第94話

 勝連かつら達が三階の大会議室に入ると、喚き声が聞こえた。

 見れば、花和泉はないずみみゆき名雪なゆき琴音ことねに銃を向けられた状態で、間宮まみや栄次えいじが何事か叫び続けている。手足を撃ち抜かれて動くことも出来ず、その顔は涙や涎で滅茶苦茶に歪んでいる。

 その男に銃口を向け続けている二人は、よっぽど腹に据えかねているのか、殺意の籠もった目で睨み付けていた。殺していいと許可すれば、即座に蜂の巣にしているだろうという確信がある。

「勝連さん」

 救出した忍坂おしざかあゆみを保護していた望月もちづきかおりが勝連達に気付いた。

「こっちは変わりないか?」

「特には……ただ、あの二人を押さえるのがもう限界です」

「だろうな」

 そう言い、勝連は間宮に近付いた。

「こいつに聞きたいことがある。一度下がれ」

 花和泉と名雪に命じる。

「お、お前が隊長か! た、助けて……」

 二人の様子から、勝連の立場を判断したらしい。間宮が命乞いを始めた。

 勝連は見下ろしつつ、

「残念ながら、そうもいかん」

 と、嘆息する。

「な、わ、私を誰だと――」

 次の瞬間、勝連の拳が間宮の顔に振るわれる。

「立場を弁えろ。売国奴が」

 勝連は吐き捨てる。

 その間に花和泉と名雪は、不本意そうにしつつも、銃を構えを解かないまま、勝連に場所を譲った。

 勝連は通信機を繋げる。相手を確認し、間宮に近付けた。

「我々の司令官が、あんたと話がしたいそうだ」

 間宮の目が見開かれる。

『どうも。私は防衛省特殊介入部隊の司令官をしている、いわおという者だ』

 通信機の先から、総司令官、いわお峰高みねたかが名乗った。この部屋の中の人間に巌の声が聞こえるように、スピーカー機能をオンにしている。

「た、助けてくれ! 金ならいくらでも払う!」

 開口一番で、間宮が巌相手にも命乞いをした。

 後ろでレイモンドが「芸のない奴だな」とコメントを残す。

『では、質問に答えてもらおうか』

 巌が、感情の籠もらない声で問う。

「分かった! 答える! なんでも答えるから!」

 間宮が必死に懇願する。

霧生きりゅう組や黄鱗おうりん会、ロシアンマフィア……こいつらに協力するのは、共感したくはないが、まだ理由が察せられる。だが、よりにもよって国際手配のテロ組織ナインテラーに協力した――この理由が知りたい』

「……国益のためだ」

「は? 寝ぼけたこと抜かすんじゃねぇ!」

 後ろで聞いていたレイモンドが怒鳴った。それを、たくみ望月もちづきが押さえる。

『国益? テロリストの財源となる麻薬を売る行為が?』

 巌がまるで困惑したような発言をする。付き合いの長い勝連は、本気で困惑しているのではなく、あくまでも演技だろうと思った。

『申し訳ないが、詳しく聞いてもいいかな?』

「……世界情勢は今不安定だ……リーマンショック以降の経済低迷に永く続く中東での対テロ紛争、それに伴う難民問題……欧米に多大な問題を起こしているが、アジア、そしてこの日本も無関係ではない!」

『だろうな』

 巌が相槌を打つ。

「それらの問題で、EUの力が下がり、アメリカも含め自国ファーストを叫び、本来なら協力関係の国々が互いを疎ましく思う! またいつ戦争になってもおかしくない状態だ! ナインテラーも、その軋轢が生んだ組織に過ぎん!」

『それで?』

「君は防衛省の人間と名乗ったな! なら、逆に聞こう! 今戦争が起きたとして、この日本はどうなる! はっきり言って、アメリカは日本を属国どころか前線基地のための土地程度にしか見ていないぞ! こんな島国、あっという間に食い物にされて消える!」

『それと、ナインテラーへの協力が何の関係があるので?』

「彼らはヨーロッパ出身だが、最大の標的はアメリカだ! だから日本も標的にしている! だが、ここで協力する態度を示せば、彼らは日本を標的から外す! むしろ、彼らが暴れることで周辺国への牽制になるんだ!」

『そのためなら、日本国民に麻薬が蔓延することをお許しになるので?』

「戦争に巻き込まれて、周辺国やアメリカに蹂躙されるよりはよっぽどマシだろう! 確かに、麻薬で多少被害は出るかもしれない。それに巻き込まれた人間には悪いと思っている! だが、この日本を守るためなんだ! 分かってくれ!」

 これらの弁明を聞き、勝連は完全に呆れ果てていた。

 ――日本を守るために、国民へ麻薬を撒く? 国を守るためにその民を犠牲にするのでは、本末転倒ではないか。こいつは国益などと言っているが、実際はこいつ自身の利益だろう。はっきり言って、自分のことしか考えていないのに、国のためとか笑わせる。

 通信機の先で、巌が溜息を吐いた。おそらく、彼も勝連と同じことを思ったのだ。間宮の発言は、完全に自身の保身のための、滅茶苦茶な方便に過ぎない。

 後では隊員達が殺気を膨らませている。よっぽど、こいつの言葉が疳に触ったようだ。

「なぁ、頼むよ! 助けてくれよ! まさか、日本国民の俺を殺したりはしないだろう?」

 いけしゃあしゃあと、と勝連はこめかみに青筋を浮かべるが、

『まさか、日本の国会議員は殺せないよ。我々は対テロ組織だ。あくまでも、我々の敵はテロリストだ』

 と、まさかの巌の発言。

「ミネさん!」

 思わず、勝連は巌を普段の呼び方で呼んでしまった。任務の時なら、絶対に呼ばない呼び方だ。それだけ、気が動転してしまっていた。

『さて、今私の隣には、状況を伝えるために防衛大臣殿がいらしてね……』

 しかし、続いた巌の言葉を聞き、勝連は即座に冷静さを取り戻す。

『大臣殿の言葉だ。「国会議員、間宮栄次を日本に対するテロリストと断定する」とのことだ』

 対照的に、間宮の顔から血の気が失せた。

『テロリストでは、助けるわけにはいかないな』

「そ、そんな! 待ってくれ! 話が――」

『勝連、やれ』

「了解」

 勝連は巌の命令に喜んで従った。愛銃のM1911を抜き、間宮の眉間に照準を合わせる。

「よせ、やめろ! お前達は間違っている!」

「間違っているのはお前だ」

 引き金を絞る指に力を込める。

「こ、この権力に従うしかない狗め!」

 これが、間宮の遺言になった。

 それに対し、勝連ははっきりと反論する。


「狗ではない。剣だ。お前達を狩るための、な」


 M1911が火を噴いた。四五口径の弾丸に対し、間宮の頭蓋は、兜の役割を果たせず、血と脳漿を彼の背後の壁にぶちまけた。

 勝連は銃を納め、命令を下す。


「総員、撤退準備!」


 MDSIの車両やヘリコプターが旧榊原記念病院を離れて数分後、爆発が起きた。

 撤収の際に仕掛けた爆薬によって、魑魅魍魎の跋扈していた城が崩れ、紅蓮の炎に焼き尽くされた。

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