第21話 どうして戻ってきたんだ? ホントにマジで

 直実なおざねさんは一番乗りをするために夜明け前から戦っていた方です。だからボクの部隊からいなくなっていました。多少の不精をしてもいいかもしれません。疲労も限界に……きている感じが全然しませんね。


 でも、海の中へ追いかけて行くよりは、戻ってきてもらう方がいいです。動かなくていいので。戻って来なければ追えばいいです。


 直実さんは先ほどの言葉を言い、扇を上げて招きます。

 するとその高価そうな装備の公達、戻ってきます。


 ……何それ。

 その扇、魔法の扇か何かなの? 異世界アイテムですか? てか、ヒゲ面の猛者が扇を持っていた? ハンカチ・チリ紙持ってるようなもんだよね。

 意外……。ボクでも忘れる時あるのに。


 それにしても、ふつう、戻らないよね。

 だって、勝算ないよね? ボクは勝てると思ったら戻るけど、直実さんでしょ? 強そうで面倒くさそうな。五人だけで平家方の敵がうじゃうじゃいる城郭に突っ込んだのに無傷で、さらにその後、「手柄立ててぇ~」ってウロウロしてる超危険人物だよ?


 戻らないよね。最初の判断が大事です。考える時間がもったいない。突進していくか逃げるかは瞬時に決めないと。顔見てガタイを見て、体が動いた方に行く。行くと決めたら速攻。相手が気づかないうちに突っ込む。引くと決めたら脱兎のごとく逃げる。もしも判断が遅れたのなら逃げる。そもそもそういうのに目をつけられる前に遠くに逃げていなければいけません。


 ボクは頭で判断しません。速さで勝負! 直感だけ! 逃げたっていい。恥ずかしくなんてありません。命が大事です。さらに勝てれば言うことなし! 勝率を上げるためには、スピード勝負なんです。まずは命。それから無傷。


 怖いからではありません。「命は地球よりも重い」が信条なわけでもありません。怪我を負って、次の戦で勝てるわけがない。効率を考えれば、何かを犠牲にして勝利を勝ち取るなんて愚の骨頂です。


 それで最後の戦なら命がけもアリですが、どれが最後の戦いになるのか当時はわかりません。一の谷で終わるかもしれないし、そうならないかもしれない。次があるのにたったひとつの命を使い切ってしまうのはダメです。


—— 負けても次がある。命があれば、チャンスはいくらでも巡ってくる。それをいつか手にすればいい。


 これが河内源氏の、ボクのパパの信条です(たぶんですけど。会って話したことないので)。泥の中を這いずり回ろうが、気にしません。その先に望むものが見えるからです。


 ただ、敦盛さんがここで逃げていたら、お話として成立しません。

『平家物語』は、それぞれの時代の皆様が楽しんで、喜ばれるようにと変えられて伝わって来た物語です。




***




 ボクのことは置いておいて、平家の公達。敦盛さんですが、公達ということで名前は伏せておきます。原文でもまだ名前は出ていません。もったいぶってます。


 題名が『敦盛の最期』なんだから、わかってると思うけど。その、名前がわからないけど、なんか金持ちそうな公達、戻ってきます。

 戻ってこないと話が進ません。ここで、少し公達の気持ちを想像してみます。


 一ノ谷の戦いはもう勝敗がついています。平家が負けです。平家の主要な人もいっぱい殺されています。


 でも亡くなったのは、公達である敦盛さんの親しい人たちです。絶望的な気持ちになっていたのかもしれません。戦でまともな神経を持っているのは難しいです。勝っている時は、いいかもしれません。

「手柄立てるぞ~」で走り回れます。


 でも、負け戦になると、周りにいる人が亡くなっていきます。

 それまで話していた人も、親しかった人も。


 ただ、勝ちも負けも関係ないかもしれません。敵も味方も、それまで元気に動いていた人が、どんどん動かない物になっていきます。それまで人として動いていて、話したり笑ったりしていた人が、動かなくなってしまうのです。


 一度命が失われると、戻りません。勝ち戦だろうと負け戦だろうと関係ありません。身近な誰かが亡くなると辛いんです。哀しいんです苦しいんです。


 貴族として生まれ育っていた平家のボンボンが耐えられたのでしょうか?

「どうなってもいい」という気持ちで戻ってきたのかもしれません。


 ただ、そういう話は、どこにも載っていません。名も明らかにされていない敦盛の心情は『敦盛の最期』で直接は描かれていません。


 彼の言動が記されているだけで、直実さんがそこから思うことは書いてありますが、敦盛の心情は想像するしかありません。命に対する貪欲さがなかったのか。


 ボクには一騎当千のお守りがたくさんいたからけっこう強気に出れましたが、ひとりでいたら判断を間違えるかもしれません。敦盛はひとりだけで逃げていました。戻ってきたのは彼の判断です。


 命よりも見栄の方が勝っちゃったのかもしれません。平和な時なら「命を大事に」と言うことができますが、この時は源平合戦の最中です。今とは違う判断をしてしまったのかもしれません。


 格好よりも大事にしないといけない物もあると思います。

 十七歳ということは、生まれたときから平家です。他人を見下しても構わないと思い込んでいてもおかしくありません。


 自分の能力を考えずに戻ったのかもしれません。

「平家だ」と言うだけで、皆がひれ伏す時代でした。


 敦盛さんは、清盛様の甥御さんで、生まれた時からそういう扱いを受けてきたでしょう。ボクが持っている平家の人たちの印象は、「平家」というだけで他人を下に見て喜んでいました。


 他人を陥れることだけに長けた人たちでした。これも、ボクの被害妄想かもしれないですけど。


「お戻りなさい」で戻っちゃうかもしれないです。

 戦場で、自分の判断ができないかもしれません。


 敵に言われたこと、まともに受けなくてもいいんですけどね……。

 ボクとかはまともに受けて、それをひっくり返して生き延びちゃったりするのが好きですけど。でも毎回うまくいくとは限らないので、ちゃんと逃げます。


 ボクは異常に鍛えられていました。源氏には、そういう人たちが味方についてくれました。小さいころから鍛えられていた人間と、ぬくぬくと育てられてた十七歳、同じではありません。


 後からなら、いくらでも言えるんです。

 あの時、こうしていればって。



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