第82話
――意外とたくさん敵が残ってるのよね……
久代はガリルアサルトライフルを構えるナインテラー構成員の一人を撃ち倒しながら、残りの武器について考える。すでに、主武器のSCARーH用のライフル弾と擲弾は使い切った。
今撃っているP90短機関銃と、ホルスターに収まっているFive-seveN拳銃――装弾数はそれぞれ五〇と二〇、これを予備含め三マガジンずつ。
――もしかしたら、「切り札」を使うことになるかな?
右足の、裾に隠し持つ「切り札」に一瞬思いを馳せる。
――ないわね。むしろ、あんな
別の構成員の頭を撃ち抜いたところで、背後からナイフで斬りかかる敵がいた。
だが、その凶刃が届く前に、久代が背後に回し蹴りを放つ。右足を軸に、振り上げた左の爪先が男の顎を捉えた。
倒れた男に、P90短機関銃を撃ち込んで止めを刺す。これで、P90の弾倉が空になった。
弾倉を交換するため、遮蔽物に隠れようとしたときだった。
「ちぇい!」
気合いとともに、剣風が鳴る。
久代は咄嗟に床に身を投げた。転がり、距離を取ろうとする。
次の瞬間、相手は振り終えたはずの日本刀を、久代に向け突き出した。その切っ先が、P90を串刺しにする。
久代はサブマシンガンを手放すと、さらに転がって間合いを開け、Five-seveN拳銃を抜いた。
そのとき、相手は左手が動いた。その手には日本刀の鞘が握られ、中指に指輪がはめられており、キラリと光る。鞘が投げつけられ、抜いたばかりの拳銃に命中し、久代の手から弾き飛ばす。
斬りかかってきたのは、
丹羽が、右手に持つ抜き身の日本刀で、久代に襲いかかった。
久代には、拳銃を拾う暇はない。背後に跳んで回避するが、切っ先が浅く皮膚を裂く。
着地した先で、久代の足に当たったものがあった。それを爪先に引っかけ、蹴り上げる。
さらに距離を詰めた丹羽が日本刀を振り下ろした。
眉間に迫る白刃を、久代は右手に握った鞘で払う。刃を横から叩いて、軌道を逸らした。そのまま鞘尻で丹羽の顔を突こうとするが、突き出した瞬間に今度は丹羽が後ろに跳ぶ。
まさか投げつけた自分の刀の鞘を武器にされるとは思わなかったか、丹羽が驚きを浮かべるが、それも一瞬のみ。
再度丹羽が斬りかかり、それを久代が鞘で捌く。刃に当ててしまわないように注意しつつ、斬撃を受け流しては鞘で突き、時には腕や足目掛け打ち込んだ。日本刀と鞘がぶつかり、乾いた音を鳴らす。
「棒、いや杖術か?」
丹羽が気合い以外で初めて声を発する。
「女、中々珍しい特技を持っているじゃないか」
「それはどうも」
久代は涼しい顔でその言葉すら受け流す。
その目は、丹羽の背後を見ていた。スコーピオン短機関銃を持ったナインテラー構成員が二人、こちらを狙っている。
――無粋ね。
いや、悪党相手に生々堂々を求めるのが間違っているか。
どちらにしろ、相手の思惑に簡単に乗ってやるほど、軽い女ではないと久代は自覚している。
今度は、久代から攻勢に出た。右手に持った鞘で、相手の右腿を狙う。
丹羽は、右手の日本刀を逆手に持ち直し、その打撃を受け流した。その姿勢から、柄頭を左手で掴み、一閃させる。
下段から相手の右手、そして上半身を狙った、変則的な斬撃。
(かかった!)
