第73話

「さて、本来なら命令無視はあまり容認出来るものではない」

 本部に戻った明智あけち達へ向けての第一声がこれである。

 勝連かつらたけしは待機命令を無視し、忍坂おしざか救出へ向かった面々を睥睨した。

 隊員達の間に緊張が走る。

「が、事態が事態だ。他の隊員への示しがつかないから全く罰則なしとはいかんが、解決までは猶予を与えることにする」

 勝連の言葉に、一斉に胸をなで下ろす。

「まぁ、ひょっとしたら期間限定の減俸くらいは受けてもらうことになるかもしれんがな」

「ひぇぇぇ……」

 思わず、勇海ゆうみあらたが悲鳴を上げる。

「ちょっと、俺この前もその処置喰らったばっかりなんですけど」

「なら、少しは直す努力をしてくれ」

 抗議する勇海を前に勝連が眉間を抑えながら溜息を吐く。

 ――やっぱり、中間管理職って大変だな。

 勝連を見ていると、明智もさすがに申し訳なく思えてきた。

「頭痛薬もらってこようか?」

「……気持ちだけでいいです」

 太刀掛たちかけひとしの提案を勝連はやんわりと断る。

「まぁ、捕虜を連れてきたのは上出来だ。今諜報部の方でーー」

 ここまで言ったところで、諜報部の悟道ごどうただしがドアを開けて入ってきた。

「あれ、どうした? 尋問していたんじゃないのか?」

「はぁ」

 悟道は一度息を吐き、

邑楽おうらさんが替われとおっしゃったもので……」

 と、まるで言い訳のように俯きながら説明した。

「私の尋問じゃ、さすがに時間が掛かりすぎるとのことで……まぁ、気持ちは解らなくもないのですが……」

「まぁ、悲観しないでくれ。あいつの気持ちを考えれば、当然だろうからな」

 勝連が慰めの言葉を言う。珍しいこともあるものである。

 明智の顔に驚きが現れていたのか、勇海が説明してくれた。

「マコトは警察官だったから当然知っていることだろうけど、警察官の拷問による自白は無効。これは常識だな?」

「あぁ」

 頷く。

「で、軍人を捕虜にした場合なんだが、国際法で捕虜に対する拷問・虐待行為も違法とされている」

「ふむ」

 再度頷く。

「で、だ。実を言えば、俺達みたいな人種には抜け穴がある」

「抜け穴?」

 明智は思わず首を傾げる。

「まず、俺達は警察官でもなければ軍人でもない。あくまでも防衛省に所属する対テロ組織だ。

 そして、テロリストや傭兵といった、軍属であることがちゃんと証明できない連中は、国際法において正規の軍人として扱われない」

「……つまり、相手がテロリストなら拷問はいいのか」

「そういうこと」

 勇海は明智の回答に頷く。

「さて、邑楽さんについてだが、あの人は諜報部のトップだ。当然、情報を吐かせる手管はお手の物なのよ」

 ここで、明智は勇海が言いたいことを察した。

「尋問じゃなくて、拷問を始めたのか」

「そういうこと……幻滅したか?」

「いや」

 明智は首を横に振る。

「こんなことを言うのも何だが……ここがクリーンな組織とも思っていない。所属している俺自身も、な」

「お前の感覚は正しいよ」

 勇海から謎のお墨付きをもらった。

 一方、他の隊員達はひそひそと会話をしている。

「ジー・イーシャンだっけ? 確か福建マフィアの幹部か?」

「そうですね」

「可哀想に……」

「まぁ、口が堅いって噂のタフガイも、身体に穴が穿たれちゃあお喋りにもなろうよ」

「何分保ちますかねぇ?」

 こんな感じで、不謹慎で物騒かつ相手に同情する声が挙がっている。

 そして、一分もしない内に勝連の携帯に連絡が入った。短くやり取りが行われる。

 電話を切ると、勝連は言った。

「ジーが吐いた」



 MDSIの隊員一同と幹部が、ブリーフィングルームに移った。情報の共有と今後の行動に関する会議が始まる。

「まず、奴らの拠点についてだが、千葉県と東京都の境目にある、旧榊原さかきばら記念病院を拠点にしているとのことだ」

「一昔前に医療ミスとかで閉院したところだな」

 勝連の挙げた地名に、すぐに太刀掛が補足を入れた。

「その通り。奴ら――福建マフィアの黄鱗おうりん会と、霧生きりゅう組系列二次団体、蒼狼そうろう会がそこを根城に、大胆にもダミー企業で扱っている貨物船で大量のドラッグの材料を運び、資金源として売り捌いていた」

