第96話

 同時刻、中東のとある街の中から、さらにポツンと離れた数軒の家が立ち並ぶ場所にて――

 そこから、激しい発射炎の瞬きと、鼓膜を揺さぶる銃声の連打が響く。

「おらおらおら!」

 男が、叫びながら持っている汎用機関銃を撃ちまくる。

 ラインメタルMG3――世界大戦の頃、ドイツのグロスフス社が開発した機関銃を7.62mmNATO弾仕様に変更したもの。当時としてはとんでもない連射速度で、航空機すら撃ち落とし、弾丸の群れを受けた兵士が真っ二つに引き裂かれたとの逸話から「電気ノコギリ」とも揶揄されている。弾薬変更後はさすがに発射速度が落ちたが、単純な構造故に砂塵や汚れに強く、ドイツを初めとしたヨーロッパ各国で未だ現役だ。

 ラインメタルMG3から猛烈な勢いで次々と放たれる弾丸が、逃げ遅れた者を容赦なく撃ち抜く。

 一方的に撃っている男の死角から、一人、AKMライフルの銃口を向けようとした男がいた。MG3持ちは残念ながら気付いていない。

 引き金を絞る前に、別方向から飛んできた一〇発近くの弾丸が、男を蜂の巣にした。

「前に出過ぎるな、群平ぐんぺい!」

 援護した男が叫ぶ。その手にも、同じくMG3汎用機関銃。

「わりぃ、和大かずひろ!」

 叱責してきた男――路次ろじ和大かずひろに、怒られた門多かどた群平ぐんぺいが謝る。

 門多が乱射して一気に数を減らし、その死角を路次がカバーする。


 しかし、全ての死角を一人でカバーできるわけではない。

 例えば、屋根の上から二人を狙う、狙撃手――仮に気付いても、機関銃の精度では返り討ちに出来ない。

 二人の内、一方をスコープに捉え、狙撃手が引き金を絞ろうし――

 絞り切る前に、狙撃手の頭が爆発した。

 狙撃手の近くで観測手をしていた男が慌ててライフルを持つが、次の瞬間その男の胸に大穴が開く。噴き出る鮮血。

 別の位置で狙撃に入っていた狙撃手が、慌ててその犯人を捜す。弾着地点から相手の位置を予測し、ライフルを向ける。スコープ越しに、ようやく相手の顔を捉えた。

 だが、撃てなかった。

 捉えた頃には、相手はボルトアクションで次弾装填を終わらせ、トリガーを引き始めた頃には、こちらに銃口が向いて、スコープ越しに発射炎が瞬く。「早い」と思う間もなく、男の意識が銃弾で頭ごと吹き飛ぶ。

 相良さがらじんは愛用の狙撃銃のボルトハンドルを引き、空薬莢を排出した。即座に戻して再装填を終えると、先程の狙撃手が居たところを狙い、発砲。観測手も仕留めてしまう。

