第57話

 ――数時間前――


『――まもなく目的地点に到達。これより、敵拠点への同時攻撃を開始する』

 移動に使っているワゴン車の中で、防衛省特殊介入部隊隊員、明智あけちまことは指揮車に乗る勝連かつらたけしからの指示を聞いていた。

 防衛省特殊介入部隊――通称MDSIの諜報部が情報を持ち込んだのが、つい一昨日のことだ。情報によれば、先日制圧した麻薬密輸船――オケアノス号を裏で操っていた福建マフィア黄鱗おうりん会と、手を組んでいる関東指定暴力団霧生きりゅう組が、前線基地として使っている施設が判明したというものだった。その数は全部で五カ所。オケアノス号の一件に焦ったか、戦力を集めているとのことだった。

 そこで、MDSIは五カ所全てを同時に攻撃することに決めた。全国に散らばる支部からも隊員達を召集し、一気呵成に全滅させる。明智真もそんな殲滅戦の一つに参加した形だ。

「よし、戦闘準備!」

 太刀掛たちかけひとしが号令と共にレミントン社製M870ショットガンのフォアエンドを引いて初弾を薬室に送り込む。

 明智あけちまことも自分に与えられた武器を手に取った。

 スイスのブルッガー&トーメ社のMP9短機関銃。オーストリアのシュタイアー社製TMP短機関銃の改良品だ。TMPはドイツのMP5短機関銃の対抗馬として開発され、プラスチック製の軽量かつコンパクトなボディ、より反動の軽い発射方式、低価格の三拍子を揃えていた。だが、出た頃にはすでにMP5で市場が飽和していたため、数年後には製造権をB&T社に売り渡す羽目になった。B&T社が生産の上で、脆い部品の強化や折り畳みストックの追加を行っている。さらに元々銃器の拡張用アクセサリを製造している同社ならではの、レールシステムを利用した豊富な拡張性が魅力だ。

「マコト」

 助手席の綾目あやめ留奈るなが声を掛けてきた。

「何か?」

「……この前の、密輸船で、接近戦を強いられたって聞いたわ」

「それが?」

「いや……まぁ、切り抜けたってのは兄さんから聞いたけど、そういった場面で使える武器がないと不便よね?」

「まぁ、確かに」

 ちなみに、そのときの明智は偶然握っていた予備弾倉を鈍器代わりに戦っていた。

「なら――」

「そうだ、明智、これを渡すのを忘れていた」

 ここで、太刀掛が割り込むと、明智に一振りの脇差しを差し出す。

「直ったんですか!」

 明智は脇差しに注意が向く。

「あぁ、刃こぼれを起こした部分は、元通りだ。一応、確認するか?」

「それでは、失礼して」

 明智は懐紙を口にして、脇差しを抜いた。根本に表れている緩やかな波打ちーーのたれと、そこから切っ先まで伸びる直刃すぐはの波文。かつて持っていた銘を消されることで現代まで生き残った妖刀ーー村正の脇差し。

 先日、霧生組の幹部である宍戸ししどとの死闘の際、相手の裏を掻くために無茶な防御を行った。それが原因で刃こぼれを起こしてしまったが、戻ってきた今はその痕跡も残らぬ程見事に修復されていた。

 そのことを見て取り、満足げに明智は刀を脇差しに戻す。

「しかし、これを俺が使い続けても?」

「構わんよ。お前は使いこなして見せた。剣って奴は、蔵の奥に大切に押し込んで置くもんじゃない、使ってこそ意味があるものだ」

「分かりました」

 明智が受け取った脇差しをベルトに固定していると、

「お二人さん、盛り上がっているところ悪いけど、無視はしないであげてー」

 と、運転している梓馬あずまつかさが声を掛けた。

 その言葉で明智は我に返る。

「そうだった。ルナ、すっかり話を切ってしまったが……」

 思い出して、明智からルナに話しかけると、すっかり不機嫌になっていたルナが、無言であるものを渡してくる。

「……折りたたみ警棒?」

 元が警察官だった明智には馴染みのあるものだった。今は二十センチ程の短い棒だが、ボタン一つで展開し、接近戦で使用出来る打撃武器インパクトウェポンと化す。

「この前の船もそうだけど、相手はいつも銃を撃ってくるだけとは限らないわ。ひょっとしたら、待ち伏せしている敵が、死角から斬りかかってくることもある。そうなったら、銃を撃つ暇なくあっという間に急所をやられるわ」

 と、ルナが早口で忠告する。

「そのために、これを?」

 明智がルナと警棒を交互に見比べて尋ねる。

「ま、そんな立派な剣があるんですもの、無用よね」

 子供が拗ねたような口調で、ルナが吐き捨てる。

「いや、折角だから使わせてもらうよ。ありがとう」

「……どういたしまして」

 そう呟いて、ルナはそっぽを向いた。

 その様子を横目に、思わずと言った形で吹き出す梓馬。



「……仲良さそうだな」

 明智達の様子を、無線越しに聞いて、雲早くもはやしゅうが呟く。

「お、どうした突然」

 助手席に乗っていた勇海ゆうみあらたが、雲早の発言に驚く。

「いや、あの毒舌家が、少し丸くなったかな、と思ってな」

「そりゃ、教官としての心配かな?」

「……ま、そんなところだ」

 雲早は勇海の問いに適当に返した。勇海もそれ以上は聞かず、「ふーん」と茶を濁す。

 ルナがMDSIに入ってきたとき、雲早が彼女の訓練を担当していた。ルナは持ち前の毒舌や皮肉が元で、随分と組織に馴染むのに苦労したものだ。そんな教え子のことを知っているからこその発言だろう、と勇海は考えた。

(まぁ、こちらとしちゃあマコトの奴がもうちょっと馴染んでくれたらありがたいんだけどねぇ)

 勇海としては、明智が周囲に作っている壁を問題視している。

 彼の経歴は知っている。何せ、スカウトしたのは勇海なのだから。生きる意味を失い、死を求めていた男を無理矢理別人に仕立て、こちら側の世界に引き込んだのは、確かにこちらの勝手な思惑だ。

 だが、決断した以上は、ある程度こちらの色にも染まってもらわないと困るのも確かなのだ。それが元で周囲に被害が出ないとも限らないし――何より、彼自身が傷つく可能性だってあるのだ。

「もう着くぞ、ユーミ」

 物思いに耽った勇海を、運転していた雲早が呼ぶ。

 ――いかんな。

 勇海は意識を切り替えると、愛銃を手に取った。

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