第24話 出たな景時……
「小次郎が薄手負うたるをだに、直実は心苦しうこそ思ふに、この殿の父、討たれたと聞いて、いかばかりか嘆きたまはんずらん。あはれ、助けたてまつらばや」と直実さんは言います。
「小次郎(直実さんの息子)が軽い傷を負っただけで辛いくらいなのに、この殿のお父さんが、(我が子が)討たれたと聞いたなら、どれほどお嘆きになるだろう。ああ、お助け申したい」
『お前は小物だ』と公達をこけ下ろしていたように見えた直実さんですが、これが言いたかったのですね、多分。
「息子が死んだと聞けば父親は悲しむでしょう。だから助けます」ということです。公達を父親目線で説得しようとしています。自分のためではなく、父のために生きろと。
明け方は誰が一番乗りするかで、ごちゃごちゃしていた直実さん。その時、小次郎くんは左手に矢傷を受けます。矢で射られた傷は軽い感じがしません。矢が飛んできて刺さったということです。死にはしないと言われたとしても、手に刺さった矢を引っこ抜くことになれば血の気が引きます。
「いや~、誰か引っこ抜いて~。でも、痛いよ痛い。そっと、そっと……、ぎゃあ、痛い! そっとって言ったじゃん!!」という感じでしょうか。
けれど直実さんにとって、これは薄手で重症ではないらしいです。直実さんも矢の傷を負っていたようですが、この人は『いいカモはいないか~』と、本戦が終わっても走り回っています。
一番乗りはしたものの、肝心の合戦の時は大した手柄を立てられず、敦盛を見つけました。小次郎君はこの四年後に、ボクがお世話になった奥州平泉の藤原さんを滅ぼす戦で手柄を立てております(怒)。何度でも言おう、奥州平泉で戦っていると。
それはまた置いておいて、血のつながった父親というのは、そういう気持ちになるのでしょうか?
父親を知らずに育ったボクにはわかりづらいです。
会ったとしても、赤子の頃だし……。
パパは平治の乱で平家に負けて、褒美目当ての家臣に殺されました。
「あなたの父君は、あなたのことをとても想っておられました」は、よく言われました。
「あなたのように成長したことを知ったなら、父君はお喜びになられるでしょう」とかも言われましたけど、でも父上はいらっしゃらなかったのです。
清盛様や一条長成様(義理のパパ)や長成様のご親戚の平泉の藤原秀衡様とか、ボクには父親のような方はたくさんいました。
血がつながってなくても、大切な絆だと思ってます。
でも、血のつながった本当の父親は、何か違うのでしょうか?
平家のせいで、ボクの父上はボクが生まれた年に亡くなりました。
清盛様の弟の子だった敦盛。
平家でまともだったの、清盛様くらいしか思いつきません。
でも、妹は別です。清盛様の娘で、ボクの妹がいます。とってもかわいい子です。なにしろ、ボクの妹だからねっ! 八人いる兄は源氏の棟梁の息子で、そのうち兄上は鎌倉幕府を開いた将軍。妹は清盛様の娘。下にいる弟は公卿だったりします。ボクって実はすごくない? …………また脱線しました。
ボクにとっては、散々ボクのこといじめておきながら、自分の子供はかわいいって、そんなの通用するかという話ですが。
けれど、ボクと意思の疎通ができていない、お話の中の直実さん。
逃がして平気かを確認するために後ろを見ました。
すると、土肥・梶原が五十騎ほどでやってきます。
土肥次郎実平さんと梶原平三景時さんの部隊です。この二人が五十人の源氏側の人を引き連れてます。
一の谷の戦いでは大活躍している二人のようです。
それがこちらに向かっています。
実平さんだけだったら、敦盛さん、助かっていたかもしれません。
助かっていたら、このお話、語り継がれてなかったでしょうね。
梶原景時……。
こっちが問題です。兄上の家臣ですが、ボクのお目付け役みたいな人です。兄上にボクの悪口さんざん吹き込みやがってくださった御仁のようでございます。
彼には「戦で総大将が前面に出るな」とよく言われました。
「ボクのところの遊撃部隊が出なかったら、戦で負けるから出てるんだろ? 主戦力温存できるほど源氏の部隊は強いのか?」と、口論いたしました。
もちろん、源氏、弱くないです。とっても強いです。強いという噂が立てば、味方が増えます。そして、ウソだったとしてもそれが本当になる。
ボクは被害を減らしたいと思っていました。源氏の味方になってくれる人たちを守れずして、誰が味方になってくれますか? 会ったこともない人に「この方をお守りしたい」と思わせられるような人徳はボクにはありません。それなら「こちらは安全に褒美がもらえます。だから来てください」にするのがいいのです。
さっきも言いましたが、ボクが討たれれば源氏は負けてしまいます。
ボク自身は、ボクがいなくなっても、他にまだ兄はいるし、何より鎌倉には兄上がいると考えていました。
でも、「大将が討たれる」ということは、味方の士気もガタ落ちになります。
どんなに源氏が押していても、一発逆転されてしまいます。だから、景時は『大将は後ろで皆に守られていなければ』という考え方です。兄上もたぶん、こっち。
大将が危険な前線にいたら、危ないというだけでなく、大将が出なければならない状態なのかと思われてしまうということもあります。
それが正論なのはわかります。
でも、正論だと、敵に読まれやすいです。敵に読まれると負けます。こちらの被害を少なく済ませるには、強い部隊を出す方がいいのです。味方に強い部隊があって、それがいつでも出て来てくれるなら、士気も上がります。さらに味方も増えます。
ボクは戦に出ても、負ける気がしませんでした。情報を得てその場に居て空気を感じていれば、どこに風が吹くのかわかるからです。
逆落しも『ここを降りれば勝てる』と思ったから降りました。
でも、それもボクひとりではできません。
信じてついてきてくれる仲間がいたからできました。
ひとりで降りていたらと、想像すると怖いです。やるつもりで降りてたけどね。
梶原景時は、分が悪くなると兄上からの書状を手に、非合理的なこと言いだす御仁でございます。頭が固くて融通が利きかないから、公達を助けるのは無理です。
あくまでも個人的な意見です。
景時にもいいところはあるでしょう。ボクがそんなに好きではないだけです。
景時の言う通りにするのは腹が立ちます。
でも、ここでは公達を討ってもらわないと、ボクら源氏が困ります。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます