第83話

『これより、アルファとブラボーは作戦を『陽動』から『殲滅』へ移行する!』


 勝連かつらからの通達を、駿河するがしんは入院棟の屋上で聞いた。

 駿河達を運んできたブラックホークは、救出要員を降ろした後、入院棟の屋上まで上昇した。ヘリの中に残っていた隊員の内、駿河、清水しみずせい子桃園こももぞのまいの三人が入院棟に降り立つ。通津つづさとしは、電子戦要員およびドアガンのガンナーとしてヘリに残った。

 駿河達三人は、M4カービンとグロック17拳銃で装備を統一。入院棟内の敵の掃討を開始した。屋上から突入し、八階から順に下の階へ攻め込む。

 とはいえ、入院棟にはそこまで強敵はいなかった。基本的に守りが固めやすい外来棟や駐車場の方に主力が集中しているらしい。出てくるのは、トカレフやマカロフを構えたチンピラ、ごく稀に短機関銃を持った敵が出てくるレベルだ。

 駿河達は、特に苦戦を強いられることなく、一室ずつ丁寧にクリアリングしていく。

 三階まで到達したときだった。

 駿河が別室を調べている間、その階にいた二人のチンピラを清水と子桃園が撃ったところで、二人の近くの窓ガラスが割れる。

 一瞬狙撃か、と思ったが、近くに狙撃に適したビルは存在しない。

 割れた窓から、二人の黄鱗おうりん会の殺し屋が侵入した。彼らは、銃を持っていなかった。代わりに、中国武術の暗器を構える。

 一人が持っているのは、護拳の付いた肉斬り包丁、胡蝶刀だ。左右の手に一本ずつ握っている。

 もう一人は、七節鞭を持っていた。極短い六本の鉄棒を鉄環で繋ぎ合わせ、先端にはびょうが繋がっている。鞭と言うより、多節棍に近い。

 七節鞭を持った敵が、清水に向けて投擲してきた。清水が咄嗟に所持していたM4カービンで受ける。鉄棒の集合体が蛇のようにライフルに巻き付いた。

 そこへ、もう一人が胡蝶刀で斬りかかる。

 子桃園が、自身のM4カービンを投げつけた。

 接近する男は、胡蝶刀で払い落とす。

 その隙に、子桃園が清水と男の間に割って入った。空になった両手は、すでに自身のナイフに伸ばしている。迫った胡蝶刀の切っ先を、抜いたカランビットナイフで逸らした。さらに左手で抜いたカランビットで、二撃目も回避する。

 順手に構えた鎌状の湾曲したナイフを手に、胡蝶刀と何度か斬り結ぶ。

 相手は仕切り直すためか、一度後ろに跳んで間合いを開けた。

 その瞬間を狙い、子桃園は右手の刃を投げる。

 胡蝶刀が、宙を飛ぶカランビットを弾いた。

 今度は、子桃園の方から男に接近した。男が右手の胡蝶刀で斬りかかってくるのを、逆手に持ち替えた左手のカランビットで受ける。

 男の左の胡蝶刀が、子桃園を刺そうとした。

 だが、次の瞬間には、子桃園はクリスナイフを抜いた。左腕の腱を斬り裂き、胡蝶刀が床に落ちる。

 さらに右手首を斬り、返す太刀で男の首にクリスナイフの刃を押し当てた。炎のように波打った刃が、連続で首筋を刻み、頸動脈まで到達した。首から鮮血をまき散らし、男が倒れる。

 七節鞭の男が、右手で鞭を保持しながら、左手で匕首を抜いた。動きを封じつつ、清水を突き刺そうとする。

 清水が、鞭が絡まったままのM4カービンを投げた。鞭の先端諸共明後日の方向へ飛んでいく。

 接近していた男が、匕首を持った左手を突き出した。

 しかし、次の瞬間、その手が床に転がった。断面から、鮮血が吹き出す。

 男が絶叫した。

 清水は、右手に持つ血濡れた山刀――タリボンを振り下ろしたまま、空いている左手でもう一本の刀を抜く。男が慌てて鞭を戻そうとするが、その前に足を切断して床に転がした。

 止めにその首をタリボンの鋭い切っ先で貫いた。

「他愛ない」

「まったくね」

 二人が言い合う。

 だが、構えは解いていなかった。

 殺し屋――黄鱗会の暗殺部隊妛尤しゆうの二人を倒している間に、すでに新手が現れていたからだ。

 その男は、すぐに襲いかからず、ゆっくりと自身の得物を抜いた。二振りの小太刀だ。

 その男は、蒼狼そうろう会の若頭補佐の一人、赤星あかぼしだった。四人の若頭補佐の中では一番若く、二本の短刀を構える姿からは、力強さを微塵にも感じさせない。しかし、その姿に騙されたが最後、相手は血の海に沈むことになる。

 清水も小桃園も、少なくとも相手を見掛けだけで侮る程の間抜けではなかった。一応、二人ともまだ拳銃は持っているが、相手は抜かせる暇を与える程お人好しでもなければ、雑魚でないことは十分伝わってくる。

