第98話

 一方、屋根の上でも激しい銃撃戦が繰り広げられていた。

 英賀あがたくみは先程グレネード弾で吹き飛ばした銃座に残っていた防弾板を遮蔽物にしてM4カービンを撃っている。爆風で何人か吹き飛ばしたとはいえ、まだ相当数の兵士が残っていた。

「切りがない」

 兵士の一人の胸に二発ライフル弾を叩き込みながら、英賀がグチる。

「確かに」

 英賀と入れ替わりに、匠が通常よりさらに短銃身仕様のM4カービンを、銃と腕だけ板から出してフルオートで撃ちまくった。張った弾幕によって、さらに二人が餌食になったが、相手側は構わず攻撃を再開する。

「アガさん、三〇秒程時間稼げませんか?」

 弾倉を交換しながら匠が尋ねた。

 ほんの一秒に満たない時間、英賀が考え、

「出来ますが、どうする気で?」

「側面から叩く」

 と、英賀の答えに満足した匠が宣言する。

 匠は自身の持っていたM4カービンを英賀に渡した。一本ナイフを抜くと、刃の部分を口にくわえる。

 先程英賀に言った通り、匠は列車の側面にそっと降りた。縁や手すりを掴んで、すいすいと進んでいく。

「よくやりますね……」

 そんな様子に英賀が半ば呆れながら、渡された方も含め二丁のM4カービンを同時に撃つ。二丁のライフルのマズルフラッシュを見て、相手は二人がまだ防弾板の向こう側にいるのだと勘違いし、攻撃を継続した。

 英賀一人で敵と撃ち合っている間に、匠が兵士達の横まで移動を終えた。ライフルを撃つことに夢中になっている兵士の撃ち、一番屋根の縁に近い男の足を掴む。その男が気付いた時には、バランスを崩して線路外に落ちていた。

 間抜けな同僚が落ちたか、と隣にいた兵士が見たのは、同僚ではなく、口にナイフをくわえた敵の姿だった。屋根上に再度昇った匠は、驚く兵士の襟元を掴みながら、首に手刀を叩き込み、先程落ちた兵士の後を追わせる。

 兵士が二人悲鳴を上げながら落ちたところで、ようやく匠が接近していたことに気付く。

 匠はくわえていたナイフを右手に持ち、兵士達に襲いかかった。近い兵士の一人の頸動脈を撥ね、銃口を向け始めた二人目の首を横一文字に斬り刻む。

 ようやく引き金を引いた三人目の足にナイフを突き刺すと、その身体の向きを無理矢理変え、AKMライフルの乱射を別の兵士数名に浴びせた。同士討ちしてしまった兵士にはもう用がなくなったので、列車の外に向けて放してやった。

 遠くなっていく悲鳴を聞きながら、匠は両腕を自身のベストに伸ばし、新しくナイフを二本抜いて投擲。生き残っていた二人の兵士の首に、刃が突き立つ。

「終わりましたよ」

 匠がまだ銃座の向こうで隠れていた英賀に言う。

 英賀が防弾板を越え、匠に合流した。借りていた銃を匠に渡す。

「さて、情報だと、この下に目標がいます」

 二人がいるのは、三両目の車両だった。

 英賀の言葉の後で、中から銃声が聞こえた。どうやら、勇海やレイモンドも三両目の入り口に到達したらしい。

「交戦中のようです」

「では、その隙に真上から失礼しましょう」

 そう言い、匠がゴムで覆われた細いコードを取り出した。その中には、プラスチック爆弾とV字に折れ曲がった金属板が入っている。それを、屋根の上に、人一人通れるくらいの円形にかたどって貼り付けた。最後に、起爆のためのコードを伸ばす。

