第54話
町外れの廃棄された病院の駐車場に、一台の車が停まった。
その病院は、地元の暴力団との癒着が明るみになった後に院長が辞任。それをきっかけに立て続けに手術ミスの隠蔽や看護師への悪質なパワハラなどの事件が世間にばれ、いつの間にか潰れてしまった。あっという間に廃墟当然と化した病院は、今やテロリスト達の前線基地となった。
ヨーロッパ系テロリスト集団ナインテラー、関東指定暴力団
車から降りたのは、霧生組の若頭補佐、
「お待ちしていました」
待合室に入ったところで、先客が出迎えた。
ジー・イーシャンという、応鱗会に所属する初老の男だ。
「先生が苛ついているぞ」
待ち人に対して、乾が吐き捨てた。
「いくら何でも、今回のミスはまずい」
「……オケアノス号の一件ですな」
ジーが額に汗を滲ませながら言う。
「それに、あの査察官の口封じもだ。よりによって失敗するとはな」
「計算外なことが重なったのです」
乾の舌鋒をかわすため、ジーが言い訳を始めた。
「こちらは腕に覚えのある若手二十人に、ナインテラーから貸してもらった殺し屋達……本来なら、容易く殲滅できたのです、日本の練度の低い留置場の警備員どもなど!」
「だが、失敗したではないか」
乾が額に青筋を浮かべる。
「たかが留置場の人間を殺したところで、大した打撃にならん! 失った戦力の方が、遙かに大きいぞ!」
「それはこちらも重々承知のこと。少し、落ち着かれてはいかがかな、Mr乾?」
この待合室にまた一人男が現れる。
視線が現れた男に集まった。ジーが慌てて頭を下げる。
ウェン・ユンファ。
ジーの上司であり、福建省に本拠地を置く黒社会の幹部にして麻薬密売部門のトップ。もう老人と言っていい年齢だが、背筋が伸び、動きも若々しい。厳しい風雨に耐えてきた古木の年輪の如く、顔のあちこちに皺が刻み込まれている。
「日本の警察組織など、大したことないと思っていましたが、どうやら別に邪魔者が出てきている」
「そう考えるのが妥当だ。ナインテラーも、幹部が二人やられた。俺達も
一月前、霧生組とナインテラーの武器取引に対する強襲から始まる、謎の特殊部隊による攻防。ナインテラーの幹部を匿っていた組長の別邸を襲撃され、警護していた金牛会を尽く抹殺しされた挙げ句、警察の護送部隊を襲撃したナインテラー・霧生組の混合軍が殲滅された。
「奴ら、普通じゃない」
「その通り。ただ、普通でないのは我々も同じことです」
と、ウェンは微笑む。
「そいつらが何者であれ、目障りなことに変わりはない。霧生組、そして我ら福建の黒社会がアジアを牛耳っていく上で、邪魔になるものは容赦なく叩き潰す。幸いにも、ロシアと韓国の同盟組織から援軍ももらったからな」
「だが、どうするつもりだ? 奴らの具体的な正体まで、俺達は掴んじゃあいない」
と、乾は懸念点を口に出した。戦力が揃っていても、肝心の情報ーー敵の居場所が分からなければ動かしようがない。
「鼻薬嗅がせた連中に情報提供させているが、有益な情報が入ってこない」
「逆に考えるのです。調べても分からない、ではなく、相手に直接教えてもらえばいいんだ、と考えるのです」
「は?」
ウェンの言葉に乾は怪訝な眼を向ける。教えてもらうなど、本気で言っているのか、と相手の思考を疑った。
「例えばの話ですが……そこにとにかく厳重なセキュリティを誇る金庫があったとしましょう。それをあらゆる方法でこじ開け……さて、何が入っていると想像しますか?」
「……金庫、頑丈な警備、とくればそれは重要なものだろう。財産、情報……」
思わず、乾がウェンの質問に答えると、
「そう考えるのが自然でしょうな」
そうウェンが笑う。先程の微笑とは違い、獲物を目の前にした狩人の笑みだ。
「まさか、頑丈な金庫の中身が自分を捕まえる罠だとは、誰も思わないものです」
「……ほぅ」
乾も思わず笑みを浮かべる。相手の意図を察したのだ。
「狐を追い詰めたつもりでいる狩人を、底なし沼に引き込んでやりましょう」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます