第78話
――逃亡の直前。
捕まる直前に飲み込んだ三粒のカプセル――あれには、暗号化された微弱なGPS信号を打つ小型電波発生装置が入っていた。カプセル自体は胃液で完全に溶け、装置の外面の特殊な薬品が胃液と反応、強力な接着剤となって胃に貼り付く。これは胃カメラを用いた手術をしなければ摘出出来ない。三粒飲み込む必要があるのは、それぞれ経度、緯度、(地表からの)高さ情報を発信するからだ。
ただし、欠点が二つ。
一つは、非常に信号が弱いため、受信側もかなり近付かないとならない点。
もう一つは胃に貼り付いている間、胃に激痛が走り続けることだ。その痛み、寄生虫アニサキス三匹分。どんなに精神が強靱な人間でも、長く保って三日が限界だ。
天井の穴から、次々とMDSIの隊員が侵入した。
レイモンドが、一番近くにいた敵を蹴り飛ばし、拳銃を抜いた敵を
忍坂の近くにいた男が、咄嗟に人質にしようとした。
「男どもは見るな!」
望月が怒鳴る。忍坂が下着だけの姿になっていたからだ。
「無茶言うな!」
レイモンドがP90を撃ちながら怒鳴り返した。
その隙を縫って、
「おっと!」
レイモンドはP90を盾にして、その斬撃を受け流す。お返しとばかりに左のフックで相手の顎を打った。ふらついた男を組み伏せ、匕首を持った腕の間接を極める。やがて、間接から骨が折れる鈍い音が響いた。
遅れて
そのとき、レイモンドが撃ち倒したはずの男が動き出した。
「こいつ!」
匠が咄嗟に撃つが、撃たれても動きを止める様子がない。穴だらけになった死体が、匠に投げつけられる。
匠が「ちぃっ」と舌打ちし、ナイフを抜いた。死体を盾に近付いてきたハンヨンへ、斬りつける。死体が視界を遮っていたため、あまりキレのある攻撃ではなかった。ハンヨンがあっさり避け、テコンドー式の上段蹴りを放った。間一髪左腕でガードするが、匠の身体が横に跳び、壁に激突する。その衝撃で、短機関銃とナイフが手から落ちた。
その時、黄鱗会の男がトカレフで匠を狙ったが、匠はホルスターからFN ハイパワーピストルを抜き、足に撃ち込んだ。よろめいて照準を合わせ損なった男の頭を二発目で撃ち抜く。
「くっ!」
望月がスコーピオンEVO3の銃口を向けるが、引き金を引く前にハンヨンが腕を掴む。望月の身体が宙を舞った。床に叩きつけられ、銃が手から離れる。
望月がハンヨンの相手をしている間に、花和泉と名雪の二人は忍坂に辿り着いた。途中で黄鱗会と霧生組の男が邪魔してきたが、一人は花和泉と組み合った状態で壁にぶつかった後、武器を抜こうとして花和泉にP228拳銃をゼロ距離で連射された。腹と胸に次々と弾着し、戦闘不能になる。
名雪に組み付いた男は逆に間接を極められた状態で、首筋にナイフを突き立てられた。
ハンヨンがさらに望月を攻めた。望月が反撃のために右手で突きを放つが、ハンヨンはあっさりと左手で止めると、指の間接を極めてくる。望月の顔が苦痛で歪んだ。
そのとき、ようやく匠がダメージから立ち直った。匠のダウンの瞬間を狙って匕首を振るった男がいたが、匠のナイフの敵ではなかった。斬撃を避けられると、一太刀目で軸足を、二太刀目で脇腹を深々と斬られ、止めに頸動脈が撥ねられる。振り抜いた姿勢から、匠がハンヨンに向けナイフを投擲した。
ハンヨンは迫る刃を右手の指二本で挟んで止めた。そして、匠に向かって投げ返す。匠は新しいナイフを抜くと飛んでくるナイフを弾き飛ばす。
この一瞬、ハンヨンの意識が望月から逸れた。望月は極められてない左手で、鋲を抜き、ハンヨンの右太股に突き刺す。ハンヨンが掴む力が弱まったため、立ち上がるとさらに刺さった鋲の柄に蹴りを入れた。
ハンヨンが悲鳴を上げた。
望月は自身を掴む手を振り解くと、ハンヨンの顔に前蹴りを叩き込む。
ハンヨンの身体が跳び、背中から床に倒れた。
「おらぁ!」
そこを狙い、レイモンドがハンヨンの頭を踏みつけようとした。
ハンヨンが転がって回避し、逆にブレイクダンスのように床を回転しながらレイモンドの足を払った。さらに転がると、先程望月が手放したスコーピオンEVO3を拾う。
「やべぇ!」
今度はレイモンドが床を転がる番だった。レイモンドがいた場所を、弾丸の雨が追従してくる。
望月が押さえようとするが、ハンヨンは目敏くも即座に望月に照準を替えた。望月の回避が、間に合わない。
だが、望月を撃つことはなかった。匠が再び投げたナイフが、短機関銃を保持する腕に突き立つ。
ここで、名雪が動いた。跳躍すると、壁を蹴り、ハンヨンの腕に組み付く。床に着地と同時に、掴んだ腕に体重を掛け、ハンヨンの身体を投げ飛ばす。
銃を手放したハンヨンは力任せに名雪の腕を解いた。名雪の腕を掴み直し、その間接を極めようとする。
だが、次の瞬間、望月の上段回し蹴りがハンヨンのこめかみを打った。強烈な衝撃音がハンヨンの頭蓋骨から鳴る。
「チェゴ、チェゴ」
意識が朦朧とし始めたハンヨンが、怒り任せに拳を振るった。チェゴとは、韓国語で「殺す」の意味だ。
名雪が容易くハンヨンの打撃を捌くと、今度は名雪の方からハンヨンの腕の関節を極めにかかった。延ばし切った腕が押さえられ、身動きとれなくなったところに、望月の下段蹴りが足を刈る。片膝を着いたところに名雪の掌底がハンヨンの鼻を潰す。
天井を仰いだハンヨンの頭に、望月が足を振り上げた。降ろされた踵がハンヨンの額を打ち、その重圧に耐えられなかった首の骨が呆気なく折れる。
首があらぬ方向を向いたハンヨンが、ついに絶命し、床に倒れ伏す。
「アユ、大丈夫?」
ツールナイフで忍坂を拘束していたワイヤーを切りながら、花和泉が尋ねる。
匠が倒した敵の中から適当に上着をはぎ取り、投げて渡した。
「……ん、信じてたよ、皆」
忍坂は上着を羽織りながら顔に笑みを浮かべる。
「……でも、やっぱりあの発信器、改良してほしい……胃が痛い……」
「安心しなさい、戻ればすぐに取り除けるわ」
望月が励ます。
「ほれ、鎮痛剤だ。少しはマシになるぜ」
レイモンドがタクティカルベストのポケットの一つに納めた、応急処置キットの中から、錠剤を渡す。
「水要るか?」
「ありがとう」
望月やレイモンドが忍坂に応急処置を施している間に、名雪が通信機で、全部隊に伝える。
「……こちら、チャーリー。目標の救出に成功。捕虜を一名確保しました。いかがしましょうか?」
と、冷めた視線を、銃創の痛みで喚き続ける間宮に向ける。
『こちらアルファ』
『片付き次第そちらに向かう。警戒しろ。捕虜については、聞きたいことがある。そのまま確保しろ』
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