第45話
夜道を
ゆっくりとしたヒトミの歩調に合わせつつ、明智は周りを警戒しながら歩みを進める。
「まさか、就職のお話をいただけるだなんて……」
ヒトミが明智に話しかけてきた。
「まだ決まっていないけどね」
少し意地の悪いことを言ってしまったか、とすぐに明智は後悔するが、
「でも、うれしいです。もう大学も卒業なのに、結局就職出来なくて……」
「そうなのか?」
「えぇ……
「そう……か」
明智の胸が痛む。
――あの事件のせいで、彼女の人生は狂った。他でもない、自分のせいで。
「大丈夫だ」
「え?」
「きっと、受かる。俺が保証する」
――自分は、彼女に何が出来るであろうか。
そう考えた時、咄嗟に口から出た言葉は、まるで根拠のない励ましだった。
ヒトミが目をパチクリと瞬きさせるが、
「ありがとうございます」
と、礼の言葉を口にした。
「いや、さすがに無責任すぎた」
「いいえ」
ヒトミが静かに首を横に振った。長い黒髪が揺れ、街灯を反射して映える。
「不思議なのですが……今の言葉、とても心が落ち着きました」
そして、彼女は満面の笑みを浮かべる。
一瞬、明智はその顔に見とれてしまった。
「あ、ここです」
「そ、そうか……」
ヒトミの言葉にハッと我に返る。明智は慌てて目を外した。
幸いにも、ヒトミはそんな明智の様子に気付かず、アパートの階段を上り始める。
「それじゃあ……おやすみなさい」
「あ、あぁ……おやすみ」
彼女が上の階に消えていくのを見送ってから、明智は元来た道を戻り始める。
さて、どうするか、まっすぐ帰るべきか、
慌てて懐から取り出すが、電話ではなく、メールの着信だった。緊急任務か、とメールの差出人を見る。
差出人は、先程別れたばかりのヒトミだった。
首を傾げつつ、メールを開く。
『今日は本当にありがとうございました。お仕事、頑張ってください。私も、頑張ります。おやすみなさい』
明智は少し考えた末、
『応援している。ただ、無理だけはするなよ』
と、打って送信ボタンを押す。
明智は空を仰いで息を吐いた。まだまだ夜は寒く、息が白く染まる。やがてそれも、薄れ、闇夜に溶けて消えていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます