第97話

 中東の荒野に敷かれたレールの上を、列車が走っていた。

 乗っているのは、デザートカラーの制服を身に着けた兵士達だ。全五両の車両の、前から三両目では、隊長クラスが無線でやり取りしていた。

「脱走者を捕らえました。現在、そちらに向け護送中」

『了解。油断はするな』

 彼の言う脱走者は、三両目内に設立された鉄格子の中に閉じ込められていた。椅子に座らされた状態で手足を固定され、髭と髪が伸びてちぢれた顔にもご丁寧に拘束具を取り付け、一切の身動きを封じている。

 この男は、三年程前に政府の要人を殺しに来た。信じられないことに、単身でナイフを武器に大立ち回りを演じ、武装警備隊、捕縛部隊合わせて二四人を殺した上で、さらに四〇人以上を再起不能にしてしまった、まさに化け物だ。

 こいつを送り込んできた相手はアメリカのCIA辺りだろう。捕らえ、尋問し、寝返りを促してみたが、全く効果がなく、挙げ句に今回の脱走騒ぎだ。

「これまでのように甘く行かんから、覚悟しておけよ」

 隊長は身動きの取れない虜囚に言ったが、これまでと同様、一言も返ってこなかった。



 同時刻、岩と砂ばかりの荒野を、一機の小型ヘリコプターが飛んでいた。主に特殊部隊が偵察や兵員輸送に使用する、MH-6リトルバードだ。機体の左右に外装式ベンチを取り付け、四人の武装した人間が運ばれている。

 機体右側のベンチには、日本の防衛省特殊介入部隊ーー通称MDSI所属の勇海ゆうみあらた龍村たつむらレイ=主水もんどが乗っていた。二人が持つのは、ドイツHヘッケラー&Kコッホ社製のHK416カービンモデル。アメリカで採用されているM4カービンを元に発射方式を変更し、信頼性を上げたライフル。

 機体左側には、英賀あがあつし弦間つるまたくみがベンチに乗っている。こちらは二人ともM4カービンを所持。英賀のものだけ、ハンドガード下にAG320グレネードランチャーが取り付けられていた。

 リトルバードを操縦しているのは、雲早くもはやしゅう。MDSI北海道支部長への昇進が決まっている、MDSIのエースの一人だ。

 彼ら五人を乗せたヘリコプターは、乾燥した空気の中飛び続け、ようやく目的のもの――兵員輸送列車のレールを探し当てた。彼らは少し迷った末に、基地がある方向へ飛ぶことにした。

「見つけられますかね?」

 匠が思わず懸念を口に出す。

「そこは運だろ、タク」

 レイモンドが応えた。ローター音が激しいため、わざわざ無線で会話する必要がある。

「情報では、すでに捕まって輸送中と聞きました」

 英賀が割り込んだ。

「仮にこのまま飛んでいって捕捉できなくとも、基地の防衛圏から離れたところを旋回し、列車が来るのを待ちます」

 英賀が練っていたプランを説明する。

「すっかり副長の立場が板に付いてきたな、アガ……いや、チーフ?」

 レイモンドが茶化す。

「まだまだ若輩者ですが……期待には応えませんと」

「さすが、と言いたいけど、あんまし気負られてもなぁ、ユーミ?」

 と、レイモンドは自分の後ろに乗っている同乗者に声を掛ける。

 しかし、応えがない。

「ユーミ?」

「ん? あぁ、すまん」

 ようやく勇海が反応を返した。

「おい、最近お前考え込んでばっかりだぞ! 大丈夫なのか?」

「わりぃ」

 レイモンドの心配の声に、一言返すに止めた。

 ここで、ヘリの操縦に努めていた雲早が口を出した。

「ユーミ。気持ちは分からんでもない。実際、俺も似たようなもんだ。だが、今は目の前の任務に集中してくれ」

「……すまん、気を付ける」

「本当に気を付けてくださいよ」

 匠がすかさず勇海に追撃をかける。

「おい、お前はこの中で一番の若輩者だろうが。年長者を敬え!」

「えぇ……ユーミさん、こういう時に限ってそれ言いますか?」

 匠が思わずグチると、一同から笑い声が出る。

「見えたぞ!」

 雲早が警告を送る。

 他の搭乗者四人の目にも、ヘリの前方数十メートル先を走る列車が見えた。

「よかった! 基地に殴り込む必要はなさそうだ!」

 レイモンドが喜びの声を上げる。

「ですが、この速度では、基地まであと十数分といったところでしょう……到着する前に奪還します!」

 英賀が言い、一斉にライフルの薬室に初弾が装填された。

「状況、開始!」


 ヘリコプターの接近に最初に気付いたのは、列車最後尾の車両の屋根に乗って警戒していた兵士だ。

 持っていたAKMライフルを構え、周りに警告を促す前に、頭から鮮血を噴きながら倒れる。

 リトルバードが列車に近付きながら、勇海はHK416を発砲し、車両上の敵を撃ち抜いた。

 四人程撃ち倒したところで、列車の中からベルの音がやかましく鳴る。異変に気付いた兵士が警報を鳴らしたのだ。列車の屋根に、AKMライフルを持った兵士達が次々と上がってくる。