「くそったれどもめ……」

 勝連の説明に、明智が思わず呟く。

「……どうしたの、あいつ」

「麻薬が大っ嫌いなのよ」

「まぁ、好きな奴よりはよっぽどいいけどな」

 明智の反応について勇海と綾目あやめ留奈るながひそひそ話をする。

 駿河するがしんが「はいはいそこ静かにー」と手をパンパン叩きながら注意した。

 勝連の話が再開する。

「おそらくだが、捕まった忍坂おしざかもここに運び込まれているだろう」

「そういえば」

 と、ここで勇海が発言。

「日本人でも中国人でもないような連中が混じっていた気がしますが、その辺の情報はどうなっていますか?」

「安心して。ちゃんと裏を取っているわ」

 諜報部の邑楽が答えてくれる。

「まず、英賀あがくん達の部隊を襲撃したのは、ヨーロッパ系テロリストのナインテラー。そこに、同盟を組んだロシアンマフィアが加わっているわ。名前は、アゴニスーシャ。『炎の陸』の名が示す通り、敵地を焦土に変える勢いで暴れ回っている、凶悪な連中よ」

 ここで、一息入れる。

「で、私の部下を拉致した敵についてだけど……これについては、勇海くん達からの情報が役に立ったわ」

 情報というのは、ハンヨンという男の使った武術のことだろう。

 スクリーンに顔写真が表示される。

「韓国軍の伝手を頼って、この男の情報を入手した。

 チェ・ハンヨン。陸軍第707特殊任務大隊――アメリカのグリーンベレーとか、レンジャーに相当する部隊ね――かつてそこに所属していた男よ」

「エリートじゃないですか」

 邑楽の説明に、通津つづさとしが思わず突っ込む。

「そうね。でも、腕前はよくても気性は荒かったみたいね。ある任務の後で同僚と喧嘩騒ぎを起こした。ただの喧嘩ならともかく、徹底的に殺しの腕を磨いた軍人同士の喧嘩よ。同隊の隊員三人を再起不能にした挙げ句に軍を脱走したらしいわ。隠すことでもないから、福建マフィアとつるんでいることを教えたら、向こうも驚いていたよ」

「しかし、よく教えてもらえましたね。下手したら機密事項でしょう?」

 誰かが疑問を口にする。

「今は、国際的に対テロに取り組まんといけない。こっちも少なからず情報は提供しないといけないけど、礼儀さえ尽くせばそれに見合った情報も教えてくれる」

 邑楽が丁寧に事情を教えてくれる。

「あと、もう一つ嫌な情報があるわ。中国の、特に黄鱗会を快く思ってない連中に情報提供を持ちかけたの」

「貰えたんですか?」

「えぇ。黄鱗会の連中、やりたい放題やりすぎて、アメリカやロシアにも睨まれているわ。中国側からしたら、難癖の原因になりかねない獅子身中の虫に他ならないのね。日本で好き勝手やっているうちに、勝手に自滅してくれれば一番好都合ってこと」

 どんな国でも、犯罪者に対し自国民としては扱いたくないとみえる。

「結構大掛かりに構成員を日本に派遣したみたいね。それも、元軍人とかも混ざっている。今回仕掛けられた罠も考えれば、確実にこちらを潰すためと捉えられるわね」

 あくまでも淡々と邑楽は説明を行う。

「おまけに霧生組、アゴニスーシャとナインテラーが組んで戦力を整えている。中国の情報提供者も、被害が出る前に制圧出来ることを祈ってるよ、とまで言っていたわ。真意はともかく、好意には甘えつつ、この情報を最大限利用するとしましょう」



 潰れた榊原記念病院内で、黄鱗おうりん会幹部、ウェン・フォンファは、帰投した部隊からの報告を聞きストレス性の頭痛を覚えた。

 まず、五カ所の拠点を囮にした、殲滅作戦があっさりと失敗してしまったこと。さらに、腹心のジー・イーシャンが敵に捕まったことだ。女スパイの炙り出しと捕獲は成功したようだが、成果に対して割に合わない程被害が出てきている。

