第59話
「カウント、5、4、3、2、1、起爆!」
「起爆!」
先程の花和泉の説明の通り、「ブレード」が炸裂すると、噴き出す高温高圧のメタルジェットが激しい火花を撒き散らしながらコンクリートの壁を溶断する。
「状況開始!」
勝連の号令と共に、
「おい、何だ今の音?」
コンクリートを倒す音を聞きつけたか、二人ほどの男が駆けつけてくる気配があった。
雲早と
もう一人は、名雪が対処した。懐に伸ばそうとした男の手を素早く掴むと、一瞬で間接を極め、次の瞬間には男の身体が宙を舞う。合気道に見られる「崩し」の技だ。あまりの早さに、技を受けた男も周りで見ている人間にも何が起きたのか認識出来ない。背中から床に叩きつけられた男が、先程の男と同じように絞め落とされる。
気絶した男達の懐を探ると、中国製のトカレフ拳銃が出てきた。ここには、
気を失った男達は、手足をワイヤーで拘束して転がしておくことにして、先へ進む。先頭は名雪が進み、左後ろに
しかし、この名雪という女性、すぐ後ろについているというのに、足音一つ明智の耳に届かない。確かに目の前にいるのに、音が一切ないのがとても不気味だ。
部屋の入り口に近づいたところで、名雪が左手を後ろへ伸ばし、明智の胸板を音もなく叩く。「止まれ」の合図だ。
「……スライドを引く音が五つ、セーフティを外す音が二つ、コッキングハンドルを引く音が三つ、刃を鞘から抜く音が二つ……」
名雪がスラスラと、部屋から聞こえたであろう音を並べていく。明智の耳は、そのような音を一切感じなかった。
明智が内心驚いていると、
「驚いたでしょ? ユッキは音にとっても敏感なの。自分が立てる音を煩わしく思うくらい、ね」
と、花和泉が明智の心を読みとったように補足してくれる。
一旦、来た道を戻った。
「敵の正確な配置は?」
勝連は冷静に名雪に尋ねる。
「……残念ながら、分かりません」
「まぁ、この部屋……いや、見取り図だとスタジオ、か? ちっちゃいライブに使うんだ、防音仕様なんだろうよ」
名雪に対する慰めのつもりか、雲早が説明してくれた。
防音ならどうやって聞き取ったんだ、と一瞬明智は疑問に思ったが
部屋の入り口の扉を注視すると、わずかに開いている。うっかり近づいたまま話し合っていたら、こちらの会話も筒抜けだったんだろうな、と思う。
「防音ねぇ……壁って結構分厚い?」
突如、勇海が問いを口にする。
「いや? 壁自体が厚いんじゃなくて、防音素材を使っているだけだな。それが?」
「そういうことね。で、ナイフ抜いている奴がいるとしたら、まぁ、奇襲目的で入口、ってとこか」
一人で納得しながら、勇海がSG552カービンを構える。
――何をする気だ?