 その間もヘリコプターは最後尾の車両に接近を続けた。距離を詰めたところで、他の三人も射撃を開始する。5.56mmNATO弾が次々と兵士達を貫き、列車から地面に落としていく。

 最後尾の車両上に敵がいなくなったところで、四両目の屋根が突如展開した。

 何事かと見ていると、車両内部からせり上がってくる物体があった。四門の重機関銃を並べ、防弾板で銃手周りを覆った銃座・・がその姿を現す。

 勇海達が応戦するが、小口径ライフル弾では、防弾板を貫通することが出来ない。

 銃口が、ヘリに向けられた。

「掴まれ!」

 雲早が叫び、ヘリの高度が急激に下がる。

 次の瞬間、敵の攻撃が始まった。大口径の弾丸が、ローターの上を通過していく。

 さすがに車両の高さより下を狙うことは出来ないようだ。

「うおっ!」

 レイモンドが悲鳴を上げた。高度を突如下げたせいで、スキットが一瞬レールに接触し、火花を散らした。

 今、雲早はかなり無茶な操縦を強いられているのだ。少しでも機体制御をミスすれば、リトルバードは地面に叩きつけられる。

「シュウさん! 少しでいい! 左側に機体を寄せられませんか!」

 ここで、英賀が銃声に負けないぐらい大声で雲早に尋ねた。

「やってみるが、どうする気だ?」

「グレネードをぶち込む!」

 英賀はM4カービン下部のグレネードランチャーの引き金に指を掛ける。

 雲早が英賀の考えに至り、操縦桿を動かす。僅かに左に機体が動いた。

「うっかり車両に当てるのだけは勘弁ですよ!」

「分かってます!」

 匠に怒鳴り返しながら、英賀は狙いを点ける。

 少しずつ、機体が左にずれていく。徐々に、最後尾車両の陰から、火を噴き続ける銃座の姿が見えてきた。

「ここ!」

 英賀がランチャーの引き金を絞った。

 発射されたグレネードは、最後尾車両の屋根の縁すれすれを掠めながら、銃座の防弾板に命中、爆発を起こす。

 ライフル弾を跳ね返した防弾板も、グレネード弾の直撃に耐えられなかった。爆発で板の一部が吹き飛び、中にいた銃手も爆圧に耐えられず絶命する。銃座の後ろにいた兵士も何人かが爆風で屋根から脱落し、四門並んでいた機関銃がバラバラになって部品が空中にばらまかれた。

 リトルバードが急いで左側に上昇しながら離脱し、飛んでくる破片を避ける。

「やったぜ!」

 レイモンドが喝采を上げる。

 再度上昇したリトルバードが、列車の最後尾に降りた。ベンチから、四人の男達が屋根の上に降りる。

「このまま着け続けるのは無理だ。一度上昇する」

 そう言い残し、雲早はリトルバードを列車から離した。

 勇海はそれを見送ると、

「俺とレイモンドが中から攻めるんで、チーフとタッくんは屋根から攻めてくれ」

「分かりました」

 と、手早く役割を分担し、二手に分かれた。英賀と匠の二人は屋根を進み、勇海とレイモンドが最後尾の梯子から降りて車両内に突入した。


 先に降りたレイモンドが、車両のドアを蹴り破った。

 そこへ、ナイフを構えた兵士が、ドアの死角からレイモンドに斬りかかる。

 だが、それを読んでいたレイモンドが再度外に出て斬撃を回避し、兵士の足に自身の足を引っかけた。盛大に転んだ兵士の背中を、レイモンドの太い足が踏み、背骨を折る。HK416を撃ちながら、レイモンド、勇海の順に中に突入した。

 撃ち倒される兵士達を縫って、銃剣付きのライフルで突撃してきた兵士がいた。

 レイモンドが、持っていたカービン銃で咄嗟にその斬り下ろしを受ける。

 勇海は援護をしようにもレイモンドと敵が重なり、うまく狙えない。

 レイモンドと兵士が互いの銃を手に鍔迫り合いを続ける。

「おらぁ!」

 レイモンドが右足を上げ、相手の腹を蹴り飛ばす。レイモンドの首に刃を近付けていた兵士が、猛烈な前蹴りをもろに受け、後ろに吹っ飛んだ。

 壁に激突した兵士が、再度銃剣を振ろうとする。

 その前にレイモンドがHK416の銃床で、その兵士の顔面を殴り飛ばした。

「大丈夫か、レイモンド?」

「なんとかな」

 勇海の問いに、レイモンドが何事もなかったように答える。二人は進撃を再開し、次の車両に突入した。

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