第56話

 煙幕が視界を塞ぐ中、一斉に男達が懐から拳銃を抜いた。中国製トカレフやマカロフだ。

「はっ!」

 まず、さつき里緒りおが動いた。一度右の踵を床に叩きつけ、上段回し蹴りを放つ。右の爪先が虚空に円を描く。近くにいた男二人の傍を足が通過すると、一拍置いて首筋から鮮血が噴き出した。里緒の爪先から伸びている仕込み刃が、赤く濡れている。次に踏み出しながら再度右足を上段に蹴り上げた。三人目の男がトカレフを撃つ間も与えられず、太股から胸まで斬り上げられる。

 今度は、レイモンドが動く。一番近くにいた男の胸に飛び膝蹴りを放った。鳩尾を打たれて呼吸が止まった男の顔面に、拳を叩き込む。

 そして、もう一人の男の右手首を掴んだ。拳銃を抜いた手を力任せに引っ張り、力任せに投げ飛ばす。男が従業員を巻き込みながら、階段傍の観葉植物の鉢に激突した。

「野郎!」

 男がマカロフを撃った。レイモンドの左胸に弾丸が命中する。

「痛ぇな、この野郎!」

 レイモンドが怒鳴りながら、煙幕を吐き終わったコンテナから、隠してあった武器を取り出した。愛用のショットガン、フランキSPAS15を、マカロフを持った男にぶっ放す。拳銃とショットガンでは、アマチュアとプロのボクサーの放つストレート並に威力に差がある。鳩尾に一粒スラッグ弾の一撃を受けた男が、後方に吹っ飛んだ。

「レイ、大丈夫?」

 片付け終わった里緒が、心配そうに尋ねる。

「どうってことねぇ。かすり傷にもならん」

 男の放ったマカロフ弾は、上着の下に着込んでいた防弾ベストが止めていた。

 里緒はホッとすると、コンテナから自分用の武器を取り出した。ベルギーFN社製、P90短機関銃。独特な形状の中に、貫通力に優れた5.7mm特殊弾を五十発詰め込んだ、特殊火器。

 里緒がP90のコッキングレバーを引き、薬室に初弾を込めたところで、階段の上から足音が聞こえてきた。先程の銃声に、上の階にいる霧生組構成員達が降りてきたのだ。

 二人は、階段の前で待ち構える。

 銃を持った男が現れたところで、レイモンドがショットガンを撃った。胸に命中した男の身体が一瞬浮き、後ろの壁と激突する。

 後続の男達に向け、里緒がP90の短連射を加えた。先陣を切った構成員達の血煙や壁の破片が舞うのを見て、上からの人間の流れが停まる。

 足止めしていると、二階から別の銃声と悲鳴が轟いた。



 少し時は巻き戻る。

 進入路を確保したアルファ――英賀あがあつし弦間つるまたくみの二人は、ブラボーの合図を待っていた。

 そして、ホテルのロビーから銃声が聞こえた。

 匠が起爆装置を作動させた。窓を守る鉄格子の周りに仕掛けたプラスチック爆弾が炸裂する。鉄格子がなくなった窓から二人は室内へ侵入した。トイレを抜け、辺りを確認。敵がいないことを確認しつつ、非常階段へ向かう。二階まで駆け上がる間も、敵と遭わなかった。

 非常階段の二階出口で、様子を見る。霧生組や黄鱗会の構成員達が、一階ロビーと繋がる階段の前で、銃器を構えて固まっていた。

 英賀は背後を警戒する匠に、ハンドサインで敵の人数と、こちらに気付いていないことを伝える。

「GO!」

 二人はP90を手に二階に踏み込むと、フルオートで弾丸をばら撒いた。ロビーのレイモンド達に気を取られていた男達が、次々と倒れる。奇襲が成功し、あっという間に階段前に集まっていた敵が全滅した。

 英賀が息のある者がいないか確認するため前進し、匠は再度周りを警戒する。

 そのとき、個室のドアが乱暴に開き、男が飛び出した。匠が咄嗟にP90の銃口を向けるが、引き金を絞る前に男がP90を掴む。

「ちっ!」

 匠は思わず舌打ちし、奪われかけているP90に左手を伸ばす。弾倉を抜き取り、コッキングレバーを引いて薬室内の一発も強制排出した。これで、奪われても撃つことが出来ない。

 男がP90についている携帯用のスリングを匠の首に架け、絞めようとする。

 匠はP90を手放し、ナイフを抜いた。スリングを切ると、男の脚に突き刺す。悲鳴を上げようとする男の顔面に掌底打を繰り出した。鼻を潰した男の襟元を掴むと、引き寄せながらコンパクトな膝蹴りを鳩尾にお見舞いする。

「死ねぇ!」

 叫びとともに、ドアの開いた部屋から銃が乱射される。

 匠は咄嗟に男を弾除けにした。そして、愛用の拳銃を抜くと同時に安全装置を解除する。FNハイパワー・ピストル。一九三五年から二〇一八年の生産終了まで、百万丁を越す数が作られた。現代オートピストルの基礎的な要素で構成された拳銃であり、先進国・途上国問わず未だ現役で使われ続けている。9mmパラベラム弾使用、十三発装弾。

