第23話 中三になめられる40過ぎのおっさん

 直実さんの「助けましょう」というお言葉の後に、この公達は

「あんた誰?」と、言います。


 そうですね。直実さんが間違ってます。相手に名前を訊ねる時は、まず自分の名前を言ってからです。そうだよね。うんうん………………。


 刃をつきつけられて、こんなことが言える公達、感心します……。中三の公達ジャリが、強そうなおっさんに「あんた誰?」と言いました。

 でも、その公達ジャリの命は、直実さんおっさんに握られていて、風前の灯火です。


「ホント? 助けてくれるの? ありがとう、僕は平敦盛。平清盛は僕のおじさんだよ! すごいでしょ、えっへん」

 くらい言えばいいのに。


 この公達はある意味すごいかもしれません。こんな状態で助けてくれると言っているのに「あんた誰?」です。


「なんぢはたそ(あんた誰)?」


 けれど、直実さんは、

「大した者ではございませんが、武蔵の国に住む熊谷次郎直実でございます」


 礼儀正しく答えます。

 ……大人の対応だ。謙遜しすぎです。直実さんは大した人です。


 こんなことを言える直実さんをボクは尊敬します。

 猛者と言いつつ、礼儀正しい人だったのかもしれないと思うようになってきました。


 するとその公達ジャリ

「キサマに名乗る名はない。お前には過ぎた首だ。この首を取って人に聞けばわかるだろう」とのたまいけります。


 かわいくない……。そんな中三、かわいくない……。

 最終的に首を見せる相手って、この場合、ボクになります……。


 ただ、やっぱり切り合う前に、お互いの名前を言い合わないといけなかったみたいです。「やあやあ我こそは」と言い合うアレです。源平合戦の頃は、まず自己紹介をして、それで一騎打ちをします。


 そうしないと『私はこんなすごい人の首を取ってきました』って言えないそうです。相手がわからないと、ご褒美がもらえません。


 いっぱいいる平家のメンツ、全部知ってるわけないじゃん。

 でも、ボクは褒美とか関係なかったから、やってません。だって、ボクが勝つもん。名前を教える時間がもったいないよ(だから礼儀がなっていないと怒られます)。


 敦盛さんは清盛さまの甥御さんだし、手柄にはなります。

 ボクは知りませんでしたが。ボクが四歳くらいで鞍馬山に行って、十三歳くらいで平泉に行ってるし、接点ないように思うけど。


 ただ、首実検とかって、明日は我が身かと思うと、けっこうクラっとします。

 人ごとじゃないんです。


 一の谷の戦いでは勝ったけど、次の戦で負けたら、ボクの首が平家のトップの元に届けられるんです。平家には負けなかったけどね。えっへん。でも、言うのは楽だけど、実際に動くのは大変なんです。


 この公達、自分の顔が知られていなかったことが嫌だったのかもしれません。直実さんは手柄をいっぱい立ててた人で、源氏でも猛者と言われる人です。


 これだから実力じゃなくて地位だかなんだかを重視する人は面倒くさいです。敦盛なんてボクは知りません。総大将の記憶にも残ってないジャリの分際で、なにイキがってるんですか? 清盛さまの甥っ子だって言われても、すごいのは清盛さまであって、その甥っ子なんてどうでもいいです。


 世の中、お前中心で回ってるわけじゃないんだからな。カッコ見て「おっ、身分、高そうだ」で目を付けられただけなんだからな。それなのに、ノコノコ戻ってきて、名前知られてなくて逆切れか? だから相手を見て、逃げるか戦うか決めなきゃいけないんです。


 ……頭に血が上りそうです。




***




「あっぱれ、大将軍どの」

とその公達の態度を見て直実さんは言います。

 なんて立派な態度なんだ! みたいな感じかと思いきや、


「この人一人をお討ち申したしても、負けるはずの戦に勝てるわけでもありません」

 ちょっと、直実さん……。


「あなたを討っても負けている戦に勝てるほどの大物でもない」って言ってるよね? 「お前は小者だ」ってことだよね?


