エピローグ-1

「……というわけで、皆の奮闘、およびシュウとアガの昇進を祝って――乾杯!」

「乾杯!」

 幹事の龍村たつむらレイ=主水もんどの音頭と共に、一斉にグラスを掲げる。グラス同士を当てる音が鳴り、各々が飲み始める。

「なんか、恐縮です」

 主賓の一人である英賀あがあつしが、頬を掻きながら言う。

「わざわざ祝いの飲み会を開いてもらって」

「アガ、気にしない方がいい」

 もう一人の主賓の雲早くもはやしゅうが言う。

「ただ単に、飲める口実を欲しがっていただけだ」

「ちょっとシュウさん、それは酷いんじゃない?」

 レイモンドの隣に座っていたさつき里緒りおが唇を尖らせる。

「いいんだって、リオ。実際その通りだからな!」

 レイモンドがジョッキのビールを呷りながら豪快に笑った。当の本人が笑って許してしまったものだから、リオもこれ以上の反論を口に出せない。

「まぁ、リオが言いたいことも分かるけどね」

 そこへ、望月もちづきかおりがフォローを入れる。

「なんせ、貴女、幹事のレイモンドをそりゃあもう甲斐甲斐しくサポートしていたもの。文句の一つも言わないで」

「そりゃあ羨ましい」

 さらに、煩いのが一人加わった。登崎とさきがくだ。

「もし、女が出来るとしたら、そんな尽くしてくれるタイプが嬉しい……そうは思わないか、レイモンド」

「ちょっと、トッさぁぁぁん!」

 突然の登崎の水の向け方に、リオが絶叫する。

 レイモンドは珍しく真面目に考えると、

「まぁ、男としちゃあ嬉しいかな」

 と、答える。

「男としては、か」

 そこに、力石りきいしみつるが加わる。

「なんだよ、リキ」

「いや、そういうことを言う人間は大抵相手を束縛してしまうものだからな」

「……酔ってるのか?」

「酔ってなければこんな話は出来ん」

 至極真面目に力石が答える。ここにいる誰もが「だろうなぁ」と思った。

「私としては、レイモンドがそういう奴だった、ということを意外に思っているだけだ」

「おいおい、見損なってもらっちゃあ困るぜ」

 レイモンドが心外そうに言う。

「尽くしてもらうのは嬉しいが、俺自身、縛られたくないんだ。嫌なのに、束縛なんぞするか」

「ほぉ」

 力石が感心したように言い、

「なら、お前的にはそこのリオはどうだ?」

 などと、雲早が剛速球を放った。

 レイモンドとリオが同時に飲んでいる最中の酒を吹き出す。

「な……」

「束縛は嫌なんだろう? リオだったら、勤務地の都合遠距離恋愛は必須だし、仮に浮気をしてもバレん」

「浮気なんかするか!」

 レイモンドが本気で怒った。

「おい、普段のプレイボーイなお前はどこにいった?」

 雲早が呆れる。

「それはそれ、これはこれだ!」

 レイモンドが怒鳴る。

「イタリアの男はなぁ! 女に声を掛けまくっても、泣かせはしないんだよ!」

「いよっ! よく言った!」

「さっすが、レイモンドさん!」

「男の中の男!」

 成り行きを見守っていた通津つづさとし弦間つるまたくみも加わり、やんややんやと盛り上げる。

「よかったわね、リオ。レイモンドは貴女一筋になるそうよ」

「え? そういう話なんですか?」

 望月の言葉にリオは目を白黒させる。

「えっ、ひょっとして嫌だったか?」

「とんでもない!」

 レイモンドの言葉を、リオは全力で首を振って否定する。

「お、急に積極的になったな。酔ったのか?」

「酔ってこんな話出来るか!」

 力石が珍しく入れた茶々に、全力で言い返すレイモンド。

「でも、レイモンドさん、リオさんのアピールに全然気付かなかったじゃないですか」

 通津の指摘に、

「え? アピール?」

 と、レイモンドはキョトンとする。

「例えば?」

「いや、リオさん、再会して早々抱き付いたり、飲みに誘ったりしてたじゃないですか」

