第50話

 未だ下宿している、防衛省特殊介入部隊――通称MDSIの訓練施設へ明智あけちまことは帰ってきた。バイクを車庫に入れ、玄関、廊下を進んでいく。いつもながら、この純和風の建物の中を進むと、ここだけ何時代なのだろうか、と思って仕方がない。

 一度使っている部屋に行き、スーツから道着へ着替えた。そして訓練場――皆は道場と呼んでいる――に向かう。身体を動かし、鬱々とした気分を吹き飛ばそうと思ったのだ。

 道場に入ると、そこには先客がいた。

 まずは道場主の喜三枝美妃きみえみき。表向きは、喜三枝コーポレーションの社長夫人で、役員としていろいろな事業を行っている(明智も表向き美妃の秘書となっている)。その裏の顔は、MDSIの訓練官だ。彼女の専門は武術で、一人前に成り切れてないひよっこに近接戦闘術、特に格闘術を教え込む。

 現代戦において主役は銃であり、特殊部隊ともなればハイテク兵器を駆使するものと思われがちだが、ある面では正しく、別の面で正しくない。

 むしろ、任務の性質状、格闘術が必須なパターンは多いのだ。潜入中に一々銃を撃っていては音で気付かれるし、人質を取っている犯人に銃声が聞こえれば、興奮して人質の身に危険が及ぶ。音や痕跡を残さず始末したり、血を流すことなく相手の身柄を確保するために重要な役割を担うのだ。古来より、軍隊ではスポーツとは違った「殺す」ための格闘術が存在してる程だ。

 彼女の他にも、見知った顔が何人かいた。

 銀髪碧眼の一見人形のような外見を持つ毒舌家、綾目あやめ留奈るな

 日に焼けた褐色肌が健康的な、梓馬あずまつかさ。

 モデルのような抜群のプロモーションの金髪美女、姫由ひめよし久代ひさよ

 身軽さと人懐っこい笑みが猫を連想させる、杏橋きょうはしくすの

 四人とも、MDSI所属の女性隊員だ。道着を着てこの場にいるということは、美妃の指導を受けに来たのだろうか?

「あら、お帰りなさい」

 最初に気付いたのは美妃だった。

「帰って早々、汗をかきに来たのかしら?」

「そんなところです」

 明智が肩を竦めて応えると、美妃が微かに笑みをこぼす。何か、含むところがあるときの笑いだ。

「先程、かいてきたばかり、なのにですか?」

「何を?」

 明智が首を傾げてみせると、

「とぼけても無駄です」

 と、美妃はバッサリと斬り捨てた。

「先程、近所で麻薬中毒者が暴れそうになったところを、警察が来る前に叩きのめした方がいたみたいですよ。その方は、顔も見せずにささっとバイクで走り去っていったようですが」

「……ほぉ」

「やはり、嘘は苦手のようですね」

 美妃が再度微笑む。

 明智は溜息を吐き、

「……目立つつもりはありませんでしたし、顔も隠していました。ただ軽率な行為であったとは自分でも思っています。申し訳ありません」

 明智の謝罪に、今度は声を上げて笑い出した。

「別に、怒ったつもりはありませんよ。そんな叱られるのが嫌な子供みたいに言い訳しないでもいいではありませんか」

「別に言い訳など――」

「そこまで。これ以上小細工染みた弁解は嫌いです」

 そして、笑いもせずにピシャリと明智の言葉を遮ってしまう。

 そこへ、二人が会話していることに気付いた楠が近づいてきた。

「お疲れ、マコト!」

「お疲れ様です、杏橋さん。訓練ですか?」

 声を掛けてくれたのを幸いと、明智は楠に話題を振る。

「まぁね。私とルナって、怪我してから身体動かせなかったから、結構鈍っちゃってさぁ。そのリハビリに来たってわけ」

「なるほど」

 見れば、ルナと久代が組み合っているところだった。ルナの方がパンチやキックを繰り出し、久代が丁寧に受けて捌いている。どちらかというと、ボクシングのスパーリングに近いのかもしれない。ただし、ミットはなく、互いに生身だ。少し間違えば大怪我は免れない。

 最後にルナが強烈なハイキックを放ち、久代が腕で受け止めた。響いた打撃音の大きさが、その威力を物語る。

 一息吐く二人に、梓馬がドリンクとタオルを出した。二人は受け取り、ゴクゴクと飲み干す。

「あら、マコト君だわ」

 久代が声を上げる。そこで、ルナと梓馬も明智の存在に気付いた。

「なんであんたが……って、目的は私達と同じね」

「そんなところです」

 そんな回答にルナは「ふーん」と返し、

「そうだ。折角だから、一試合付き合いなさい」

「はい?」

 明智が首を傾げると、

「言った通りの意味よ。あんたについては、銃の腕前ならこの前見たから判るけど、スカウトの決め手になってた格闘能力についてはちゃんと知らないのよねぇ」

「そうね。この前もあの宍戸ししどを倒したの、貴方だったみたいだけど、見届けることが出来なかったし、丁度いいわ」

 と、ルナと楠が言う。ちなみに、今名前の出てきた宍戸ししどというヤクザとの戦いで、二人は大怪我を負って戦線を離脱していた。その宍戸を倒したのは、明智あけちまことだ。

「試合をするのは構いませんが、あや……いえ、ルナは怪我が治ったばかりで、しかも今一戦繰り広げていたばかりだと思うのだが?」

「あら、もしかして、それだけのハンデがあれば私に勝てると思っているの? 新人君?」

 やんわり断ろうとした明智を、ルナがわざとらしく煽った。やる気は満々らしい。

「折角なら、マコト君の得意分野見てみない?」

 ここで、久代が提案。

「得意分野?」

「そうです。あくまで訓練上での試合とはいえ、素手同士の試合をしたところで詰まらないでしょう? ルナの錆落とし兼ねて、互いの得意武器で試合をしましょう」

「まぁた突拍子もないこと言い出したね、この娘は……」

 久代の物言いに梓馬が呆れ出す。その様子から、普段からこんな言動を繰り出しているらしい。

「得意武器……ナイフですか?」

 明智としては、ルナは射撃が得意なイメージが強い。接近戦なら、ナイフを使うのだろうか、と思っての発言だが、

「んーナイフも使えるけど、今日はこっちかなぁ」

 と、ルナが壁に向かって歩いていく。壁には木刀や槍、薙刀(無論木製)といった訓練用の武具が掛かっている。その中から彼女が一対・・の武器を取った。形状は円柱の縦棒に、垂直に短い横棒を差し込んだト《・》の字型の棍棒だ。トンファー――元は沖縄の古武術で使われていた武器で、現代では欧米の警察官の警棒として採用されている。

 ルナは試しに腕を振るとともに縦棒を回転させた。回る縦棒が空気を鋭く切り裂く音が耳に届く。型を決め、握る力を強め、ピタリと回転を止める。中々扱いに慣れているようだ。

「では、明智君はこちらで」

 と、美妃が木刀を出した。明智の使用している脇差とほぼ同じ長さの、小太刀術練習用の木刀だ(脇差、小太刀問わず打刀より短い刀を使う武術を小太刀術と呼ぶ)。

 本気か、と思いつつも明智は木刀を受け取り、ルナに向かい合った。

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