「またお討ち申さなくても、勝つはずの戦に負けることもまさかあるまい」

 こっちは現状です。


「勝ちが決まっているのに、逃がしたところで負けたりはしない」

 敦盛を逃がしたところで一ノ谷の戦いでの源氏の勝利が覆せるわけでもありません。ここでボクが討たれちゃったりしたら覆るけどね。


 敦盛程度なら直実さんの言う通りです。

 清盛様の甥御さんと言うだけで、大した戦果も挙げていないお子様です。


 でも、それはダメです。平治の乱でボクや兄上を生かした清盛さまがどうなったのか。清盛さまは、かけた水が一瞬で蒸発するほどの人間の限界の温度を超えていると思われる高温になりながらも「ワシの墓に頼朝の首を持ってこい」と言って亡くなったそうです。創作部分は多いと思われます(熱が出たくらいで黒煙は出ません)。


 ただし、「頼朝の首を持ってこい」は言っていたかもしれません。でも、義仲さんに京都を追い出される前に亡くなっているから、それもなかったんじゃないのかなあ?


 陰りは見えていたけれど、平家全盛で亡くなって「後を頼む」程度で亡くなっていてくれたら、ボクの気持ちは少し軽くなります。


 それはさておき、清盛様はパパの9人の息子のうち、6人を生かしました。次男と四男は戦で亡くなり(四男の義門兄ちゃんは生きててほしいけど)、処刑したのは悪源太兄ちゃんだけです。


 そしたら20年後には全員挙兵してきて、討てたのは2人だけ。

 清盛様が生かしてくれた兄上が鎌倉幕府を作りました。それだっていろいろなことがあったわけだけど。


 だから兄上は、平家が滅亡した後、厳しい処分を出しました。ボクや兄上が生き残って平家を滅ぼしてしまったようなことが、源氏で起こったらいけないと考えていたからです。


 ただ、戦に化粧をしてきている段階で、敦盛さんはボクたちと種類が違うと思います。ボクは化粧なんてしなくても、わりと好感を持ってもらえるタイプの美形です。


 敦盛さんのような威嚇はしません。高圧的にキャンキャン吠えるんじゃなくて、油断を誘ってチャンスが来たら討つタイプです。


 でももし、ここで直実さんがこの公達を逃していても、清盛様の甥はちょっとインパクトに欠けるかもしれません。平家の復興はあったのでしょうか?


 無理だと思います……。もしもここで死ななかったとしても壇ノ浦で亡くなっているだろうし、壇ノ浦で生き残ったとしても、兄上は許さなかったでしょう。


 なんだかんだ言って、ボクは小さい頃から平家の方々にいじめられ、気付けば武器を持たされ鍛え続けられて、この時は源氏の総大将。この公達よりも小さい頃に、弁慶より強かったし……。


 弁慶、手加減でもしてたのかなぁ。弁慶は敵にすると嫌だけど、味方にいてくれると心強い一騎当千の仲間です。ボクより働いてた(殺してた)気がするんだけど……。すっごく助かりました。もちろん、他のみんなも強かったです。頼りになる仲間です。


 それなのに、この公達、男のくせにちゃらちゃら化粧なんてして……。男だから女だからという意味ではなくて、化粧は必要ですか? 戦場に……。男なら力で来てください。


 もしかして、力で来ようとして馬から落とされたのかな……。

 本気で直実さんに勝つつもりだったのかな……。


 はじめが肝心なんです。

 敵と手合わせした時、実力が出せるか出せないか。


 鍛錬してその実力が確かな物なら倒せます。鍛錬していても、うまくはまらなければ、実力が出せなくて負けてしまいます。


 そのタイミングを見極める。

 ボクが怖いと思うのが、自分が持っている実力が大したことなくて通用しないこと。だから仲間からいろいろ教えてもらったりしていました。


 化粧をしている時間がある人が、実力があるとは思えません。化粧が悪いのではなくて、時間の使い方です。鍛錬よりも化粧に時間を使ってしまった。


 でも、平家以外は大した人間ではないと思っていると、優れた自分には実力があると思ってしまいます。

 平敦盛はそう考えてしまったのかもしれません。


 物語だから、本当にそうだったのかはわかりませんけれど。

 ……敦盛の最期に話を戻します。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る