第51話

「……はぁ」

 明智あけちは溜め息をいた。

「お疲れ様」

 周りから声が掛けられる。氷の入った袋が渡され、一先ず患部を冷やした。

 一方で、対戦相手だったルナは未だ元気にトンファーを素振りし、型を決めている。本当に怪我から復帰したばかりなのだろうか?

「どうだった? ルナと戦ってみた感想は?」

「どうも何も……」

 トンファーとは、使用者の実力がよっぽど高くないと特性が一切発揮できない武器だ。「打つ」「突く」「払う」「絡める」などの様々な用法を習熟することで、それをルナは見事に扱って見せた。明智の打ち込みを容易く捌き、瞬時に握りを緩めてトンファーを回転させ、反撃してみせた。恐ろしい腕前である。

 そのことを素直に口にすると、

「まぁ、ルナの専門だからね」

「専門? トンファーが?」

「それも含めて、よ。マコトくんはCQCという技術を知っているかしら?」

「一応は」

 CQC――Close Quarters Combatの略で「近接格闘」の意味だ。銃火器を射撃することが困難なまでに近距離で敵と鉢合わせした際に徒手格闘やナイフ、警棒、他にもあり合わせの道具を駆使して戦うための技術だ。狭義的に見て、明智が脇差で斬るのもCQCに含まれる――かもしれない。

「あ、ここで訓練しているということは、杏橋きょうはしさんや姫由ひめよしさん達も、CQC専門ですか?」

「いえ、苦手ではないけど、専門というわけではないわ」

「まぁ、必要なスキルであることに変わりはないけどね」

 くすの久代ひさよが答える。

「というか、ルナは渾名なのに、私等は苗字のままかい?」

 と、梓馬あずまが笑いながら尋ねる。

「まぁ、ルナは本人から呼べと言われているので……」

「なら、私等も渾名で構わないよ。というか、戦闘中に一々長ったらしく名前呼ぶのも大変なんだよ」

「なるほど」

 そういえば、警官時代も職務中本名で呼び合うことはなかった。

「というわけで、早速呼んでみましょうか? はい、私の渾名は?」

 唐突だな、と思いつつ、

「えぇと……姫由久代だから、ヒサ、だっけ?」

「ご名答です」

 久代が微笑む。

「クッス」

「はい」

 楠が満足気に頷く。

「うーん……アズ……サ?」

「お、ちゃんと覚えてたね」

「この渾名、苗字の漢字そのまま読んだんですか? それとも、名前も一緒に略して呼んだんですか?」

「さて、どっちだろうね?」

 と、梓馬が悪戯っぽく笑う。

「では、次は私を」

「……喜三枝さんを渾名で読むのは無理が……」

「あら、何故ですか? 普通に美妃ちゃんでも」

「年齢を考えてください」

「あ?」

 突如悪ノリしようとしてきた美妃をやんわりと止めようとした明智だったが、真顔で睨みつけ返されてしまった。

「まぁ、そのことは一度置いて差し上げます」

「いいんですか……」

「重要なことを優先させる分別くらいはあります」

 呆れた声を出す明智に、溜め息で返すと、

「先程貴方が行動不能にした麻薬中毒者についてです」

 と、内容の重さに場の空気が変わる。ルナ達が何か聞こうとするのを制し、美妃が説明を続ける。

「身柄を確保した警察による鑑識結果を諜報部が入手しました。結果、オケアノス号で輸送されていた薬物と同じ成分が検出されたそうよ」

「それは……」

「知っての通り、オケアノス号は一週間前に制圧したわ……今回のは、制圧前に出回ったものと考えられるわ」

 その言葉を聞き、明智は拳を握る。

「……ちょっと、マコト」

「ん?」

 いきなり、楠から声を掛けられる。

「その顔は止めなよ……あんた、素の時点で殺し屋みたいな顔してるんだから」

「え」

 思わず、明智は顔に手を当てる。その反応見た梓馬が「無意識なの?」と呟く。

「やはり、麻薬が憎いのですね」

「……知っているのか?」

「さすがに貴方が麻薬を憎んでいる理由は、データに出てきませんが、察しは付きますよ。

 貴方の御両親、交通事故で死んだことになっていますが……その交通事故の原因は、重度の麻薬中毒者による暴走運転です。違いますか?」

「いや、合っている」

 明智は溜息を吐く。

 明智真――正確には真智まちあきらの両親は、信号待ちで止まっている最中、対向車線から猛スピードで突っ込んできたトラックに正面衝突された。運転していた父と助手席に座っていた母は死亡し、後部座席のチャイルドシートに固定されていた子供だけが、奇跡的に生き残った。

 そして、死亡したトラックの運転手の体内からは覚醒剤の成分が検出されたという。

「……その事実を知って、警察官に?」

「いや、警察官は、祖父の影響だ」

 明智は断言した。

 確かに、麻薬が憎くないと言えば嘘になる。だが、憎んでいるだけで撲滅することはできないことも一応分かっているつもりだ。そして……息子夫妻を失い、ある意味自分に近い境遇の祖父から、その辺りのことは散々諭された。

「……それに、麻薬が憎ければそのものをなくすための職に就く。違いますか?」

「ま、それもそうでしょうが……」

 と、ここで携帯が鳴った。話の腰を折られる形となったためか、一斉に顔を顰める。

「あ、私ですね」

 久代が荷物から携帯を取り出した。画面を見て「あら」と声を上げる。

「皆さん、大変です」

 と、どこが大変なのか伝わらない、いつも通りの声音で言ってくる。

「緊急招集のようです」

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