「陣だ。狙撃手を片付けた。移動する」

 短く、無線で味方に報告する。

 愛用の狙撃銃――フィンランドのサコー社製スナイパーライフル、TRG-42をスリングで肩に負い、移動を開始する。


「ちくしょう! 何だ、あいつら!」

 機関銃の連射や狙撃を逃れ、家の中に隠れた男の一人が毒づく。

「落ち着け」

 相方が宥めると、家の中に隠してあった武器を取り出す。

「奴らがいくら強いと言っても、人数じゃ俺達の方が勝っている」

 男は、取り出したロケット砲、RPG-7に弾頭を挿し込んだ。

「他にもいるかもしれんが、機関銃手を前に出したのが失敗よ! こいつで吹っ飛ばして――」

 次の瞬間、壁を貫いて飛んできた大口径の弾丸が弾頭に命中し、その場で爆発を起こした。


『おい、なんか爆発したぞ』

 相良からの通信を受け、庵原いはらケイは「あれぇ」と声を出す。

「中にいる人間への威嚇射撃のつもりだったんだけどなぁ……爆薬にでも当たったかな?」

 庵原は頬を掻くと、「ま、いっか」と持っていた対物アンチマテリアルライフルで引き続き目標を捜す。

 ハンガリー製の対物ライフル、MOMゲパード――その最新モデルのGM6 Lynxリンクス。リンクスとは「オオヤマネコ」の意味で、その名が表すとおり、ゲパードファミリーの中では最も小型・軽量なモデル。全長は僅か一メートルと八センチ、重量も十キロしかない、極めて携行性に優れたモデルとなっている。

 先程の爆発は、建物内部から敵を燻りだすために、潜んでいる建物に向けて撃ったリンクスの五〇口径徹甲ライフル弾が、壁越しに偶然RPGの弾頭に命中し、爆発させたのだ。

 一見無茶苦茶な原因に思えるだろうが、武装勢力などが仕掛けた爆弾を、爆発の被害が及ばない、安全圏から破壊する方法として、対物ライフルによる長距離狙撃は有効だったりする。むしろ、ドラマなどのように爆弾に近付いてコードを切ったりして解除しようとする方が、遙かに危ない。

 庵原は位置を変え、スコープを覗いて門多や路次が撃ちまくっている周りを警戒していると、建物の二階からRPG-7を撃とうとする敵を発見した。その弾頭に照準を合わせ、引き金を絞る。今度は狙い通り、発射される前の弾頭を貫いて爆発させた。

「銃を持っているだけの、生身の人間に対して対戦車砲は反則だよ」

 自分を棚に上げ、庵原は一人呟いた。


『敵を追い込んだ。二人とも、出番だ』

「了解」

「分かりました」

 相良からの通信を受け、武装勢力が潜む建物の裏手に回り込んでいた二人の女が武器を構える。

 一人は、ボフォースAk5を所持している。この銃はベルギー製のライフルFN FNCを、スウェーデン軍が採用する際に寒冷地向けに改良したモデルだ。そのシリーズ内でも都市戦闘・レンジャー部隊用に最も銃身が短縮されたAk5Dカービンモデル。

 両腰の拳銃用ホルスターには、フルオート射撃が可能なグロック18Cが二丁納められている。

「いける? りょう?」

 相方の恵島えしまみのりが尋ねた。彼女が持つのは、ポーランド製アサルトカービン銃、Kbk wz.96ミニベリル。ポーランド軍で採用されているベリルアサルトライフルを、短機関銃レベルまで銃身長を短縮したモデルだ。プラスチックなどで近代改修されたAKアサルトライフルをサブマシンガンクラスに小型化したような外見を持つ。使用弾薬は5.56mmNATO弾。

「えぇ」

 言葉少なく、静宮しずみやりょうは応える。

 二人の女は、同時に敵の拠点に踏み込んだ。数発撃ったライフル弾で蝶番とドアノブを破壊し、裏口のドアを蹴破る。

 正面から攻めてくる機関銃手と、何処から狙ってくるか分からない狙撃手を警戒していた敵達は、突然の闖入者に驚く。

 そこへ、二丁のカービン銃が火を噴き、次々と敵を撃ち抜いた。二、三発ずつに区切って短連射し、胸や頭を狙って確実に一人ずつ仕留める。

 ここで、静宮のAk5Dカービンの弾倉が空になった。

「カバー!」

「オーケイ!」

 静宮が叫び、恵島が撃ちまくった。

 静宮は、弾切れのカービン銃をスリングで背後に回し、ホルスターから二丁の拳銃を抜く。

 恵島が弾切れを起こしたタイミングで、静宮が前に出た。両手に持つグロック18Cのトリガーを同時に引き、弾をばらまく。

 ミニベリルをスリングで背中に回した恵島が、自身のホルスターからポリマー製の拳銃、ワルサーP99を抜き、静宮の二丁拳銃から逃れた男のこめかみに9mmパラベラム弾を二発叩き込んだ。右手で拳銃を保持しながら、左手でナイフを抜く。

