エピローグ-2

 MDSIの面々が飲み会で盛り上がっていた頃、明智あけちまことはバイクを走らせていた。

 突如、喜三枝美妃きみえみきから「バイクか車で喜三枝コーポレーション本社まで来い」と連絡が入ったからだ。特に、理由に関する説明もなかった。

 ――一体、何があったのか。

 明智には、一つ気がかりなこともあった。

 今日は、渥美あつみひとみの面接の日だった。

 まさかと思うが、その関係で何か起きたのだろうか、いや、仮に起きたとしても自分が来る意味はないではないか、だが――

 延々と、終わり無き思考が頭を支配する。

 法定速度ギリギリでバイクを飛ばして、ようやく本社ビルに到着した。明智は地下駐車場に入り、入り口の守衛にIDカード(表向き、喜三枝美妃の秘書として勤めていることになっている)を見せる。あっさりと開いたゲートを越え、駐輪スペースにバイクを停車した。

 明智がヘルメットを脱ぐと、

「明智さん」

 と、声を掛けてきた人物が居た。

 渥美瞳だ。彼女は、面接のためにパンツスーツ姿で、長くて艶やかな黒髪を、後頭部で結っている。普段目にする、ゆったりした姿とはまた違った、キリッとした雰囲気を纏っていた。

「遅かったわね」

 見とれているところに、美妃が声を掛けてきた。どうやらヒトミと一緒に明智を待ち構えていたらしい。

 この女性、日常生活だけでなく仕事でも着物を着用している。今日は、紺色の着物に、目立たない程度に椿の柄が縫いつけられた帯を身に着けていた。

「これでも、飛ばしたんですけどね」

 明智が思わず皮肉を言う。ほとんど塞がったとはいえ、先日の任務で怪我をしているのだ。傷に触らないようにバイクを走らせるのも、結構苦労するものである。

「で、用向きは?」

「彼女を送っていってもらえるかしら?」

 美妃がヒトミを指し示す。

「それは構いませんが、こんな時間まで面接を?」

 明智が疑問を口に出す。面接は、確か午後一時からだったと記憶していた。

 聞かれた美妃は罰が悪そうに、

「面接の後、彼女には社内の喫茶で待ってもらって、一時間程協議を重ねて採用することに決めたわ」

「決めるの早いですね?」

「もう年度末よ? 早さは重要よ。そこでだらだら時間延ばして会議したところで、役員面接一回に短縮した意味がなくなるでしょう?

 で、内定通知を彼女に渡して、せっかくだから私と一緒に社内の見学をしてもらったわ。採用部門は絞ってはいたけど、実際彼女がどの仕事に興味を持つか、しっかり見極める必要もあったからね。

 そうこうしていたら、夕方になって、まだ仕事をする予定の社員が夕飯を食べるものだから、この際先輩となるだろう人間から色々聞いておくのも大事でしょう? だから、一緒に夕飯を食べてもらいながら懇親会をやったの」

 と、説明した。

「で、食べ終わった頃にはこの時間で――」

「皆まで言わないでください。バスとかの交通機関の系統が悪かったんですね?」

「そういうこと。だから、今日は非番で暇そうな上に飲み会を断っていた貴方に白羽の矢を立てたの」

 ――最後にさらっと愚痴ったところを見ると、結構根に持つタイプだな、この人。

 今後は言葉遣いをより一層気を付けようと思いつつ、

「あ、でも俺、急げと言う話だったからバイクで来てしまいましたけど、大丈夫ですかね?」

「あら、二人乗りの経験なし?」

「ありますよ。ただ、慣れていない人間だと、結構キツいですよ?」

 明智は経験則から言った。

 ――実際、さやかは一度乗ったら、二度と乗ってくれなかった。

「人によっては、二度とやりたくないって人も――」

「それなら大丈夫です」

 ヒトミが怖ず怖ずと割り込む。

「父がバイクが趣味の人なので、子供の頃に何度か……」

「なら、大丈夫みたいね」

 そう言い、美妃が人を呼ぶ。ヒトミのために、ヘルメットを持って来させた。

「ヘルメットは明智君に預けて。明智君は、次の出社時に持ってきて、守衛に渡しなさい」

 美妃がヒトミにヘルメットを渡すと、「後はよろしくね」と地下駐車場から本社ビルに戻っていった。

「ほとんど一方的に言って戻っていったな、あの人……」

「あの、なんか申し訳ないです……」

 何故か、ヒトミが謝った。

「気にしない。あの人の破天荒っぷりにはさすがに慣れてきた。

 さ、あんまり遅くなる前に送ろう」

 そう言い、明智はヘルメットを被り直す。

 ヒトミもそれに倣い、受け取ったヘルメットを被った。

 運転手の明智がバイクに跨がり、その後に遠慮がちにヒトミが乗る。

「バイク、好きなんですか?」

 エンジンを噴かそうとすると、ヒトミが尋ねる。

「ん――じっちゃんの影響で、な」

「そうですか」

 そう言って、明智の身体にヒトミが手を回した。

 一瞬ドキリとしたが、平静を装いつつ、

「じゃ、じゃあ走るから――あんまり飛ばすつもりはないけど、しっかり掴まって、な」

「は、はい」

 明智がバイクを走らせた。地下駐車場から出るまではヒトミは控えめに明智の腰に手を回す程度だったが、一般道に出てスピードが出始めると、振り落とされないようにギュッと密着する。

 ――うっ!

 明智の集中が一瞬途切れかけた。ヒトミがしがみついたことで、背中に思いっきり柔らかい感触が伝わる。

 ――落ち着け、ここで事故を起こしては元も子もない。

 ヒトミのことを考え、スピードを出し過ぎるわけにもいかず、かと言って彼女を帰す時間を遅くするわけにもいかず――明智はこれまでの人生で最も過酷な、二人乗りの時間を過ごすことになった。

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