第77話

 榊原さかきばら記念病院目掛け、闇夜を漆黒の天馬の如く飛んでいく機影があった。MDSI所有の軍用ヘリコプター、MH-60ブラックホークである。

「こちらチャーリー。予定通りの行程。到着まで三分切りました」

 先行して展開開始している部隊に対し、副パイロットが無線で連絡を入れた。

 メインパイロットを務めるのは、つばさ秋夏しゅうか。大小問わずヘリコプターの操縦を専門とする隊員だ。副パイロットとして隣にいるのは、なんと諜報部の長、邑楽おうらみやびである。捕らわれた部下の奪還のため、かなり無理を押し通して作戦に参加していた。

 二人の操縦するブラックホークは、完全武装の十一人の兵士の輸送が可能だ。助けた忍坂おしざかを乗せることを考え、十人の戦闘要員が乗り込んでいる。

 まず、幹部の駿河するがしん。ヘリから降下した後の指揮は主に彼の役割だ。彼の腹心にして東海支部のエースである清水しみずせい子桃園こももぞのまいを引き連れている。

 本部の実働部隊からは、龍村たつむらレイ=主水もんど望月もちづきかおり通津つづさとし弦間つるまたくみ杏橋きょうはしくすのの五人が搭乗。

 諜報部からは、名雪なゆき琴音ことね花和泉はないずみみゆきの二人が同乗している。

「反応ありました!」

 ウェアラブルコンピュータを操る通津が声を上げる。

 忍坂から発せられるGPSの信号を感知したのだ。ただし、かなり微弱な上に暗号化されているため、詳しい位置は専用の暗号解析用アプリが入った端末をよっぽど接近させなければ分からない。

「場所!」

「中央棟、三階――見取り図と照合――大会議室!」

 やはりか、と邑楽は考える。地形と建物の構造を考えたとき、主力が待ちかまえていそうなのは、外来棟、入院棟であり、間に挟まれた中央棟は重要なもの――要人、あるいは捕虜を置いておくのに一番適している。もっとも、これはあくまでも机上の推論に過ぎなかった。今の通津からの報告で、推測が事実となったわけだ。

 やがて、榊原記念病院が見えてきた。アルファとブラボーがすでに攻撃を開始しており、あちこちで炎が燃え、黒煙が上がっている。

「派手な狼煙だこと」

 思わず、レイモンドが呟く。

 接近すると、建物の中で一番高い、入院棟の屋上には見張りがおらず、外来棟と立体駐車場の見張りはすでに倒されていた。

 報告のあった中央棟に近付き、ラペリング降下用のロープを垂らす。

 そのとき、外来棟の騒ぎに気を取られていたと思われる、中央棟屋上にいた二人の見張りが接近するヘリに気が付いた。

「まずい、攻撃――」

 邑楽が指示を出そうとしたとき、咄嗟に外に飛び出た影があった。

 楠が、すでに垂らしたロープに、金具を通さないまま捕まり、一気に降りていく。

 敵の銃口が、楠に向いた。

 楠は数メートル降りたところで、ロープから手を放して自由落下する。空中で身体を回転させ始め、落下の勢いを殺した。その動きに一瞬敵は惑わされる。

 そして、楠は一人目の敵目掛け落下し、その頭を曲げた両膝で挟み込む。膝が男の頬に触れた瞬間、腰を捻る。回転の勢いで男の首が捻れ、骨の折れる不気味な音がする。

 もう一人が、慌てて照準を修正するが、

「遅いわ」

 と、楠のベネリM3ショットガンが先に火を噴き、男は蜂の巣にされた。

 楠は首の折れた男の身体をクッション代わりに着地に成功する。

『ちょっと、命令違反は感心しないわよぉ』

 駿河が通信機越しに叱責。

『まぁ、助かったからいいじゃないですか』

『機転も大事ですよ』

 何人かの隊員が擁護する。

『まぁ、いいわぁ。チャーリーチーム、降下』

 駿河はそこまで深く追及はせず、指令を出した。レイモンド、望月、匠、名雪、花和泉が降下する。

 降ろし終わると、ブラックホークが再度上昇を始めた。まだヘリに残っている人間には、別の仕事があるのだ。

「よっしゃ、行くぜ」

 レイモンドが景気付けに号令を掛けた。

 彼らの主武器は、レイモンドと匠がFN P90短機関銃を、望月と名雪がチェコのCZチェスカー・ゾブロヨフカ社製スコーピオンEVO3短機関銃を装備している。

 花和泉はSIG社のP226拳銃のコンパクトモデルP228拳銃を所持。今回は、ある装備を持ってくるため、あえて長物は持ってきていない。ウェアラブルコンピュータのモニタで、すぐ下の階にいるであろう忍坂の位置を確認しつつ、進入路作成の爆発物をセットする。

 M4 EFP――EFPとは爆発成形侵徹体の略語。内部の炸薬を起爆すると、「ライナー」と呼ばれる金属が発射される。これは自己鍛造弾の一種で、爆轟波の進行方向に沿って変形しながら加速され、目標に激突する。薄い装甲やコンクリート壁なら簡単に破壊することが出来る。

「設置完了。起爆するわ、伏せて!」

 起爆コードを伸ばし、警告。

「カウント開始――三、二、一、起爆!」

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