 猛烈な連射を繰り出していた、静宮のグロック18Cが、弾倉内の一七発を撃ち切り、スライドが後退したまま止まった。

 静宮はマガジンキャッチを押しながらスナップを利かせて銃を振り、空の弾倉を落とす。弾倉の入っていない拳銃を、グリップ側から自身の両脇に近付けた。

 そこには、三三発装弾のロングマガジンがベストに固定されていた。その弾倉にグロック18Cをかぶせるようにして、予備弾倉を再装填する。

 スライドストップを親指で弾いて初弾を薬室に送り込み、先程の約二倍の量の弾丸を撃ちまくった。

 一階の残りの敵を静宮に任せ、恵島は二階に続く階段に近付いた。ちょうど降りてきた一人目の眉間にP99を撃ち、階段を上る。

 途中で、AKMを持って降りてくる敵と遭遇した。男は慌てて恵島に向けて銃口を上げる。

 銃口を上げ終わり、引き金に指が掛かった瞬間、恵島が男の目の前に出現した・・・・。驚く男の首を、左手に握ったナイフが斬り裂く。

 落ちていく男に目をくれず、恵島はさらに階段を上った。そこで遭遇した二人目は、照準を点けた瞬間に恵島が頭を下げており、一発目を外す。照準を下方に修正した時には、恵島は目前に現れており、頸動脈が絶たれた。

 階段を上がり切ったところに、三人目がいた。AKMを連射してきたところに、横に転がって避ける。

 男が連射するのを一端止め、一呼吸おいて再度狙って撃とうとしたときには、男の足に激痛が走った。距離を詰めた恵島のナイフが、舐めるように足を斬ったのだ。男からすればここまですぐに近寄るとは予想外だった。跳び退きながら、ライフルを捨てて拳銃を抜く。

 拳銃の銃口が向いた時には、そこに恵島はいない。男が自身の拳銃に意識を移した一瞬を突いて、すでに男の目の前にいた。次の瞬間、首をナイフが貫き、男の意識が完全に飛ぶ。

 残っていた四人の敵が一斉に恵島を撃つが、まず窓に一番近い男が、狙撃された。

 相良のTRG-42から撃たれた.338ラプアマグナム弾が、男の頭部をミンチにする。

 狙撃に気付いた三人が窓から離れようとするが、数秒としない内に二発目が飛んできて、首から霧吹きのように鮮血をばらまいた。

 残りの二人は、大慌てで窓から離れることには成功したが、今度は庵原による対物ライフルの壁越しの射撃が襲いかかった。リンクスの五〇口径弾が、二発、三発と放たれ、ついに一人の身体に大穴を開ける。

 最後の一人が諦めて恵島を撃とうとするが、狙撃による援護を得た恵島は拳銃の届く射程まで動いていた。男の意識がコンマ数秒恵島から離れた隙に接近し、右手の拳銃が唸る。男の胸と頭に二発ずつ弾丸がめり込んだ。