 盾の男の身体に着弾し、銃弾が体内で停止した。匠は死体の陰からハイパワーを持った右手と右目だけを出して、三度引き金を絞る。二発は胸で鮮血を弾かせ、最後の一発が男の眉間を貫いた。部屋の中には、もう生きている敵は残っていない。

「大丈夫ですか?」

 他の部屋の敵と撃ち合っていた英賀が尋ねた。

「大丈夫だ、問題ない」

 そこへ、レイモンドと里緒の二人が二階へ上がってくる。

「一階は片付けた! そっちは?」

「二階のクリアリングが終わったところです」

「なら、後は三階ね」


 二階で合流した英賀あが達四人は三階に上がった。先頭はレイモンド、二番手に英賀が続く。三階からは、断続的に銃声が響いてくる。

 慎重に上がっていくレイモンドの前に、降りてきた男がはち合わせる。よっぽど慌てていたのか、レイモンドの姿に驚きながら持っていた拳銃の銃口を上げる。レイモンドは咄嗟にSPAS15の銃床で、男の銃を握る手を殴りつけた。拳銃が飛び、壁に跳ね返って階下に落ちていく。レイモンドは散弾銃で男を抑えつけるように組み合った。

 レイモンドが男を抑えている間に、英賀は一気に階段を駆け上がった。上がった先で、もう一人の男が、英賀へ銃口を向ける。

 英賀は身を沈ませながら、男の拳銃を握る手を下から掌底で弾く。男の手が跳ね上がる。発射された弾丸が英賀の髪を数本巻き込みながら壁へ穴を穿った。英賀が男の胸にP90の銃口を押しつけ、引き金を絞る。貫通した弾丸と引きずられた肉片が、階段を真っ赤に染める。

「アガくーん、避けて!」

 絶命した男を退かしていると、三階を制圧していた望月もちづきから警告が発せられる。

 ちょうど英賀の頭の横の空間を、望月が蹴り飛ばした敵が通過し、壁に激突した。

「無事?」

「なんとか」

 望月に答えつつ英賀が振り向くと、骨が折れる音と共にレイモンドと組み合っていた男が絶命した。

「こちらも大丈夫みたいです」

「当然だろ」

 英賀とレイモンドが三階に上がり、別の部屋を制圧していた姫由ひめよし久代ひさよ杏橋きょうはしくすのが合流した。四階以降には人一人もいないから、これで殲滅したはずだ。

 英賀が撤退の指示を出そうとしたときだった。口元に手を当て、眉間に皺を寄せて考えごとをしている久代ひさよの姿が目に入る。

「どうしました?」

「いえ……」

 久代は問いに一度は否定で返すが、

「ヒサ、何かあるんならちゃんと言った方がいいわ」

 と、望月が発言を促した。久代は「なら」と覚悟を決めたか話し始める。

「今回、霧生組、黄鱗会の、いわゆる『前線基地』を潰しに我々は来てるんですよね?」

「……質問に質問で返すのはどうかと思うけど、まぁそうね」

 望月が頷き、他の面々も続く。

 今回の任務は、霧生組・黄鱗会の動きを探るために潜入していた諜報部隊員が、兵員、武器、そして売り物としている麻薬を保管する拠点の情報を得てきたのが始まりだ。探り出した拠点は複数あり、何チームかに別れ、同時に攻撃している。今も、別のチームが別の拠点を殲滅しているところだろう。

「それが?」

「……拠点にしては、敵の武装が弱すぎませんか?」

「……何?」

 思わず声が漏れる。

「確かに、人数は結構いましたが、その大半の武装は拳銃だけです。部屋を簡単に調べても、ライフルはおろか短機関銃もない」

「仮にもホテルとして成り立っているから、派手に用意できないんじゃ?」

 楠が疑問を口にする。

「ここは実質霧生組が管理しているわ。いわば、ヤクザの組事務所と同義でしょ? 一般人にバレる危険性もないから、武器弾薬を置いておくのも楽のはず……」

「言われてみれば奇妙ですね」

 久代の指摘を受け、英賀は嫌な予感がした。

 ――査察官を買収して大規模な密輸を敢行するような連中が、こんな詰めの甘いことをするだろうか?

 英賀が向かいのビルで待機している力石りきいし通津つづに連絡を入れようとするが、その前に無線が鳴る。

「何事ですか?」

『敵の増援!』

 短く、力石からの警告。

 英賀は近くの部屋に駆け込むと、窓の外を見る。

 複数台の軽トラックが、猛スピードで走ってくると、ホテルを囲んだ。どのトラックの荷台にも、大きな布で包まれた何かが積まれている。停まったトラックの荷台に、人が乗り、その包装を解いた。荷台のものの正体が分かり、英賀は呻く。

「皆、伏せろ!」

 包装が解かれたPK機関銃が、一斉に火を噴いた。

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