第42話
「てめぇ!」
「兄貴に何しやがる!」
明智は身を逸らしていなし、男の足に自分の足を引っかける。勢い誤って男は床とキスする羽目になった。
「野郎!」
もう一人もヒトミを離し、明智に殴り掛かってきた。明智は自分に飛んでくる拳を掴みとり、捻り上げた。関節を極められた男が悲鳴を上げる。
明智は男と位置を入れ替えるように移動しつつ、男を投げ捨てた。男は床に顔をぶつけた男の上に重なるように激突した。
ヒトミは、一瞬の出来事に目を丸くしている。
明智は空になったグラスをヒトミに差し出す。
「ウーロン茶、おかわり頼めるか?」
ヒトミは明智の顔とグラスを交互に見比べると、おずおずと受け取る。
「何しやがんだ、てめぇ!」
背後から怒号が飛んだ。
ヒトミを奥に避難させた明智が振り返ると、顔がビショビショになった男が驚く。
「て、てめぇはいつぞやの……」
「あ、いつぞやのナンパ男。墓地に続いて働いている店に押しかけるとは……もはやストーカーだな」
明智が引いていると、
「誰がストーカーだ! こっちは借金の取り立てに来てんだ、邪魔すんじゃねぇ!」
「何が借金だ。彼女自身が借りたわけじゃないだろうに」
「借りた本人が死んだらその身内が払う! 当たり前のことだろう!」
「彼女はあくまでも恋人だったんだろう? 結婚しているならともかく、戸籍上赤の他人じゃないか。
しかも……その口振りから判断する限り、後見人でもないな?」
「やかましい! こっちが大人しくしてりゃ調子に乗りやがって! 野郎ども、来い!」
外に向かって男が叫ぶと、ぞろぞろとチンピラ達が入ってきた。
「いくらてめぇが強かろうが、この人数に……」
次の瞬間、男の顔にワインがぶっかけられた。いきなりの強襲に男がむせる。
「さっきからうるさいです。お酒がまずくなるので、帰ってくれませんか?」
そう言って、
「全くだぜ。こちとら盛り上がろうとしてたのによ」
「何水差してくれてんの?」
さらに
「マコト、手を貸すわ」
「店に迷惑だ。ヤクザはお帰り願おう」
「面倒なことになったなぁ」
「まぁまぁ、ここは新人に花持たそうじゃありませんか」
「な、なんだてめぇら! そいつの仲間か!」
「だったらどうする?」
「知れたこと! てめぇらも一緒に畳んでやるだけだぁ!」
男が自信満々に言う。彼らの方が人数が多いためだろう。
だが、彼らは喧嘩を売る相手を間違えた。
「ほぅ?」
力石が目を細める。
「大した自信ですね……ウフフ」
久代が微笑む。
「どの口からそんな言葉が出てくるのか……ねぇ?」
梓馬の声のトーンが下がる。
「腕が鳴るぜ」
レイモンドが関節を鳴らした。
「だから嫌なんですよ、こういう人達は……本当にイライラさせられる」
通津が嘆息すると、
「なら、さっさと終わらせてしまいましょう」
と、匠が提案する。
「気に入ったわ……命だけは取らないであげる」
望月が物騒なことを言う。
店内の気温が下がった――正確には、MDSIの七人が放つ濃密な殺気が、この場にいる人間にそう錯覚させている。
「な、なんだてめぇら、や、やろうってのか?」
男の声が無意識の内に震えている。
「そのつもりだが?」
と力石。
「そもそも、先に喧嘩売ってきたのは貴方方でしょう?」
と久代。
「後悔すんじゃないよ?」
と梓馬。
「おぅ、腰引いてんぞ。そんな調子で大丈夫か?」
とレイモンド。
「安心してください。すぐ終わりますよ」
と通津。
「無駄に抵抗しないでください……本当に無駄ですから」
と匠。
「覚悟しな」
と望月。
まさに一触即発の雰囲気になったところで、
「そこまでだ」
と、
七人が一斉に勇海を睨む。
「止めるなよ、ユーミ」
「そうよ、今から面白くなるところだったのに」