「クリア」

 恵島が通信機に向け呟く。数秒後、他の五人からも次々と「クリア」の言葉が返ってきた。

 この地に陣取っていた武装勢力四〇人は、わずか六人の部隊に壊滅された。



「ご苦労だった」

 制圧完了の報告後、六人の前に一人のアメリカ人が立っていた。金髪で白い肌以外、特に特徴らしき特徴のない、何処にでもいそうな平凡な欧米人。

 この男は、彼らの雇い主だ。

「君達のおかげで、無駄な犠牲も出ずに制圧出来た。さすがだな」

「いいえ」

 六人を代表して、相良が応える。

 先程まで六人が暴れていた拠点には、完全武装の米軍兵士達が立ち入っていた。迷彩服の上に、各種装備の詰まったタクティカルベストを装着している。

「報酬分の働きをしたまでです――それも、破格な額の」

 相良は淡々と言い放った。依頼が入り、その金額に見合っただけの仕事をした――それだけなのだ。

「破格か……ここを潰すための部隊を派遣することに比べたら、よっぽど安い額で済んでいるのだがね」

 男が笑い飛ばした。

 事実、男が言ったことは事実である。現代の戦場において、一人の兵士が戦うのに、最低百人の後方支援が必要となってきた。兵士のための武器弾薬装備の他に食料や医療品に渡る兵站の調達、戦場への輸送から輸送機の整備、必要な情報の伝達――これらを全て自国の防衛費で賄おうとすると、莫大な金額が掛かる。兵士の教育や給与・補償だけでも費用が掛かるのに、サポート要員のために割ける費用はないのだ。

 そこで考えられたのが、民間企業に対するアウトソーシング――後方支援業務の外部委託だ。一般的に大企業が下請けに対し技術面の委託を行うことは昔からある事例である。それが、国の防衛省庁から民間企業に対するものに置き換わっただけだ。

 米ソ冷戦の終了後、軍縮の動きに反してこれら軍事部分を担う企業ーー民間軍事会社(PMC)が急成長した。

 石油確保のための先進国による中東への軍事介入からの民族対立を起点とした地域紛争の泥沼化――それによって、PMCの業務は大きく拡大の一途を辿る。兵站や情報の調達だけでなく、危険地域に赴く一般企業の安全保障、発展途上地域の警察や軍隊の訓練など多岐に渡った。

 相良、静宮、恵島、庵原、路次、門多の六人も雇われたPMCの一員だった。PMCはあくまでも企業の一種として扱われているため、直接軍事行動への関与を禁じられている――少なくとも、表向きは。

 だが、どんなものにも、表には出てこない例外というものは存在する。

 相良達が受けた依頼は、この地域で反米勢力へ武器を供給していた組織の排除の支援ーー正確には、米軍部隊が突入前の露払いだったのだが、どのみち軍事行動に変わりない。

 PMCに所属するのは、大金を求めた元軍人――それも、特殊部隊出身の人間が多い。国の税金で賄われる軍では、医療費や年金などが補償される代わりに、どうしても給与が安いことが多い。どうせ命を危険にさらして金を稼ぐのなら、補償がない代わりに高給のPMCの勤務に魅力を感じる人間がたくさんいるのだ。

 彼ら六人もまた、かつては北欧の国々の軍・警察で特殊部隊隊員として働いた後、一攫千金を求め、組織を脱退。様々な軍事企業を回った後に偶然出会い、意気投合の結果組んで、自分達でPMCを立ち上げた。人数の都合上、調達業務は無理だが、各々の戦闘力を活かした任務、すなわち警備や安全保障――今回のような非合法な拠点制圧、要人奪還などの業務に特化したチームとなった。

「さて、仕事が一つ片付いたところで申し訳ないが、新しい仕事がある」

 雇い主のアメリカ人が言った。

「内容は?」

「今回と同じ、敵勢力の殲滅だよ。ただ、君達以外にも依頼を出すつもりだがね」

「む?」

 相良が首を捻る。

「おっと、勘違いしないで欲しい。君達の腕を信用していないわけじゃない。ただ、相手は一人一人が、君達同様元特殊部隊で、人数も多い」

「元特殊部隊、か」

 相良が顎に手を当てて考える。

「凄腕かな?」

 と門多。

「たぶんな」

 と路次。

「私達より?」

 と恵島。

「まさか、ありえない」

 と庵原。

「私達のチームを越える相手は、存在しない――これまでも……そして、これからも!」

 と静宮。

「頼もしい限りだ」

 と、依頼人が再度笑う。

「で、敵の拠点は?」

 相良が、依頼内容に関して細かいところを確認する。仲間達がやる気あるのはありがたいが、何の情報もなしに飛び込むほど無謀ではない。


「日本だ」

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