 故に、ナイフのままで戦うことを選択した。

 最初に、清水が仕掛けた。左のタリボンを振りかぶり、手首のスナップを利かせながら振り下ろす。

 赤星は後方に一歩下がって回避した。

 立て続けに、右手のタリボンを水平に振るった。清水の振るう山刀は刀身が太く一撃が重い。細い小太刀で受けたところで、簡単に叩き折ってしまう。

 赤星は、だらりと垂らしたままだった左手を動かす。迫る山刀の剣腹を下から峰で叩き上げた。

 清水が跳んで下がるが、その時には、右手の小太刀が一閃される。その切っ先が、脇腹を裂いた。

 入れ替わるように、子桃園が動いた。左手にカランビット、右手にクリスナイフを構え、斬りかかる。

 逆手に握ったカランビットが、首を狙った。それを、赤星は清水の血に濡れた小太刀で受ける。

 それを読んでいた子桃園が、右手のナイフを足目掛けて振るった。

 足を薙ぐ寸前のところで左の小太刀が受け止める。弾くにはパワーが足りないと悟った子桃園が一度距離を取ろうとした。

 次の瞬間、赤星の右足が上がり、子桃園の脇腹を打つ。突然の衝撃に、子桃園の動きが鈍った。

 赤星がさらに動いた。左手の小太刀でクリスナイフを弾き飛ばし、子桃園の首を狙う。

 子桃園が飛び退くが、切っ先が右の頬を掠りながら、右肩を斬り裂く。

「モモ!」

 脇腹を抑えながら清水が叫ぶ。

 子桃園が床を転がり、清水がいる位置まで後退した。

「こいつ……強い!」

 赤星が再度両手の小太刀を構え直した。確実に息の根を止めようと、二人に斬りかかろうとする――


「はぁい、そこまでよぉ」


 戦場には場違いな女言葉。

 赤星が動きを止める。

「隊長!」

 清水が呼ぶ。

 片膝を着く二人の背後から、駿河するがしんが現れた。二人の様子を確認し、

「よくもまぁ、私の部下を可愛がってくれたものね」

 と、赤星を睨みつける。

 さらに、子桃園の頬の切り傷に目を留めると、

「特に、女の顔に傷入れたのは、高くつくわよぉ」

 と、一気に殺気を膨らませた。

 赤星はそれを感じ取ったか、油断なく構えて、駿河と対峙する。

 駿河も同じように赤星を見ていたが、

「あら、意外と私好みの男」

 などとのたまう。

「隊長、奥さんに言いつけますよ」

「オイコラやめろ」

 清水に対し、ドスの効いた声で威嚇する。清水が思わずブルッと震えた。

「さぁて、始めましょうか?」

「……武器は?」

 赤星は、駿河が何も持っていないことを指摘する。

「武器? うーん、銃使っても、ねぇ?」

 赤星は怪訝な顔をする。

 そこで、駿河は察した。

「あ、もしかして二人みたいにナイフ持っていると思った? だったら、あんたの目は節穴ね!」

 そう言い、駿河は構える。

「鍛え抜いたこの身体が、私の最大の武器!」

 そう叫び、駿河が赤星に向け駆け出す。

 赤星が、駿河の喉目掛け刀を突いた。

 駿河は後退する。

 さらに赤星の連続突き。並の人間の目では捉えることも困難な速度で、切っ先が駿河に襲いかかる。

 駿河は避けてさらに後退。後退を続けている間、駿河は一切反撃が出来ていない。

 何歩目か、後退を続けた駿河の背に衝撃があった。後退しているうちに壁に追い詰められていた。

「隊長!」

 子桃園が悲鳴を上げる。

 赤星が、刀を水平に振るった。駿河は危ないところで腰を屈めて刃をかわす。それでも完全には避け切れず、数本の髪の毛が舞う。

 その時、一瞬赤星に隙が生じた。圧倒的に優位な状況が、微かに赤星の戦い方を乱暴にしていた。

 駿河は飛び込み前転し、赤星の脇を通り抜けて背後に回った。

 駿河と赤星が、背中合わせの状態になる。

 赤星が、振り向きざまに刀を振るおうとした。

 一方、駿河は振り向かなかった。

 振り向かず、相手の気配のみを頼りに、背後へ肘打ちを繰り出す。

 動きの少ない分、駿河の方が速かった。

 迷わず後方に放った駿河の肘が、赤星のうなじ・・・を捉える。

 強力な打撃音とともに、確かに骨へ損傷を与える感触を駿河は得た。

 赤星がよろめきながら振り返った。

 次の瞬間、同じように振り返りながら、駿河の放った回し跳び膝蹴りが、赤星の首と鳩尾の間に命中した。

 赤星の身体が吹っ飛び、先程まで駿河を追い詰めていた壁に激突する。その衝撃で、ひびの入った背骨が、完全に折れた。

 赤星が刀を手放し、その身体が崩れ落ちる。

「……あの程度の優位で、調子に乗るな、若造」

 駿河は深呼吸をした後、痙攣し始めた赤星の亡骸に吐き捨てた。

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