第58話

 明智あけち達は目的地の近くで車を降りる。複数台の車を同じ場所に固めて停めると怪しまれるため、バラバラに車を停めた後、武器を持って集まる。

「揃ったな」

 勝連かつらたけしは参加メンバーが全員いることを確認した。明智以外の人員は、太刀掛たちかけひとし勇海ゆうみあらた雲早くもはやしゅう綾目あやめ留奈るな梓馬あずまつかさの五人。

 勝連達は目的のビル、ではなくその隣のビルへ、裏口から入った。ここで一度、諜報部のメンバーと合流する。まず、太刀掛と明智が先行し、残り五人が続く形だ。非常階段を降り、地下一階へ。扉を開けるため明智はドアノブに手を掛ける。

 ここで、明智は違和感を覚えた。右手はドアノブを握ったまま、左手でコルト・ローマンを抜く。

 それに合わせ、太刀掛も拳銃を抜いた。今回、太刀掛はローマンを明智に貸しているため、別の回転式拳銃を持ってきていた。S&W社のM10、通称ミリタリー&ポリス。通称が示すように軍・警察向けモデルで、一九八九年から百年以上もの間作られ続けている、同社のロングセラーモデルだ。太刀掛が使っているのは、二インチの短銃身の携行性重視モデル。

 明智がドアを開けると、男が立っていた。咄嗟に銃口を向けるが、引き金を絞るよりも早く、男が前のめりに倒れてくる。どうやら、死体がドアにもたれ掛かっていたらしい。首に、細いワイヤーのようなもので絞めた痕があった。

 この時、明智の脳裏で警鐘が鳴った。急いで視線を死体から周囲の状況に戻す。

 そして、明智の目が驚愕に見開かれた。死体に意識が行っていたほんの数秒の間に、見覚えのない人物が目の前に現れていたのだ。周囲の状況に耳は傾け続けていたのにも関わらず、一切足音が聞こえなかった。

 明智は左手のローマンをその人間に向けるが、次の瞬間に弾倉シリンダーを掴まれてしまった。ダブルアクションのリボルバーは、撃鉄を起こしていない状態でシリンダーを抑え込まれると、連動している部品が全て止まり、引き金を引いても弾が出ない。

「待て、名雪なゆき!」

 太刀掛が、その襲撃者に呼びかけた。

「……タチさん」

 攻撃態勢に入っていた人物が、動きを止める。相手が攻撃を止めたことで、明智に観察する余裕が生まれた。

 相手はなんと女性だった。陶磁のような白い肌、今もローマンを掴んでいる指は、武器を扱えるとは思えないほど華奢だ。指だけでなく、顎や鼻、目、そして体つきそのものが細い。留奈よりも暗めのアッシュブロンドの長めの髪を後頭部で結っている。

「とりあえず、名雪は手を離せ。そして、明智は銃を戻せ」

 太刀掛がM10をホルスターに戻しながら指示を出す。名雪と呼ばれた女性がようやく手を離してくれたので、明智もローマンを納めた。

 太刀掛がホッと息を吐きながら、

「驚かすんじゃない」

「……これは失礼」

 女性は頭を下げると、今度は明智を見る。

「顔を合わせるのは初めてだな。新人の明智真だ。

 明智、彼女は、名雪なゆき琴音ことね。諜報部に所属している」

「……よろしく」

 そう言って、名雪が明智に右手を出した。女性としてはやや低い声だ。

 明智も釣られて手を出し、握手を交わす。

花和泉はないずみと一緒に行動していると思っていたが?」

「……まずは、奥へ」

 言葉少なく、名雪が誘導する。明智は、彼女が移動するときにほとんど足音を出していないことに気付いた。先程も彼女の接近に気付かない――いや、気付けなかったことを考えると、彼女の特技なのだろう。