「面倒なことになった」

 蒼狼そうろう会の組長であるいぬい吾郎ごろうが呟く。

「下手したら、この場所がバレる可能性も……」

「ジーは口が堅い」

 ウェンは反論する。

「多少の拷問では吐かない。仮に情報が漏れたとしても、奴らもすぐには戦力を整えることは出来ない」

「……そう油断していた結果、うちの金牛きんぎゅう会がやられたんだぞ」

 乾が苦い顔をする。彼にとって、腕利きの同僚がやられたことがかなりの衝撃であったことがウェンにも伝わった。

「ご安心を。油断などしていません。もうすぐ、我々の切り札が登場する」

「切り札?」

 乾が首を傾げたところに、黄鱗会の下級構成員が、「到着しました!」と報告に来た。

 ウェンは乾やチェ・ハンヨンらを連れて、廃病院の外へ出る。

「乾!」

 外に出た途端、乾へ声を掛けた者がいた。

「ロウ! ギン・ロウか!」

 乾が喜びの声を上げた。

「久しぶりだな……お前が老師の下から出て行って、早五年か?」

「そのくらいになるかもな」

 ロウと乾が再会を喜ぶ。

「あぁ、そういえば貴方達は同門で拳法を学んだ仲でしたな……日本だと、『同じ釜の飯を食う』関係というものですか?」

 乾が黄鱗会と関係を持てているのは、ギン・ロウと共に同じ師の下で拳法を学んだという、人脈のおかげでもあった。

 ロウはウェンに向き合う。

「連絡が遅れました。

 特戦隊『妛尤しゆう』ギン・ロウ以下二三名、および空挺隊出身の者、五四名、計七七名、参戦致します」

 妛尤とは、中国に伝わる巨人で、暴虐な性格と数々の発明した武器を用いて黄帝を苦しめたと言われる。黄鱗会所属のこの部隊は、その名にあやかり、様々な武術・武具や暗器を用いた敵対勢力の闇討ちを得意とする、黄鱗会屈指の暗殺部隊だ。

「母国の人民解放軍、中露国境警備隊内の空挺部隊。対米、友露の政策方針によってリストラされた兵士達を、私どもで飼い慣らしておきました。その中から腕利きばかりを六班(中国軍の分隊のこと)、五四名ほどを呼び寄せました。

 そこへ、『妛尤』と乾さん達蒼狼会の皆様、そしてアゴニスーシャとナインテラーが現在近辺から掻き集めている残存兵力を合わせれば、仮に攻め込まれても返り討ちに出来ます」

 ウェンが自信満々に言った。今もトラックから、到着した兵士達と武器が降ろされている。

 そこへ、またも別の部下がウェンに耳打ちした。

「Mr乾。どうやら貴方方へお客様がお見えのようです」

「ほぉ?」

 乾が首を傾げているところに、三台の車両が駐車場へ入ってきた。

 思わず周りの戦闘員が銃を構えようとするが、「銃を下ろせ!」とウェンから指示が飛ぶ。

 三台の内、二台はSUVで、もう一台は高級車と一目で分かるセダンだった。そのセダンを護衛するように、二台のSUVが前後を走っている。

 車が停止した。

 まず、SUVから出てきたのは、蒼狼会の若頭補佐達だ。その数四人。それぞれ、竹中たけなか黒田くろだ丹羽にわ赤星あかぼしという。いずれも腕利きで、本家霧生きりゅう組からの要望で貸し出していた者達だ。そのために、今回の殲滅戦には参加していなかった。

 次に、セダンのドアが開かれる。

 現れた男を見て、ウェンは顔をしかめた。彼は、蒼狼会の雇い主でもあり、黄鱗会のビジネスパートナーでもある。表情が見られないように、慌てて頭を下げる。正直屈辱ではあるのだが、彼の機嫌を損ねると商売がやりづらくなるのだから仕方がない。

 税金で養うのが勿体ない公務員というのは山ほどいるが、この男ほど腐り切った男はそうそういないだろう。ウェンですら、こいつのために税金を支払わなければならない日本国民に対し同情を禁じ得ない。

 この男は、恐るべきことに国会議員だ。その中でも群を抜いてヤバい、汚職議員。当然表向きは善良で優秀な議員として振る舞い、国民にもそう認知されている。噂じゃ、ちょっと渋めの顔つきがお茶の間の奥様方に人気なのだとか。世も末だ。

「これは先生、いかがなさいましたか?」

 乾がこの場の人間を代表して、聞いた。その顔にはヤクザには似合わぬ営業スマイルを浮かべている。

「もうすぐ、ここは戦場になります。失敗続きであることは申し訳ありませんが、最高の戦力を持って討ち果たすつもりです。今度こそ吉報をお待ちいただければ……」

「上っ面だけの言い訳は聞き飽きたよ」

 先生と呼ばれた男は嘆息する。

「スパイを捕まえたとか?」

「これは情報が早いことで……」

「女かな?」

 その問いから、ウェンがこの男が危険を冒してまでわざわざ来た理由を察した。

「その通りです。これから、情報を吐かせるつもりです」

「そうか」

 男は舌なめずりをする。

 この変態め、とウェンは心の中で罵る。

 この男は、ヤクザやマフィアが可愛く見えるレベルの悪党だ。そもそも、麻薬の大規模密輸のための査察官の籠絡も、この男のおかげだ。後は運び込んだ麻薬を売り捌き、その上前をはねていく。

 そういえば、女に暴行を加え、その罪を秘書にかぶせて自殺に見せかけて闇に葬り去ったと聞いたことがある。本物の悪人は、どこでも役人の中にあるものだ。

「案内してくれたまえ。何、君達の邪魔はしない。ただ、殺す前に楽しませてくれればそれでいいのだ」

 ――こいつ、犯罪者の百倍たちわりい!

 再度頭痛が襲ってきたウェンだったが、断ることも出来ず、男を捕虜の下へ連れて行くことになった。

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