第52話

 防衛省特殊介入部隊、通称MDSIの本部のとある一室にて――

『こちら現場の留置所です。壁の弾丸の痕が、今回の襲撃事件の異常性を物語っています』

 テレビの中で女性アナウンサーが先日起きた出来事を淡々と報道している。画面に映る建物には消すことの出来ない激しい銃撃戦の痕が刻まれ、弾痕に混ざって隠しきれない血痕が端々に映っている。こんな映像、お茶の間に流して、果たして大丈夫なのだろうか?

「おーおーやってるなぁ、おい」

 画面を見た龍村たつむらレイ=主水もんどが、ダンベルを上下させながら呟く。

「ネットニュースでも話題になってましたよ。いつの間にか、査察官が麻薬密輸に関わっていたのもマスコミにバレてますし」

 通津つづさとしが、持っていた電子端末の画面を数回タッチし、拡大した画面をこの場にいる全員に見せる。

「新聞の見出しもその話題で埋まっていたな」

 力石りきいしみつるが読んでいた文庫本に栞を挟んで閉じた。

「マスコミはハイエナみたいなものですからね。どこにでも湧きますよ」

 弦間つるまたくみが、ナイフを研ぐ手を止め、会話に参加する。

「ま、それだけ平和ボケした世間的に衝撃的だったってことでしょ? この前のこともね」

 望月もちづきかおりは吐き捨て、煎れ終わった湯呑みを他のメンバーに配る。

 レイモンドが「悪いね」と受け取った茶を口に含み、喉を潤す。

あねさん、辛辣ですね」

 通津が思わず苦笑い。

「平和ボケ、というのは的外れではないでしょう。今回も、この前も対応が後手に回っている」

 匠が冷静に指摘を入れる。

 この前、と言っているのは、国際テロ組織ナインテラーの幹部、トレスを警視庁に護送した時のことだ。MDSIが捕らえた後、警視庁が一方的に身柄を要求し、特殊部隊SATの大部隊を投入して護送していたが、道中で奪還に来たナインテラーの襲撃を受け、壊滅的な被害を受けた。世間へは、多数の被害を出したもののテロリストの撃退に成功、と報道されているが、実際はMDSIが大半の敵を始末した形だ。

「このような荒事に対処するには、技術も大切だが、経験――いかに実戦に慣れてきているかどうかが肝だ」

 力石が匠の言葉に続ける。

 テレビの場面が変わった。たまたま新潟に来ていた議員に、レポーターがコメントを求めている。

 それを見たレイモンドが「ん?」と首を傾げた。

「どうした?」

「どっかで見た顔だ」

 レイモンドが思い出そうとしている間に、件の議員は「あってはならない事件。問題の査察官の正気を疑う。早く解決に向かってほしい」などと至極当たり障りのないことを言った。

「思い……出した。間宮まみやだ。間宮まみや栄次えいじ

「あぁ、あの若手議員注目株か」

 力石も思い至ったらしい。

「誰です?」

「お前のそのタブレットは飾りかよ、ツヅ」

「保守系最大議席与党の、対アジア外交部門の切り札と呼ばれている男だ。このままキャリアを積めば、将来の総理大臣候補の一人になるだろうな」

 レイモンドが呆れた声を上げた後、力石が丁寧に説明してくれた。

「そんな大物がなんで新潟に?」

 ポロッと匠の口から疑問が出てきた。

「お仕事じゃないの?」

「何の?」

「さぁ? 政治家には、私達には理解の及ばない仕事があるんでしょ」

 望月が肩を竦める。

「仕事か……あの議員の出身は?」

「千葉」

「選挙区」

「関東だったはずだ」

「なら、後援会も関東?」

「当たり前だろう」

 匠の疑問に、力石とレイモンドが答えていく。質問の度にこの場の人間の頭が疑問符で埋まっていく。

 だが、これ以上議論が重なることがなかった。

「ヤッホー! 皆、元気にしてたー?」

 部屋に入ってきた人間が、思考の海から全員を引き上げる。

「おっ、リオじゃねぇか!」

 レイモンドが入ってきた人間の名を呼んだ。

 さつき里緒りお――MDSI所属の女性隊員だ。健康的に日焼けした肌と引き締まった体型から生み出されたくびれが特徴。

「レイ! 久しぶり!」

 そう言い、レイモンドの懐に飛び込む里緒。レイモンドが受け止めるが、勢いのままにその場で二回転。回転が弱まったところで、首に手を回している里緒を床に着地させる。まるで映画のワンシーンだ。

「久しぶりね。でも、中国・四国支部のエース様がどうして?」

 望月の言う通り、彼女は普段は関東にある本部ではなく、九州支部に勤めている。

「召集が掛かったんだよ」

 レイモンドから一端放れた里緒が説明する。

「召集?」

「そ。アタシだけじゃなくて、他支部のエースはおろか、海外で活動しているメンバー、さらには一部幹部にも声が掛かっているらしいんだよ」

「マジか」

「あの噂、本当だったんですね」

 通津が会話に加わる。

「噂?」

「何でも、ナインテラーの日本進出のための活動が激化してきたから、今年の人事の見直しついでに戦力をまとめ直すって」

「なんで、ニュースはろくに見ないのに、そういう噂には敏感なんですかね?」

 匠が通津の発言に呆れ果てる。

「つっこむところそこ?」

「まぁ、ツヅはあれだ。ネットサーフィンしてねぇで新聞読めってこったな」

 レイモンドが締め、

「まぁ、いいや。今夜は久しぶりにリオも来たし、一緒に飲むか!」

 と、他の皆を見渡す。

 里緒以外の四人は、一度リオの顔を確認し、

「私、今回パス」

 と、望月。

「私も遠慮しておこう」

 と、力石。

 さらに通津と匠が「あ、僕も」「無理かな」と次々と断る。

「何だよ、付き合いわりぃなぁ」

「だって、ねぇ……」

「この前の飲み会の一件で、散々勝連さん達に叱られたばっかりですよ?」

 通津と匠は言い訳する。

 この前の飲み会とは、明智真の歓迎会のことだ。危うく、ヤクザ相手に喧嘩をするところであった。

「ちぇー」

「あの、レイ、もしよかったら、アタシと二人で――」

「二人だけで飲んだって、盛り上がりに欠けるもんな! 他支部から着いている奴いないか、捜してくるか!」

 と、リオが言い終わる前に、レイモンドがさっさと部屋を出ていった。

 リオは呼び止めるため伸ばした手をダラりと下げると、悄然とうなだれる。

「……まぁ、次があるわよ」

 望月が、リオの肩に手を乗せる。

「うぅ、姐さぁん」

「よしよし」

 望月が里緒の頭を撫でて慰める。

「折角気を聞かせたのに」

「あの人、普段はプレイボーイぶってるくせに、こういう時は鈍いんだよなぁ」

 そんな光景を見ながら、通津と匠が毒づく。

 力石は何も言わなかったが、頭痛を覚えたかのように、眉間を指で揉んでいた。

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