第19話 答え

「それでは皆さんの答えを確認しましょう!」


 司会の少女は、また一人ずつ解答を読みあげていく。


「山本さんの解答は、『スター』です!」


 『スター』はもちろん英語だ。おそらくは苦し紛れの解答。


「東さんは……残念ながら解答なしです!」


 彼女には逆転の目がないので、諦めてしまったのだろうか。

 問題は三島先輩……。

 司会の少女の声に俺は耳を傾ける。


「三島さんの解答は――」


 外していてくれ……!


「『エトワール』!」


 エトワール……?!

 それは――

 そして、司会の少女は俺の解答を読みあげた。




「では、正解を発表します!」


 会場に居る全員が息を呑んでいる。まるで観客が一つの生物になったかのように一体と化し、その結果を見守る。まるでこの世界の時が止まってしまったかのようだ。永遠とも思えるその時間の中で、俺は黙って空を見上げた。


「正解は――」



 

 大会にエントリーし、実際に予選が始まるまでの間、俺はあることを考えていた。

 それは「最終問題にどんな問題が出るのか」ということ。

 以前、読んだ小説で主人公が文化祭のクイズ大会に参加するという展開があった。その小説における最終問題は、学校の文化祭ということにちなみ、その学校の歴史に関する問題が出題された。俺はそんなことを思い出した。

 最終問題。おそらく一番注目が集まるときであり、最も盛り上げなければならない瞬間。ならば、その最終問題は、問題にするのではないだろうか。

 つまり、会場に居る観客も一緒に答えを考えられるような問題にするのではないかと俺は予想した。

 ならば、具体的にはそれはなんだ?

 俺はこの学校の特徴を考える。

 ――ミッションスクールであること……?

 確かに宗教関係は問題を作りやすい。普通のクイズ大会ならば、宗教関係の問題は避けそうなものだ。だが、この学校では、毎週宗教の時間があり、俺たち空星の生徒は聖書を学んでいる。決してありえないことではない。

 この限られた時間では、聖書のすべてを確認することは不可能。予想して山を張るしかない。

 俺は空を見上げる。

 この学校の屋上にはある像が鎮座している。

 そこから考えれば――




「正解は『ステラ』! 中川さん一人が正解です!」



 会場が揺れた。つい先程まで息を呑んでいた観客が、皆一斉に詰めていた息を吐き出したのだ。止まっていたときは動き出し、加速する。俺はその流れについて行くのが精いっぱいで現状の把握に頭が追いつかない。

 勝ったのか、俺は……?

 会場が鎮まるのを待って、司会の少女は言う。


「星はラテン語で『ステラ』と言います。我々の学校の名前である空星学園の由来にもなっています。ここから見えますが、屋上にあるマリア像。聖母マリア様は『海の星』や『明星』に例えられることがあるため、我々の学校の名前もそこに由来しているということです!」


 そんな司会の解説を聞いている内に俺は徐々に冷静さを取り戻していく。最終問題は学校に関する問題という読みは外れていなかったようだ。予選が始まる前に学園の名前の由来をネットで確認しておいた甲斐があった。その解説の中には聖母マリアに由来する星についての説明もあったので、それを読んでおいたのだった。

 とにもかくにも、俺はなんとか優勝を果たしたのだった。 

 



 優勝……。

 まさか本当にできるとは思ってもみなかった。

 これで俺は目的を達することができる……。


 ――本当にいいのか?


 巻き起こる拍手、上がる歓声。それらが今、俺に向けられている。いっそ非現実的なまでの光景。そんな世界が俺に語りかけてくる。


 ――今ならまだ引き返せるぞ。


 確かに今、会場の人間の注目は俺に集まっている。たった、それだけで俺の身体は震え、前が見えなくなる。

 適当に「優勝して嬉しいです」などと言って、お茶を濁すこともできるはずだ。

 本当にやるのか……?

 俺がマイクを渡されるまでの一瞬でいったい幾度の自問自答が為されただろう。

 逃げたい。やめたい。今すぐにこのステージの上から、いや、この世界そのものから消えてしまいたい。

 だけれど――


「では、優勝者の中川さん、一言お願いします!」


 俺はマイクを握った。


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