レイモンドと望月がドスの効いた声で威嚇してくる。今にも暴発しそうだ。
「どんだけ喧嘩っ早いんだよ、お前らは……」
「そうよー、皆一度落ち着きなさい」
「ごめんなさいねー、うちの若い衆、気が短いの多くて……ただ、これ以上騒ぎも大きくしたくありませんし、今日のところは、出直してもらえないかしら?」
と、駿河が穏便に済ませようとする。
しかし、相手は下手に出てくれる人間が出てきたことで余裕を取り戻したようだ。それも上司たる駿河の腰の低さに対し、男が強気に出た。
「うるせぇ! ここまでされて簡単に引っ込めるか!」
「そこをなんとか……」
「黙れ、ナヨナヨして気持ち悪い……このオカマ野郎!」
「あっ」
MDSI側の人間の声が重なる。
何事か、と明智が様子を窺うと、
「ヒィッ」
「嘘だろ……」
「なんてこと言うの、あいつら……」
「どうするんだよ、これ……」
「やべぇ……やべぇぞ……」
「もう駄目だ……お終いだぁ……」
誰もが、先程の態度が嘘のように青ざめ、絶望的な表情で震えている。
明智はその光景に驚きを隠せない。
だが、それはまだ序の口だった。
「だ……」
「だ?」
「誰にモノぬかしとんじゃ我ゴラァァァァァ!」
駿河が突如吠えた。
明智はあまりの衝撃に固まってしまう。
それは相手も同じだった。
駿河が、兄貴分の顔面に拳を叩き込んだ。男の身体が、いとも容易く吹っ飛ぶ。
「……え?」
男達が放心する。
そこへ、駿河が斬り込んだ。肘を、膝を男達へ打ち込み、彼らの身体を紙の如く宙へ浮かせる。我に返った男達が店の外へ逃げ出した。それに駿河が追撃を掛ける。店の外から絶叫が響き渡った。
明智が「え、何この二重人格?」と言いたげに残りの面々を見る。
「あいつら、よりよって禁句を言いやがった」
その疑問に勇海が代表して答えてくれた。
「禁句?」
「そうだ。駿河さんはオカ――ゴホン、その禁句を聞いた途端に、我を忘れ、言った者を始め、全ての者を殺し尽くすまで止まらないキリングマシーンと化す」
「何それ怖い」
外では殺戮が続いていた。
「しかし、久々に見たな、これ」
「普段は優しいパパも、怒ると怖い、ってことね」
「……パパ?」
明智が首を捻ると、
「駿河さんは俺達の中で唯一の妻帯者だ」
「そうなんですか?」
さらなる驚きが明智の中を駆け廻る。
「意外か?」
「ま、まぁ……申し訳ないがあの口調のせいで、そこまで……」
「あぁ……元々、駿河さんはとある国の海軍特殊部隊隊員だったんだ。そして、今の奥さんに互いに惚れあったが……奥さんは軍の高官の一人娘でな……いろいろあった挙句に駆け落ちして、この日本に半ば亡命の形で逃げてきたんだ。
ただ、そんな人間にまともな仕事が得られるわけもなく……聞いた話じゃ、生活苦の中ようやく見つけた就職口となったゲイバーで働いた結果、あの口調になっちまったらしい」
「それはなんというか……」
明智は言葉に詰まる。
「奥さんは、そんな駿河さんを嫌な顔一つせずに支え続けました。駿河(するが)さんにしてみれば、自分をオカマ扱いされることは、奥さんを養うためにゲイバーに行った自分を、自分を支えてくれた愛する奥さんを侮辱されているのと同義なのでしょうね」
と、今まで静観していた
ここで、外での物音が止んだ。不気味なまでの静寂に包まれる。
「終わった、か」
「終わった、な」
「生きている奴いるかな……」
「というか、駿河さん落ち着いたのかな?」
「問題はそこだな」
「よし、見て来いツヅ!」
「嫌ですよ!」
「……やれやれ」
他の皆が言い合っている中、恐る恐る明智は外へ向かった。
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