第133話

 夜が更け、誰もが寝静まった頃――

 喜三枝きみえ美妃みきの屋敷を、複数の黒い影が囲んだ。彼らは闇に同化するような黒いタクティカルベストと防弾ベストを装着し、各種銃器を装備している。

「アルファ、配置完了」

「ベータより入電。所定の位置に配置完了」

「チャーリーより通信。こちらも配置完了」

「デルタ、エコー、フォックスも位置に着きました」

 少し離れた位置では、大型トラックが一台停車していた。一見、長距離輸送のトラックが、移動途中で一時的に停めているように思える。

 だが、実際は違う。荷台の中には荷物ではなく、人間と電子機器が入っていた。そのコンピュータには絶えず暗号通信が入り、オペレーターによる解析が終わったものから司令官格の男に報告が入る。

「全員配置完了」

「HPM、準備完了。指示を待っています」

 最後の報告が届き、司令官は命令を下した。

「アルファ、HPMを照射せよ。四〇秒で停止。ベータ、チャーリー、デルタ突入。エコーとフォックスは援護せよ」


 命令を受け、アルファは準備が完了していたHPM――ハイ・パワー・マイクロウェイブ発生装置を起動した。

 高周波マイクロ波が、屋敷に向け放たれる。

 あるレベルの高周波を発生させると、その影響下にある電子機器の回路に過剰な電流が流れて破壊してしまう。人体には影響が少なく、電子機器を無力化する兵器として研究開発されたものだ。

 もっとも、欠点としては広い範囲ーーたとえば一つ街全体の電子機器を使用不能まで追い込むとなると、それだけ巨大な装置が必要となる。

 ただし、今回は敷地が広いとはいえ、一世帯の邸宅を襲撃するのだ。準備したHPMは小型かつ高性能な最新のもので範囲は照射位置より半径二〇〇メートル――効果は十分といえた。

 司令官の指示通り、起動から四〇秒後には照射を停止する。照射を続ければ、当然味方の持つ電子機器――ウェアラブルコンピュータに暗視装置、光学式照準器に甚大な被害を与えかねない。

 無論、屋敷内に存在するであろう電話などの通信手段や防犯カメラなどは使い物にならなくなっている。車やバイクも、エンジンの電子点火装置が故障し、動くこともない。すなわち、逃走も封じたこととなる。

 武装して待機していた男達が、暗闇の中、侵入を開始した。



 一方、屋敷内の居間にいた太刀掛たちかけひとし喜三枝きみえ美妃みきの両名は、すぐに異変に気付いた。

 まず、電気が消えた。すぐに非常用電源に切り替わるはずだが、いつまで経っても点くことがない。

 まさかと思い、スマートフォンを見ようとするが、画面をいくら叩いても反応がない。警備室にも連絡しようとしたが、固定電話も繋がらない。

「……電磁パルス爆弾、というものですか」

「おそらく」

 美妃と太刀掛は暗闇の中確認し合う。視界が無くとも、近くなら気配で互いのいる場所が分かる。

「随分とハイカラなものを……」

「いや、ハイカラとは違うと思うが……」

 太刀掛は考え込む。固定電話だけでなく持っている携帯機器まで壊れるということは、美妃の言う通り電磁パルス爆弾ーー高周波マイクロ波発生装置を使ったのだろう。

 これで、外部との連絡手段を絶たれたことになる。

 このような手段を採るということは、敵はおそらくユーラシア人民解放軍ではなく、CIAの武装戦力であると予想された。

 電磁パルス爆弾は、表向き実践投入可能な兵器と見なされていない。少なくとも、テロリストが手を出すのを躊躇う程度には高価だ。一〇〇人の兵士全員に最新のアサルトライフルとRPGー7ロケット砲で武装させても、お釣りが出る。

「この時の対応は?」

「ご安心を。侍女達には徹底してあります」

 太刀掛の質問に、美妃は冷静に答える。

「もちろん、招待状を持っていないお客様への対応方法も教育済みです」

「それなら大丈夫だな」

 太刀掛は頷き、戦闘の準備をする。

 現状、太刀掛は二丁拳銃を所持していた。一丁は、すっかり愛用品となったS&W社製回転式拳銃、M10ミリタリー&ポリス。

 もう一丁は自動式拳銃オートマチックピストルだ。ベルギーFN社製ブローニングM1910。型式が示すとおり設計としては一〇〇年以上前のものだが、ライセンス生産品を含め世界中で使われた、小型拳銃のベストセラー品。日本でも、安値で払い下げられたものが未だ地方警察官の装備として残っている。

 太刀掛の持つM1910は、銃口より先の銃身を延長してネジを切り、減音器サプレッサーを着けられるようにしたものだ。使用弾薬は.32ACP弾。拳銃弾としては低威力だが、弾速が音速を超えないため減音器との相性がよい。

 太刀掛や勇海ゆうみといった普段回転式拳銃を愛用している面々でも、銃声を鳴らしたくないときは自動式拳銃に頼らざるを得ない。

 回転式拳銃は、減音器を着けてもほぼ意味がないからだ。弾倉シリンダーが回転する構造の都合上、弾倉と銃身の間にどうしても隙間ギャップが生まれてしまう。この隙間から、発射薬が燃焼したときのガスが漏れ、減音器を通ることなく盛大に銃声を響かせてしまうのだ。

