第93話
弾倉内の弾薬を撃ち尽くした段階で、勇海の横を走る影があった。
返す太刀でもう一人の首を撥ね、至近距離でトカレフを撃とうとした三人目の右手を蹴り上げる。トカレフ弾が明後日の方向に飛んでいき、トカレフを撃った男が肩から袈裟に斬られた。
次の瞬間、明智の手から脇差しが飛んだ。離れた位置で拳銃を構えた男の首に突き立つ。
そこを狙い、匕首を二本、両手に構えた殺し屋が斬り掛かってきた。
明智は首を狙った攻撃を背後に跳んで避ける。逆の手で匕首の切っ先が胸目掛け突き出されるのを目で追いながら、右手を右腰に伸ばした。
折り畳み警棒を抜くと、展開はしないまま、匕首を握った手を強打する。指の骨が折れ、匕首が床に落ちた。
さらに襲い来る右手の匕首を、明智は左腕で相手の手首を押さえてガードする。そのまま右手に握った折り畳み警棒で相手の鳩尾を突き、顎を殴り上げた。
ここで折り畳み警棒を展開しながら、仰け反った殺し屋の腹を蹴り飛ばす。殺し屋の背後で95式自動歩槍を構えた男にぶつけ、狙いを逸らした。
その隙に明智は接近し、中国軍崩れの眉間に警棒を叩き付ける。
警棒を左手に持ち替え、右手で先程投げた脇差しを男の首から抜き、中国軍崩れの首を裂いた。
「きぇっ!」
「ちぇぃっ!」
気合いと共に、飛び道具が投擲されてた。
明智の両手が動き、柳葉飛刀を左手の警棒が弾き、飛爪の先端を右手の刀で叩き落とす。
明智の背後から、手が伸びた。
勇海の左手が、宙を舞う飛刀を掴んで投げ返し、右手に握られた回転式拳銃が銃声を鳴らす。
二人の殺し屋を、刃と弾丸が貫いた。
だが、倒れる二人を踏み台に、新たな殺し屋が現れる。
「何人いるんだ!」
勇海が咄嗟にM686を向けようとするが、
「ダメだ、下がれ!」
と、明智は後ろに勇海を突き飛ばしながら、前転する。
二人が先程まで居た空間に、男の三節棍が叩き付けられた。
着地した殺し屋が、振り返りざまに明智を狙って得物を振り回す。明智の手から、次々と武器が弾き飛ばされた。
どうも、明智の身体の動きが鈍い。やはり、先程の戦いで受けた傷が悪い影響を与えているようだ。
殺し屋の三節棍が空中で軌道を変え、明智目掛け振り下ろされる。
そこへ響く銃声。
勇海の放ったマグナム弾が、三節棍に命中し、一部を砕きながら軌道を変えた。半ばから砕けた棍が、空を切る。
勇海の作ってくれた隙を、明智は逃さなかった。男に接近し、前蹴りを放つ。股間を蹴り上げられ、男が悶絶した。腕を伸ばして男の襟と腕を掴み、足を払って背負い投げ。
最後に床に叩き付けられた男の頭を踏んで、止めを刺した。
「助かった」
「いいってことよ」
二人は周りを確認する。どうやら、廊下を守っていたのはこの殺し屋で最後らしい。
「行くぞ、マコト」
「いつでも、ユーミ」
ウェン・フォンファは、中央棟の二階に位置する院長室にて敵を迎え撃つ準備をしていた。
部屋の中には、四人の部下達。二人はドアの近くで匕首を構え、残りは少し離れた位置でトカレフ拳銃を構えている。
ウェン自身も、短機関銃を保持していた。フィンランド製、タンペーン・アセパヤ ヤティマティックを
ドアの外では、今でも銃声が鳴り続けていた。廊下を守っている人間と、敵が交戦しているのだ。それも、やがて止まる。
部屋の中で、緊張が高まった。ドアの近くの二人が、匕首の柄を強く握り締める。敵が突入してきた瞬間、奇襲を掛けて突き刺すのだ。
今かとその時を待つ。
ウェンは、緊張のあまり汗をかいていた。顔を流れる汗の一滴が、机に落ちる。
次の瞬間、ドアが爆発した。
ドアの近くで待ちかまえていた二人はモロに爆発炎を浴び、拳銃を離れた位置で構えていた部下も爆圧で吹っ飛ぶ。一番被害が少なかったのは、部屋の奥の院長机に陣取っていたウェンだ。
爆発で生じた煙が、視界を塞ぐ中、黒い陰が部屋の中に入ってきた。
ウェンは411冲鉢槍を連射した。瞬く間に入ってきた相手は蜂の巣になる。やがて、血飛沫を上げながら倒れた。
爆発で生じた煙に紛れて突入する腹積もりだったようだが、無駄に終わった――
そう思った次の瞬間、ウェンの身体を弾丸が貫いた。
「行くぞ、マコト」
「いつでも、ユーミ」
互いに確認を取る。
明智は、先程の戦いで仕留めた敵の死体を抱えている。
グレネード弾が発射され、ドアが爆発した。
明智が、抱えている死体を、破壊されたドアから部屋の中へ投げ入れる。
次の瞬間、死体が撃たれまくった。
囮に攻撃が集中している間に、二人は
勇海はS&W M686――通称ディスティングイッシュド・コンバットマグナム。四インチの銃身の下に反動によって銃口が上を向くのを抑えるフルスラングアンダーラグを取り付けている。材質はステンレスで、鈍い銀色。
明智はコルト・ローマンの二インチモデルを左手に持つ。ローマンとは、「法執行人」の意。このような抜き撃ちに適した短銃身のモデルを、「
弾除けになっていた死体が倒れた瞬間、二人は部屋に突入した。奥で短機関銃を持っていた人影を撃つ。
M686の放った弾丸がウェンの左肩を貫き、ローマンから放たれた弾丸が短機関銃を弾き飛ばした。
部屋の左右で、拳銃を持った敵が立ち上がる。
二人は即座に照準を彼らに切り替え、撃ち倒した。雑魚を片付けている間に、ウェンが懐からトカレフ拳銃を抜く。
勇海と明智は再度ウェンに向けて発砲。二発のマグナム弾が腹と胸に命中。
それでも、ウェンは止まらず、トカレフの引き金を絞る。
銃声。
ウェンがトリガーを絞り切るよりも早く、銀と黒のリボルバーから発射された二発の弾が、同時に胸を撃ち抜いた。
ウェンは倒れながらも最後の力を振り絞ってトカレフを撃つ。弾丸は二人には向かわず、天井に無駄な弾痕を残した。
念のため、この部屋の中に別の人間がいないか確認をしつつ、二人はウェンに近づいた。
ウェンは、身体を痙攣させていた。胸を真っ赤に染め上げている銃創が致命傷となったらしい。やがて、完全に動きを停止した。部屋の中に、血の匂いが溜まっていく。死の匂いだ。
「……終わったな」
「あぁ」
二人は、他の敵の生死を確認して、院長室を後にする。部屋から出てすぐに勇海は無線で報告を入れた。
「こちら勇海。敵の首魁、ウェン・フォンファの死亡を確認しました」
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