「イズミさん程うまくは出来ませんが……」

 匠が取り付けた特殊爆薬――ブレードを起爆させた。


 三両目の内部では、激しい撃ち合いが行われていた。入り口から勇海ゆうみとレイモンドが代わる代わる銃撃を行い、待機していた兵士達が二人に反撃する。

「これ以上来させるな! 撃て! 撃て!」

 奮戦する兵士の後ろで、隊長がUZIウージーサブマシンガンを手にして鼓舞していた。

 この車両内は牢が大部分を占めていることが幸いし、通路がかなり狭く、入り口から入った敵はいい的だった。実際、入り口から一歩も内部に進んで来れない。もっとも、兵士達も大人数の展開こそ出来ないが。

 しかし、二両目にはまだ十人以上の兵士達が待機している上、もうすぐ基地に着く。あと少し耐えれば、襲撃者などあっという間に包囲されて終わりだ。

 そんなことを考えていたときだった。

 天井の一部が崩壊した。


 匠の仕掛けた「ブレード」が、噴き出す高温のメタルジェットであっさりと車両の屋根を溶断してしまい、ぽっかりと穴が開いた。そこへ、匠は安全ピンを抜いた閃光手榴弾を投げ込む。

 激しい光が、中にいた兵士達の視力を一時的に奪った。

 入り口の外に一時的に退避していた勇海とレイモンドが突入する。天井に開いた穴から、ぶら下がるように匠が上半身を入れた。動けなくなった敵の兵士達を片っ端から射殺していく。

 隊長がUZIを一発も撃つことなく勇海と匠の放った銃弾で穴だらけにされ、絶命した。

 全滅を確認し、匠が穴から中に降りる。隊長の腰に付いていた鍵を目敏く見つけ、勇海に投げた。鍵を受け取った勇海が、鉄格子の扉を開く。

「……よぉ、久しぶりだな、ドク」

 勇海の声を聞き、中の虜囚が目を開けた。

「――ユーミか」

「おぅ」

 二人が受け答えしている間に、匠がナイフで拘束具を破壊していく。

「今更、何の用だ?」

「何の用だ、はないだろ? 助けに来たってのに」

「盛り上がっているところ申し訳ありませんが」

 二人の問答に、匠が割り込む。

「時間がない。男同士のラブコメは脱出してからにしてくれませんかね?」

 そう言って、匠が腕時計を指でトントンと叩く。

「――ということだ。積もる話は後にしよう」

「いいだろう」

 場の意見が一致したため、一同はこの忌々しい牢獄を後にする。


 四人が三両目と四両目の間にあった梯子で屋根まで上がると、警戒していた英賀が出迎える。

「シュウさんには連絡しました。もうすぐ来るでしょう」

「何だ、シュウも来ていたのか」

「今回、あいつの役目はパイロットだ」

 勇海が説明する。

「えぇと、その方が――」

一文字いちもんじはじめだ。馴染みの奴は『ドク』って呼ぶ」

 男――一文字肇が名乗った。

「で、お前達が乗ってきたヘリってのは、あれか?」

 と、一文字は指を指す。

 その方向を見て、一文字を除く四人が顔色を変えた。

「いや、あっちは基地だし……」

「あれ、でかくね?」

「あれって、たぶん――」

 徐々に、件のヘリコプターが接近してくる。

「『ハインド』だ! 奴ら、ハインドを持ち出して来やがった!」

 勇海が絶叫した。

 ハインドとは、ソ連で開発された汎用ヘリコプターで、地上を蹂躙する強力な火力と、地上部隊を運ぶ輸送能力を合わせ持つ。所謂歩兵戦闘車のヘリコプター版とも呼べようか。

 接近してくるハインドの、12.7mm機銃が勇海達のいる車両へ向く。

「回避!」

 慌てて一同が飛び退く。勇海、英賀、レイモンドの三人は四両目側、匠と一文字が二両目側に。その間を、放たれた機銃の大口径弾が走る。弾痕を通り越して、地割れのレベルで列車の屋根がズタボロになった。

