、ますます風は強くなり、木は折れるし民家の屋根は飛びます。波も高くなり、船同士がぶつかって壊れたりもしました。行かない方がいいのかと弱気にもなります。出発延期になりました。


 すると、何を考えたのか、梶原かじわら景時かげときが「船にさかをつけましょう」と言い出しました。櫓は一本で後ろについてるオールみたいな物です。ベネチアの舟みたいな日本版。人力で舟を動かします。それを前にもつけようということらしいです。前にもつければ、そっちを使えば後ろにも進めるようになるようです。ホントにそうなのか?

 意味わかんないし。こぎ手を二人にする気か? しかも前日に言い出すことか?


「なんで?」と聞くと、

「馬は右にも左にも自由に駆けることができます。船にもさか櫓をつければ前後左右に動けます」と答えました。


 一瞬、『いいな、それ』と思いましたが、船のエキスパートたちの顔を見ると、みな、首を横に振っています。『そんなもん、いらねーし』という意思表示です。


 やめた方がよさそうだと思いました。

 さか櫓をつけた方が良いのなら、きっとそれまでについてるはずです。ついてないと言うことは、つけてもろくなことがなかったのでしょう。


 でも、鎌倉の兄上から任命されてボクのお目付け役として来ている景時には、誰も反論できません。


 これ、言えるのボクだけなんじゃないわけ? と思いつつ、しかたがないので

「引くことを考えて、勝負に勝てるか」ということを控え目に言いました。


 そんなに強くは言ってなかったんじゃないかな? たぶん。それに、一の谷の戦いでも『逃げられる』と思っていた平家は、船で逃げてしまいました。もし、逃げていなければ、源氏が負けていたかもしれません。


 負けそうになると『逃げたい』と誰もが思ってしまいます。

 まだ大丈夫なのに味方に逃げられると、ボクは困ります。


 集団で戦う時は、ホントに戦う人の気分の問題なんです。

 よっぽど戦う人の能力の差がなければ、「行ける!」と多くの人が思った方が勝ちなんです。


 まずい時は、引く指示を出します。

 できれば、そういう時まで逃げないでもらいたいです。というか、行ったら勝つまで行くぞ。


 勝てる戦でも、まずい局面はあります。

 ここで踏ん張れば勝てるという時は、かなりヤバい状況に陥ります。


 そこで逃げると、負けてしまいます。

 でも、踏ん張ってそれを乗り切れば勝てるのです。


 勝ちの手前なのです。

 それが見えている時に逃げ出されると『はぁ?』になります。


 一応、勝てるように動いていたのだから、指示に従ってもらわなければ困ります。嫌な言い方ですが、そういう判断をそれぞれの兵士にさせたくありませんでした。


 自分が好き勝手動いているのに、他人にはそうさせないのは、ボク自身はしたくない考え方です。

 ただ、敵が大人数で、それに対抗するためにこっちも大軍を率いらなければならない場合、勝手に動かれると困ります。


 奇策というのは、理解されにくい面もあります。

 すぐにわかってしまったら、奇策になりません。『なにこれ、意味あるの?』という感じでも動いてもらわなければならない場面も出てきます。


『こんな意味不明な作戦に参加なんてできない』と思われて味方に逃げられたら、負けます。負けは自分だけでなく、味方の死につながります。


 だから、ボクは本隊ではなくからめ手部隊(遊撃部隊)を率いていました。でも範頼兄ちゃんが九州に行っちゃってたから、ボクが屋島行かなきゃいけなくなってました。ボクの言葉を直に聞けない距離にいる人には、ボクの取る作戦が上手く伝わらないので、ボクは大隊を率いるのは向いていません。


 不安な状態で戦に加わるということは、できるだけしてほしくありませんでした。

 景時は上から目線なので、こういう微妙な感じが伝わりません。


 でも、いつもは『俺様の言うことが正しいのだ!』と言うヤツが、こんな兵士の自由度を上げるようなことを言ってきたのは、何か裏があるような気がしました。

 一ノ谷の平家を見て、兵士を自由に動かせば、ボクが自滅すると考えたのかもしれません。


 そもそも、海を渡って屋島で戦えばいいだけなのに、なぜ、海戦をするつもりでいるのか、景時こいつは……。わざわざ自分たちが不利になる戦法を、どうして取ろうとしているのか、それがものすごく疑問でした。


 苦手な海はすぐに抜け、陸に上がって戦えばいいだけです。

「前に行くだけでいいじゃん」と言うと、景時はボクに「いのしし武者」と言いました。


―― なんでそこまで言われなきゃならないのか。


 はじめは軽くいなす程度でいいと思いましたが、景時があまりにも強く言うためにイラっとしました。思い出してもイライラするし。


―― ここまで能無しだとは思わなかった。


 なんで後ろに下がることを考えているんだ?

 もしかして、源氏が負ければいいって、思ってないか?


 負ければ引けばいいなんて思っているようじゃ、勝てる戦も負けるんだよ。

 却下しても、景時は食い下がってきました。


 こういう連中がいると、マジめんどくさいんだけど……。

 プチっと切れて、


「イノシシでもカノシシ|(鹿)でもなんでもいい! ボクはまっすぐ行くから、お前らは操れもしない船でその辺グルグル回ってろ」


 ひとりで突っ込むつもりになっていました。

 ただでさえ船が苦手だというのに、せっかく味方になってくれた船が得意な連中でさえ混乱するような作戦立てるバカがどこにいるんだ。


 船で渡って陸戦すりゃいーじゃねーか。

 そのうち船の操縦もなんとかなる。


 てかもう、景時だけじゃねんだよ、ムカついた源氏の連中は!

 景時だけ前面に出てるけど、どして?


 もっといただろ?

 ムカつく兄上の威光を笠に着た盆暗共がさぁ


 ……『ムカつく』兄上にかかってないからね。

 ムカつくのは兄上の家臣だからね。


 兄上はすごい人です。

 ホントにマジです。




***




 しかし、風が強すぎました。


「出せません」

 壊れた船の修理も終わったその日の夜、水夫さんたちに言われました。


「追い風なんだから、出せ」

 屋島に向かってとても強い北風が吹いていました。波は岩に激しくぶつかっています。


「無理です」

「風がボクの敵に回るはずがない。行くぞ」


 景時とのゴタゴタがあったせいか、気が立っていました。いろいろ脅して、200艘あった舟のうち、5艘の船が出航してくれることになりました。そこに50人の兵士と50騎の馬を乗せます。


 景時の顔色を見た連中が残りました。

 ただ、ボクにとって面倒くさいのが残ってくれたので、身軽な少数精鋭部隊です。


 望むところです。

 むしろ、こちらの指示がうまく伝わるいい人数です。


 これでボクが死ねば「ざまあ」とかって言うんだろうなと思いました。

 でも、負ける気はしませんでした。


 一騎当千が50人いれば、50000人まで大丈夫です。

 実際は80(捕虜込み)対1000でした。


 負けるはずがありません!

 いい感じにテンションも上がって、しかも超追い風でした。


 水夫さんや舵取りさんが、嫌がるほどの順風でした。

 追い風、最高だぜ!




 いやはや、若かったね。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る