 名雪を加えた八人が、ドアの奥へ進んでいく。

「ところで、さっきの死体はなんだったんだ?」

 勇海が名雪に尋ねる。

「……霧生きりゅう組。ここにも見張りを配置していた」

 淡々と名雪が答える。先程の会話でも思ったが、彼女はかなり口数が少ないらしい。

「ちっ、抜け目のない奴らだ」

 勇海が一人文句言っている中、名雪の誘導により、遂に目的地に到達した。そこで、一人の女性が出迎える。

「あら、遅かったわね」

「新人のこと伝え忘れていたから、一悶着起きた」

「それは災難ね」

 鮮やかな金髪を揺らしながら、女が笑う。

「おっと、笑っている場合じゃないわね。

 初めまして、花和泉はないずみみゆきよ」

 こちらも、明智に対し握手を求めてきたため、再び明智は握手で応対する。

「準備は?」

「すでに」

 勝連の短い問いに、短く返す花和泉。

 花和泉が指した先を見ると、コンクリートの壁に、黒くて細長いゴム状のコードが貼り付けてある。コードが描く形を辿ると、人一人分の大きさの楕円を描いている。

「もしかして、プラスチック爆弾か何かですか?」

「イエース」

 明智の疑問に対し、花和泉が答えてくれた。

「この壁の先は、連中の施設の地下室に続いているわ。ここに穴を開ければ、そのまま通れるわ」

 どんな工事だ、と明智は思いつつ、

「ただ、こんな密閉空間で爆薬使って大丈夫なんですか?」

 ここは地下だ。派手な爆発を起こそうものなら、爆風と炎で通れなくなりそうだし、何より崩落が怖い。

「ご心配なく。これは『ブレード』っていう爆薬なんだけど……まぁ、ノイマンだの、モンロー効果だのって、説明が難しいのよね……」

 花和泉が嘆息する。

 確かに、日常生活ではまず聞くことのない単語である。

「ざっくり言うと、中に二つに折れ曲がった金属板とプラスチック爆弾が入っていて、爆発させると、高温で溶けた金属が噴き出して、コンクリートとかを切るのよ。あれね、ウォーターカッターみたいなものね」

 なるほど、わかりやすい。

 明智が納得している間に、全員が武器を整える。

 太刀掛の主武器は、レミントン社製M870ショットガン。警察・軍用問わず活躍する、現代のポンプアクション式ショットガンの代表格だ。サイドアームは、先程も構えたS&W M10ミリタリー&ポリス。

 勇海は、オケアノス号でも使用していた、SIG社のSG552カービン銃を装備する。コンパクトで高性能、レールシステムでフォアグリップとダットサイトを装着している。そして、ホルスターには愛用のS&W製の回転式拳銃を納めている。

 勝連は、室内戦には不利なM14ライフルではなく、短機関銃を装備していた。ドイツのH&K社製UMPサブマシンガン。世界的シェアのMP5短機関銃の約半分のコストで調達出来る上、レールシステムにより拡張性も高く、複数の弾種に対応出来る。勝連は愛用の拳銃、M1911ガバメントと弾薬を共通化させるため、.45ACP弾モデルを使う。

 梓馬は、ベルギーの特殊短機関銃FN P90と、共通の弾薬を使うFive-seveNピストルを装備。

 ルナと花和泉は、明智同様、B&T社のMP9サブマシンガンを取り出す。

「受け取れ、ユッキ」

「……ありがとう」

 雲早が二丁のライフルを取り出すと、片方を名雪に渡した。ロシア製のアサルトライフル、ASヴァル。機関部から銃身の代わりに太いサプレッサーが伸びたような銃。銃身一体型の大型サプレッサーと低速ながら防弾ベストを貫く特殊弾頭を組み合わせることで、発射音を対象に感知させることなく一方的に射殺できる。まさに隠密作戦向けの銃だ。

「よし、総員配置に着いたな?」

 勝連が他のチームと無線でやり取りする。一通り確認を終えると、指示を出す。

「花和泉、起爆準備!」

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