明智がそう考えたのも束の間、
「皆、伏せていろ!」
と、警告と共に勇海のSG552が火を噴いた。入口付近の壁に向けてフルオートで弾をばらまく。壁に弾痕が生じ、破片がぱらぱらと崩れる。そして、ライフル弾が貫通した穴からくぐもった悲鳴がした。
「ビンゴ!」
勇海が叫ぶ。
すると、ボロボロになっていた入口のドアが蹴り飛ばされ、ナイフを握った男が突撃してきた。
咄嗟に、明智は右手で特殊警棒を抜いた。ボタン一つで展開すると、ナイフを握った手を殴打する。骨が砕ける音と共にナイフが床に落ちた。
だが、男は得物を失っても、そのまま明智にタックルを仕掛けた。明智が押し倒される。
そこへ、横から
明智が立ち上がろうとするが、
「バカ、伏せなさい!」
ルナが明智の襟首を掴んで、再び明智を倒す。
次の瞬間、部屋の中から銃撃が始まり、壁が蜂の巣と化した。ルナの助けがなかったら、今頃明智も穴だらけだ。
「もっとスマートに出来ないのか、ユーミ!」
銃声に混じり、雲早が怒鳴った。
「どうするつもりですか?」
「そうだな……イズミ、プランBだ!」
「あるわけないでしょ!」
花和泉が言い返しながら、C4プラスチック爆弾を取り出し、壁に貼り付ける。
「離れて!」
警告の後で、起爆。大慌てで爆薬を仕掛けた割に、この場の人間を巻き込むことなく、壁に穴を空けるという目的を見事に果たしている。咄嗟の状況判断からの手段構築、爆薬量の調節に関して、味方ながら恐ろしい技量だ。
「フラッシュバン!」
花和泉が言い終わらないうちに、ルナと梓馬がスタングレネードを取り出し、安全ピンを抜く。二人は花和泉が空けた穴から投げ込んだ。
数瞬後、部屋の中から爆発的な音が響き、壁の穴という穴から閃光が漏れる。
中からの銃撃が止んだ。
「Go! Go!」
勝連が叫びながら、花和泉の空けた穴からUMP短機関銃を発砲する。
明智達は入口まで駆けると、室内へ突入を掛けた。
入口に入ったところにはナイフを握った死体が転がっており、銃を所持した敵が目や耳を押さえながらもがいている。相手が反撃する前に、次々と撃った。明智は近くの男の胸へMP9短機関銃を短連射。太刀掛もM870ショットガンをぶっ放した。散弾のいくつかがスタジオ内に設置されたドラムのシンバルに当たり、甲高い音を上げる。雲早と名雪がASヴァルを発砲し、音もなく敵を貫いていく。
十秒と経たぬうちに、戦闘とも呼べぬ一方的な殺戮が終わった。
「これで全員?」
ルナが近くに倒れている男に止めを刺してから尋ねる。
「この部屋はそうみたいだな」
勇海が答えつつ、何か考える仕草をする。
「どうしたの?」
部屋の外で警戒していた梓馬が尋ねる。
「いや……シュウ、こいつらについてどう思う?」
勇海は雲早に話を振った。
「弱すぎる」
即答だった。
「イズミ、アズサ、敵は?」
「降りてこないわ」
廊下で警戒を続けていた花和泉と梓馬が答える。
さらに考え込む勇海。
「どうした、勇海?」
勝連が思わずといった形で聞くが、
「いえ、ひとまず、地下のクリアリングを優先しませんか?」
と、勇海が進言する。
「うむ、そうだな」
勝連が勇海の意見を聞き入れ、地下の各部屋を探索する。二、三人ずつに別れ、慎重に内部を調べていくが、先程の大部屋と違い、人っ子一人見当たらなかった。一部屋調べ終わるごとの「クリア」の声だけが耳の無線機に響く。
やがて、最後の部屋も調べ終わる。
「……不気味ね」
ぼそり、と名雪が呟く。結局、地下で倒した敵はあの防音室内に集まっていた連中だけだ。
「上から降りてくる様子もない」
階段付近を警戒していた花和泉が報告する。
「一人くらい、地下の異変に気付いて来てもよさそうなものだけど」
ルナが指摘する。
「それだけ、俺達の奇襲が完璧だったってことかな?」
肩を竦めながら勇海が言う。もっとも、本心で言ってないことは明らかだ。
隣の建物の地下から爆薬で穴を空けて地下から攻める――普通なら簡単に考えつかない上に、実行まで移す人間もまずいない。こんな奇策に警戒もしてないのだから、相手が冷静に対処出来ないのも、理解は出来る。
だが、と明智は考える。冷静に対処できないなら、上から増援が大慌てで駆けつけるのが普通じゃないだろうか? なのに、未だに一人として増援が現れない。
「いかがしますか?」
雲早が勝連に指示を仰ぐ。
数秒か、それとも一分以上か――永く地下で活動したことで時間感覚が半ば麻痺した状態で待つと、勝連が口を開く。
「地上の制圧に移行する。
ただし、相手の待ち伏せの可能性が限りなく高い。警戒は厳に」
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