久代は、その瞬間を待っていた。
相手が日本刀を持ち替えた段階で、久代は背後に跳んでいた。右手を戻し、左手を鞘に添える。
丹羽の刀が、斬り上げられた。防御した鞘が真っ二つに切れ、切っ先が久代の顔すれすれを通過する。少しでも遅れていたら、久代の顔が真っ二つになっていた。
久代は、切れて二つに分かれた鞘を、両手で握ると、両方とも投擲する。
それらは丹羽に当たることなく――丹羽の斜め後ろで銃を構えていた構成員達を貫いた。日本刀で斬られ、斜めに尖った切り口が、首や眉間に突き立つ。
丹羽は突然の久代の行動と背後からの悲鳴に動揺した。それが刃筋を鈍らせる。
先程の斬り上げから、返す太刀で振り下ろされる日本刀。
それを、久代は寸前で回避しながら、上段回し蹴りを放つ。丹羽の回避は間に合わず、左頬に久代の右爪先が当たった。
丹羽の口から、白いものが飛んだ。折れた歯だろう。
久代が右足を戻すと、一気に間合いを詰めた。丹羽の襟を掴み、足を払う。
「はぁっ!」
腰の捻りを加えながら、相手の身体を巻き込んで、背負い投げを決める。硬いコンクリート上での柔術は、純粋な殺人技だ。叩きつけられた人間の骨は、容易く折れる。
「奥の手は、最後まで取っておくものよ」
寝技に持ち込みながら、久代は呟く。その右手は、右足の裾に伸びていた。
「そうだな……」
丹羽が掠れた声で返答。
「奥の手は、最後に使わないとな!」
丹羽の左手が動いた。その中指には指輪がはまっている。そこから伸びた毒針が、久代の首に迫った。
金属音がした。
針は、久代ではなく、久代の右手に保持された回転式拳銃の弾倉に刺さって止まっていた。
「言い忘れていたけどーー」
親指で、M60の撃鉄を起こす。細い針は、弾倉の回転に耐えられず折れた。
「――奥の手は出しても、
引き金を絞る。
丹羽の眉間が撃ち抜かれた。その顔には、驚愕が貼り付いている。
「切り札って、最後まで取っておくものでしょう?」
その荷台では、
やがて、PK機関銃の弾が切れた。力石は、弾倉を交換したHK11とリオが残していったHK21、二丁の機関銃を同時に構える。腰溜めの姿勢で引き金を絞ると、二つの銃口から火柱が上がった。空気を焦がす程の発射薬の炸裂で、7.62mm口径のライフル弾が次々と放たれる。ホンの二、三秒で四〇発近くのライフル弾が消費され、男達のみならず背後の車両まで蜂の巣にしてしまう。
「おーい!」
ここで、二人の運転するトラックに声が掛かった。
力石は機関銃を手放し、G36Kカービンを構える。
梓馬がトラックを停止させた。
そこへ、
「片付いたか?」
「おそらくは。油断は禁物ですが」
周りを警戒しつつ、英賀が言う。その左肩に、ナイフが突き立っているのが確認できる。
「アガ、どうしたのそれ?」
「油断して喰らいました……」
「ドジねぇ」
そこへ、久代も駆けつける。
「どうだった?」
「
久代がやはり英賀の肩のナイフについて言及する。
「油断したんだってさ」
「刺した敵は?」
「無論、倒しましたよ? 相手も、油断してくれたおかげで、こちらの切り札には気付いてなかったみたいですし」
ひとまず、警戒を怠らないようにしながら、英賀の治療が開始される。といっても、本人が普通に動いて銃も保持できているのだから、大したことなさそうだ。刺さったままにしているのも、何の処置も無しに抜いてしまうと、大量失血の危険があるために過ぎない。
「切り札は最後まで残しておくもの、ですか教官殿?」
久代が茶化す。
かつて、MDSIに入ったばかりの久代を指導したのは英賀だ。
「覚えていてくれましたか」
「当然。教官殿も、先程の言動を見る限り――」
「――ちゃんと有言実行していますよ。自分の言葉には、責任を持たなければ」
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