 太刀掛が拳銃にサプレッサーを装着し、美妃も自身の傍に置いてあった和弓を手に取る。弦に触れて張りに問題ないことを確認し、競技用ではなく、対人用の矢を詰めた矢筒を身に着けた。

 さらに二人は己の小太刀や短刀を手にする。これで最低限の武装は整う。

 暗闇の中では暗視装置、最低でもタクティカルライトが欲しいが、先程のマイクロ波で回路が焼かれ、使い物にならない。

 だが、二人とも明かりなしでの戦闘方法くらい、身に刻んである。

 床から叩く音がした。

 美妃が短刀を抜き、畳に突き刺す。めくり上げると、板が外され、侍女の一人が顔を覗かせた。

「首尾は?」

 美妃が対応を聞くと、

「訓練通りに行動しています」

 と、返ってきた。

「侍女達が待避した後、待機所に敵の突入を確認。こちらの被害は零」

 どうやら、屋敷の人間を一人残らず排除する方針らしい。

「敵の装備は分かるか?」

「暗闇でしたので朧ですが、暗視装置と思われる装備を頭にかぶり、突撃銃あるいは短機関銃を構えていました」

 太刀掛の問いにも答えてくれる。

「現状、武装集団を隠し通路から見張っています。こちらから仕掛けますか?」

「いいえ、相手は素人ではありません。私達が行くまでは見張りに留めておくように。いざというときは、屋敷内の仕掛けを使うことを許可します」

 美妃の命令を侍女が聞いていると、さらに別の侍女が地下から声を上げた。

「奥様、そちらに六人来ます」

「分かりました。さくら椿つばき、皆に先程の命を伝えなさい」

 二人の侍女が「御意」と床下に姿を消した。

 美妃はそれを見届けると、矢筒から二本矢を抜く。一本ははずを薬指、小指で握って垂らし、もう一本を弓につがえた。鏃を、廊下に通じる障子へ向ける。

 弦を引き絞り、放つ。

 矢が和紙に穴を開けた直後、くぐもった声とともに男が障子を破って室内に倒れ込んできた。男の胸に、矢が突き立っている。

 二本目をつがえ、再度弓を引いた。破れた障子から内部を確認しようとした男の顔に向けて射る。

 暗視装置のレンズを割り、男の右目から刺さって脳髄を破壊した。

 障子の外から、中へ向けて男達が銃を撃つ。減音器で銃声が抑制された弾丸によって、障子が穴だらけになった。

 その時にはすでに美妃と太刀掛は床に伏せている。

 障子越しの発砲炎を目掛けて、太刀掛がM1910の引き金を絞った。敵の銃撃は二カ所。それぞれ三発ずつ撃ち込む。

 外からの銃撃が止んだ。

 しかし、悲鳴の類はしなかった。

 太刀掛が片膝立ちで、障子に寄る。

 次の瞬間、ほぼ半壊していた障子が崩れ、ナイフを抜いた男が入ってきた。

 太刀掛は突き出された切っ先を、左手で男の手ごと払いのけることで回避する。

 右手のM1910が再度火を噴いた。近距離から放たれた弾丸が男の喉を貫き、血飛沫で障子が真っ赤に染まる。

 まだ外に残っていた敵が短機関銃を撃つが、太刀掛は絶命したばかりの男を盾にした。ボディアーマーを装備しているため、弾除けの役割を十分に果たしてくれる。

 全弾撃ち尽くしたM1910はスライドが後退して止まっていた。

 反撃の糸口を探っていると、美妃が動いた。

 弓を手放し、左手に矢を持って駆ける。太刀掛のみに気を取られていた敵が、接近を許してしまう。

 先頭で拳銃を撃っていた男の首に、矢を捻込む。その時には、右手が短刀を抜き、二人目の足を薙いだ。

 倒れた男には目もくれず、三人目に斬り掛かる。

 銃口が向いているのを、左拳で銃身を叩いて逸らし、頸動脈を突いた。肉を裂く感覚を確認するように切っ先で傷口を抉り、抜く。一拍遅れ、先決が噴き出した。

 倒れていた二人目が拳銃を抜き、狙おうとするが、次の瞬間、三二口径の弾丸で頭を撃ち抜かれた。弾倉交換を終えた太刀掛が近付き、さらに二発撃ち込む。

 これで六人始末した。こちらに来た人数は六人。ひとまず片付いた。

 太刀掛は、死体が所持していたタクティカルライトを奪う。屋敷の外に光が漏れないように気を付けながら、敵の装備を確認した。

 持っていた銃器はH&K MP7短機関銃。ホルスターにはSIG P228ピストルが収まっていた。暗視装置と銃器に装着されているアクセサリから、隠密行動を主体とした装備と見当が付く。

 暗視装置を脱がし、顔を確認した。肌に瞳、髪の色は完全にバラバラだったが、純日本人は一人もいない、と太刀掛は見た。

「CIA――それも、PMCではなく本隊が来たか」

 装備の質から、太刀掛はそう判断した。

「招待状を出した覚えはないのですが」

「無いから、正面から堂々と入って来れないのだろう」

 太刀掛は一息吐く。

「とりあえず、招かれざる客には帰ってもらおう」

「この方々みたいなことをされた場合は?」

 美妃は死体となっている男達を指す。

「そいつらには相応の持て成し方がある。無論、予定外な以上、その代価はいただくがね」

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