第25話 手柄のために失われた命
(公達を助けるのは無理そうだ……)
向かってくる集団を見て、直実さんはそれを感じ取ってしまいます。景時がいるし。
そして、涙をこらえて公達に言います。
「お助けしたかったのですが、味方の軍勢が来てしまいました。あなたが逃げることはできないでしょう。それならば私が討ち、供養をさせていただきます」
お話のはじめの方で「賞金首はおらんか~」と、身分の高そうな公達をつけ狙っていた直実さんとは思えない気がします(そこまで言ってない? ボクの素晴らしい意訳がそう言ってるだけ?)そこからここにつながってくると『討つ口実ができた』に聞こえてしまいますが……。
平家物語を作った人に問題があるように思います。この方がウケたというだけかもしれません。それは置いておきます。
いくら、供養をしてくれると言われたところで、殺されます。
『死んだ後は供養をするので安心してください』って言われても……。
供養、大事かも? と、思うこともあるにはあります。たまに、ボクの死を憂いてくれる物に出会ったりすると感動を覚えます。それは関係ないので、別のところに置いておきます。
こうなる前に、決着をつけておかなければいけなかったのかもしれません。
中3の少年を40過ぎたおっさんが、殺さなければならない。
その事実に直面してしまったら、できないのがふつうの人間の感覚です。
直実さんは、戦っている時に、それを思い出してしまいました。
他人の気持ちになって考える。それをしてしまいました。公達の父君の気持ちと、小次郎さんの父親である自分の気持ちを重ねてしまいました。
まるで、自分の子供を殺すような心境になってしまったのではないでしょうか。
「さっさと首を取れ」
公達は言いました。
直実さんはあまりにもかわいそうで、どこに刃を刺したらよいかもわからなくなります。涙で目もくらみ、気が動転して前後不覚になったそうです。けれど、そうもしていられないので、泣く泣く首を切ります。
「悲しいかな。弓矢を取る身ほど、口惜しいことはない。武家に生まれなければ、このような目に遇わなくても済んだのに。このように討たなければならないのは情けないことだ」
そう言って、顔に袖を押し当てて、さめざめと泣いたそうです。
味方が到着するまでにこれを行ったようです。
もしも直実さんが討たずにいたのなら、五十騎ほどの源氏の武士が来ていたのですから、誰が討つかでもめることになっていたかもしれません。
さすがにそれを公達に見せるのは残酷です。
欲に目がくらんだ男たちが、誰が自分の首を取るのかと争う姿を見るのは嫌ですね。
顔など見ずに討っていれば、このような気持ちを味わわせずに済んだはずです。それだと物語としてはダメなのかもしれませんけど。
***
これは物語なので。実際は、そんなことも起きずに討たれたのかもしれません。
このような物語があったかどうかはともかく、一ノ谷の合戦で平敦盛が亡くなったことは確かなことのようです。
また、手柄を取れば取ったでやっかみの的になるのかもしれません。
それは、今も昔も変わらないでしょう。
負け戦では命が危険にさらされ、勝ち戦では手柄の取り合いになり、多くの手柄を立てた人はやっかみの対象になる。
戦争は納得できないです。
いったい誰が勝者なのでしょうか?
何がどうなれば勝ちなのでしょうか。
ボクも恨まれました。
どうすれば源氏が勝てるかを考えていただけなのですが、それでも手柄になってしまうと、兄上の家臣は面白くなかったようです。
ボクは『平家を倒したい』と言って旗揚げをした兄上の弟で『兄上のために頑張りますっ』と言っていました。
『おにーちゃん、頑張ったんだから、ご褒美ちょうだい♡』などと兄上に言うことはできません。兄上は何も言わなかったけど『ごめん、弟だから後回しでいいよね』という感じだったのではないかと思います。
血のつながった兄弟なんだから、それが当たり前です。
褒美など、いらないのです。それが兄弟だと思います。そういう兄弟が、兄上もボクも欲しかったのだと思います。
ただ、兄弟なので、ボクも褒美を与える側になるようです。だから、いくら手柄を立てても、ボクは褒美をもらえません。
でもボクが頑張れば、手柄を立てたいと思っている人たちの手柄を取ってしまっている感じになるのかもしれません。
だから、後ろでどっしり構えていろと? 景時にはそういう意図があったのかもしれないですね。
いまさら気づいても、今は令和の時代で、源平合戦はとうの昔に終わっています。
とにもかくにも、彼らは勝って褒美をもらいたいのです。
誰の下につこうと、構わなかったのかもしれません。
平家物語の根底には、このような事情があるような気がします。
『敦盛の最期』は手柄のために翻弄される人間の物語です。
改めて物語を読んでみると、お話の中の直実さんは、悔しかったと思われます。
公達を助けることができなかった自分が……。
それをとても嘆いている姿が描かれています。
当時、その場にいた人には何が正しいのかなんてわかりません。人を殺せば褒美がもらえる。だから殺すという時代だったのかもしれません。
評価は後からついてくるものだから、当時の実際に戦っていた人にはわかりません。
物語を読んで、想像してみてください。
人を殺すということは、どういうことなのかを。
どんなに強いと言われている人だとしても、若い公達の首を取り、辛くてさめざめと泣いてしまうような。
いままで何人何十人も殺してきた人が、たった一人を殺しただけで人を殺すことが、悪だと気づいてしまったのかもしれません。
そう考えるようになってしまったのかもしれません。
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