 勇海達の頭上を、ハインドが通過する。

『皆、無事か?』

 雲早からの通信が入った。

 その直後、四両目上空に、リトルバードが接近する。

「助かった!」

 ひとまず、近かった三人が外装ベンチに乗り込む。

「いや、ハインドをなんとかしないと無理だ!」

 勇海が叫ぶ。ハインドは用途の都合で機体が巨大化しているため旋回に時間を掛けている。だが、最高速度は小型ヘリのリトルバードより速い。この場を離脱したところで、すぐに追い付かれてしまう。

「おい、チーフ! そのグレネードランチャーで撃ち落とせないのか?」

「レイモンド、無茶を言わないでください!」

 英賀が、ここで何度目になるのか分からない怒鳴り声を上げた。速度と頑丈な装甲を持つハインドを撃ち落とすには、誘導式ミサイルであるスティンガー対空ミサイルを持っていてようやく対等に相手が出来る。放物線状の射撃しか出来ず、威力も限られてくる歩兵用榴弾程度では勝負にならない。

「おいおい、あっちもやばいぞ」

 操縦席の雲早が警告する。

 見れば、匠と一文字が飛び退いた方向から、わらわらと兵士が現れていた。


 二両目には、まだ兵士達が生き残っていた。

 現れた兵士達は、六人。五人は今までの兵士達同様にAKMライフルを持っているが、一人だけ、違う火器を持っていた。対戦車用ロケット砲である、RPG-7だ。おそらく、リトルバードを撃ち落とすために持ち出してきたのだろう。

「こんなときに!」

 匠が恨み言を吐く。M4カービンを構えようとするが、

「いいナイフだな。借りるぞ」

 と、匠のベストに挿してあったナイフが二本、一文字が抜き取った。

 匠が何か言おうとした頃には、一文字は駆け出していた。

 片方のナイフが投擲され、RPGを持った兵士の首が貫かれる。

 銃口を向けた兵士に向け、一文字は跳びかかった。まさかの行動に、驚きで兵士の動きが鈍る。そのまま組み敷かれ、首をナイフで掻っ斬られた。

 二人目がAKMを向けたときには、一文字の足が動く。ハンドガードを蹴って銃口を逸らし、跳びながら胸を蹴り飛ばして、兵士を列車から落とした。

 一文字は、残った兵士の内二人のちょうど中間地点に着地した。同士討ちを恐れて撃てない兵士達に向け、容赦なくナイフを振るう。刃の軌道が八の字を描き、二人の首から鮮血が噴き出す。

 最後に持っていたナイフを投げ、残った兵士の眉間に深々と突き刺した。

「ハインドが戻ってきたぞ!」

 リトルバードが浮上し、勇海が警告を送る。

 一文字は、最初に倒した兵士の持っていたRPG-7を拾った。

 旋回を終えたハインドが、列車に接近する。

 同じく、リトルバードも匠と一文字達に接近した。

 一文字が、RPG-7をハインドに向け構えた。

「タッくん! ドク!」

 味方が必死に呼ぶ声がする。

 発射。

 一文字の撃った対戦車弾頭は、ハインドに真っ直ぐ向かってく。

 だが、ハインドはそれを回避した。

 否、回避出来たはず、だった。

 ここで、ハインドの致命的な弱点である、機動性の悪さが裏目に出た。確かに、正面の操縦席への命中は避けられた。

 しかし、完全にハインドが軌道を変える前に、弾頭がテールローターへ命中する。ここは、装甲の有無関係なく、ヘリコプターにとって急所となる箇所だ。

 テールローターが吹き飛び、ハインドはコントロール不可能になる。

 ここで、匠と一文字が走った。列車から離脱しようとするリトルバードへ向け、跳躍する。

 外装式ベンチでは、勇海とレイモンドが必死に手を伸ばしていた。二人の手が、匠と一文字の手を取る――

 直後、リトルバードは列車と線路から完全に離脱し、代わりにハインドが列車に激突した。数瞬後に、航空燃料に火花が飛んだか大爆発を起こす。

 その爆風の余波に揺らされながら、救出を完了したリトルバードは、帰路に着いた――

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