 匠が説明すると、

「あ、あれ俺へのアピール?」

 と、レイモンドが驚く。

「……なんで驚いてんだ」

「いやぁ、リオについては、元から情熱的というか……あぁいうの、スキンシップの一環でやってるのかなぁ、と」

「つまり、私は誰にでも抱き付いたり飲みに誘う尻軽女に見えていた、と」

 リオのテンションが下がっていく。

「え、い、いや、違う! そういう意味で言ったんじゃ――」

「ーーレイモンド」

 望月が立ち上がり、レイモンドの襟首を掴んだ。

「え、ちょ、姐さん?」

「ちょっと、頭冷やそうか?」

 そう言って、レイモンドを引きずって望月は店の外に出て行ってしまった。

「ど、どうしよう」

「いや、リオさん、貴女が止めればいいんじゃ?」

 ずっと見守っていた梓馬あずまつかさが指摘する。

「え、でも」

「ここで庇えば、たぶんレイモンドさんからの好感度上がりますよ?」

 梓馬は「まぁ、あの分だと元からリオさんに好感自体はあったんでしょうけど」と付け加える。

「う、うん、分かったわ! ありがとう!」

 梓馬のアドバイスを受け、リオも外へ駆け出していった。

「で、リキさん」

「ん?」

 梓馬はそれを確認し、力石に向き合う。

「貴方、確か私と共にハンドルキープするためにノンアルしか飲んでいなかったはずですよね?」

「ノンアルでも、あくまでも1%未満だからアルコールは含まれている――」

「それでも酔ってはいないでしょ?」

 梓馬の指摘に、力石は「うっ」と言葉に詰まる。

「おやおや、酔った振りして背中を押すとは、リキは仲間思いだなぁ!」

 登崎が笑いながら力石の背中を叩いている。こっちは、完全に酔っているみたいだ。

「……ただ、じれったく思っただけです」

 小さく呟き、力石はノンアルコールビールを呷った。



「盛り上がったなぁ」

「盛り上がりましたねぇ」

 英賀のグラスに、ピッチャーから注ぎながら姫由ひめよし久代ひさよが笑う。

「さて、あの二人はどうなるか?」

「なるようになるのでは?」

 英賀の問いに、久代は淡々と答える。

「恋愛なんて、思いも寄らないようで、ちゃんとしたところに収まるんですよ」

「そんなもの?」

「そんなものです」

 そう言い、赤ワインのグラスを久代が呷る。

「大変賑わってましたなぁ」

 そこへ、この店の店主が新しい料理を運んできた。

「あ、すいません、やかましくしてしまって」

「なぁに、他の座敷から苦情は出てません。程々に押さえていただければ大丈夫でしょう」

「善処します」

 英賀がペコリと頭を下げた。

 ここで、「そういえば」と久代が店主に尋ねる。

「あの娘は?」

「あの娘?」

「ほら、前、うちの新人の歓迎会やったとき、その新人と知り合いだった……」

「あぁ、ヒトミちゃんのことか」

 今回、飲み会の場に使わせてもらっているのは、以前明智あけちまことの歓迎会をした時の店だ。

 その時、この店で働いていた渥美あつみひとみと明智が知り合いだった。ヒトミの前の恋人が作ったという借金を取り立てにヤクザが押し寄せてきたが、助けようとした明智に助成する形で、結果として事務所ごと壊滅させた。

「彼女なら、明日、面接だと言うから、バイトを休ませたんだ」

「なるほどね」

 今日の飲み会に、実は明智は欠席していた。その理由が、店主の発言から朧気に察せられる。

「ちょっと」

 久代に絡んでくる人間がいた。綾目あやめ留奈るなだ。

「その女とマコト、どんな関係よ?」

 久代は内心「やばい」と思った。ここに一人、事態をややこしくしかねない女が一人いた。


 久代達が、ルナからの追求を避けつつ、酔い潰すまでそこから二時間ほど掛かった。

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