第55話
東京都某区のビル街外れの、マンションやアパートが建ち並ぶエリア――この辺りは二〇二〇年のオリンピックに合わせ、次々と高層マンションやアパート、ビジネスホテルなどが建てられた。オリンピックによる需要を見込んでのことだ。確かに、一時的に人は集まった。だが、オリンピックが終わってしまえば、減り続ける東京の人口に対して、マンションもホテルも過剰供給だった。
二〇三六年現在、無用の長物と化したマンション群は不動産価格の暴落を招き、今では半分スラムのような有様となっている。
「日本は治安がいい、なんて言われていたの、本当何年前なんでしょうね」
とある五階建てのマンションの屋上で、防衛省特殊介入部隊隊員、
「治安はいい方だろう……犯罪件数は少ないからな、表向きは」
通津の呟きに素っ気なく返しながら、
「さて、あれが例の連中のハウスですか」
通津がセットした望遠鏡を覗く。
「そうだな」
力石もライフルの二脚を立て、伏射の姿勢をとった。
二人がレンズ越しに観察しているのは、向かいの五階建てのビジネスホテルだ。元は築年数が二〇年近く経っていた古いマンションを、ビジネスホテルに改装した建物で、一階は事務所とロビー、二階以降各階に四部屋ずつ客室がある。四階と五階はカーテンが開けっ放しで、中に誰もいないことが分かる。一方で、二階と三階の部屋は、真っ昼間だというのに、窓のカーテンが閉まっていた。これでは中の様子が分からない。
「仕方ない、秘密兵器を出しますか」
通津は望遠鏡を覗くのを止め、望遠鏡を出したのとは別のケースを開く。そこから出てきたのは、タブレット型のモニタと手の平に乗るサイズのラジコンヘリ――ブラック・ホーネット。ブロックス・ダイナミクス社が軍・警察向けに開発した超小型の偵察システムだ。ローター直径一二〇ミリ、重量わずか一六グラムの無人回転翼型無人機で、小型カメラを内蔵。コントロール装置と一体化したディスプレイ装置で、画面に投影されたカメラ画像を見ながら操作を行う。
通津はコントロール画面を叩いた。GSPと慣性航空装置を用いたナビゲーションを用い、偵察機を飛ばす。飛ばした偵察機が、対象のビルの窓に近づく。ローターそのものが小さいため、虫の羽音程度の音しか発生しない。中の人間にバレる心配はほとんどなかった。
偵察機のカメラが写した画像が、モニタに現れる。閉まっているカーテンに、わずかに隙間があった。そこから部屋の内部の画像を撮り、拡大した。そこには、
ある程度無人機を飛ばし、見ることが可能な部屋の様子を一通り確認。力石が、無線機の送信をオンにした。
「こちら、デルタ。アルファ・ブラボー・チャーリー応答願う」
「こちらアルファ」
まず、無線に出たのはアルファの
『各部屋の状況を視認。五階と四階は無人。三階三〇二号室と三〇三号室に六人ずつ、三〇五号室に――』
デルタが偵察の結果を読み上げ、英賀はその内容をホテルの見取り図と照らし合わせていく。
『――以上』
「ありがとうございます」
英賀が礼を言うと、
『おい、チーフさんよ、一々部下に敬語使ってたんじゃ示しがつかねぇぜ。もっと堂々としないとな』
と、ブラボーから連絡が入った。
『そうね。上官だもの、しっかりして欲しいわ』
さらに、チャーリーから辛辣な意見が飛んでくる。
「そうは言われましても、僕は貴方方に比べれば若輩者なんですよ、レイモンドさん、姐さん」
と、少々情けない声が出たが、
『そんなことは関係ないだろ』
『そうよ、上官と部下、そこに年齢は関係ないわ』
『あんま下手に出ていると、後ろのタッくんにすら下に見られっちまうぞ』
「安心してください、いくらなんでも上下関係ぐらい弁えてますよ」
と、
――何とも、やりづらい。
英賀は頭を抱えたくなった。努力の甲斐あって幹部まで昇進することになったが、この関東本部には先輩にあたる人間がかなりの割合でいた。ここにいる人間で、自分の後輩にあたるのは、通津と匠、そして
思わず溜め息を吐くと、
『落ち込んでいるところすまないが、指示を願う、チーフ』
と、力石から再度通信が入った。
「おっと」と、英賀は今の自分の役割を思い出す。さすがに気分を沈めている場合ではなかった。副指揮官に任命された以上は、責任は果たさなければならない。
「まず、レイモ……じゃなかった、ブラボーが正面から入り、敵の注意を引きます。その隙に我々アルファが裏手から侵入。ブラボーと合流し、一階、二階の順に制圧します。チャーリーは合図とともに三階を制圧後、二階へ。その間、デルタは監視をお願いします」
『狙撃援護は?』
英賀のプランに対し、力石からの問い。
「可能なら、と言いたいところですが、ギリギリまで発砲は控えて、逐一状況を伝えてください」
『了解』
「では、配置につきます」
英賀と匠は移動を始める。すでに、進入路は検討済みだ。ホテル一階のトイレの窓に目をつけている。鉄格子で厳重で守ってあるが、その代わりに防犯装置が見当たらない。
匠が乳白色に近い粘土の固まりのようなものを、ナイフで小さく切り分けて鉄格子に貼り付けた。起爆のための信管を挿し、コードを伸ばして距離を取る。
「それでは、ブラボー、お願いします」
「ちわー! 三〇三号室の伊藤さんにピザの宅配でーす!」
ピザ屋に扮した
そのままエレベーターまで進もうとしたところで、ホテルのフロント係が止めに入った。ホテルの従業員にしてはやけに目つきが鋭い。
「お待ちください。何ですかそれは?」
「おぅ、見て分からないか? 宅配のピッツァだぜ」
ピッツァの部分だけ流暢なイタリア語を挟んだレイモンドがさらに台車を進ませようとすると、
「許可のない人は通せません」
「キョウカノナイヒトワ、ねぇ……あんた分かってないの? アタシ達は熱々のうちにピザ届けなけりゃ、給料からピザ代さっ
里緒が抗議していると、周囲に人が集まってくる。
レイモンドは視線を走らせ、人数を確認した。その数六人。上着の肩から脇辺りの膨らみから、銃を隠し持っていることが察することが出来る。
「何だ、あんたら?」
「それはこっちの台詞だ。ピザなんか頼んでねぇ」
「怪しい奴らだ。何者だ?」
上着のボタンやチャックが開き、中には懐に手を伸ばしている者もいる。
レイモンドと里緒は一瞬目を合わせる。アイコンタクトを済ませると、
「さっきから言ってるでしょ?」
「ピザの宅配だ」
周りを囲んでいる男達の殺気が膨らんだ。
レイモンドは咄嗟に台車のブレーキレバーを踏みつける。
次の瞬間、コンテナの蓋が吹き飛び、中から大量の白煙が吐き出された。
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