第41話

「じゃ、飲み物を注文しましょう」

 そう言って、駿河するがが「すいませーん」と店員を呼んだ。

 奥から「はーい」と店員の声が届く。間もなく、注文を取りに女性店員が来た。

「えぇと、赤ワイン一つ、マッコリ一つ、ノンアルコールビール二つ、後は全員ビールだっけ?」

「……俺のウーロン茶は却下か?」

 明智あけちがレイモンドに抗議すると、

「結局酒NGか、マコト?」

「……気が向いたら追加で頼む」

「しょうがねぇな。ウーロン茶一ね」

「まさかと思うけど、明智君って、お酒飲めない?」

 駿河が尋ねる。

「そ、ソンナコトナイデスヨ?」

「図星かよ」

 勇海ゆうみが呆れる。

「の、飲めないんじゃない、好んで飲まないだけだ!」

「理由は?」

「苦い!」

「ガキか!」

 明智の発言にさらに勇海が突っ込みを入れる。

 それを聞いていた他の面子も苦笑いを浮かべた。

「マコト……アケチ……」

 と、女性が呟いていた。

 ここで、明智はその店員の声に聴き覚えがあることに気付く。

「……渥美あつみ、さん?」

「あ! やっぱり明智さんだったんですね!」

 店員は、なんと渥美あつみひとみだった。

「お、知り合いか?」

「ま、まぁ……」

「二人はどのような関係なんですか?」

「気になるわぁ」

 と、案の定女性陣(と駿河)が絡んできた。

「……注文は以上なんで、よろしく」

 ここで、勇海が助け舟を出した。

 瞳が注文を確認して下がっていく。

「おい、ユーミぃ!」

「空気読めぇ!」

「店に迷惑掛けるなって、駿河さんに言われたばっかだろうが」

 抗議を勇海は軽く流し、「でしょ?」と駿河に振る。

「そ、そうよー、店員さんに迷惑かけちゃ駄目よー」

 駿河が和やかに収めようとしたが、棒読みな上に目が笑っていない。

 明智は何度目になるか分からない溜息を吐く。

 ――本当に、そんな関係じゃないんだよ。


 少し経って、飲み物が運び込まれてきた。全員に飲み物が渡ったところで、勇海が乾杯の音頭を取る。

「それでは、明智君のこれからの活躍に期待して!」

「かんぱーい!」

 グラスを鳴らして、飲み物を一斉に呷った。レイモンド辺りは一息でジョッキのビールを飲み干してしまう。

「おかわりだ!」

「飲むの早いな、レイモンド」

「久々だからな。わりぃが、店員呼んでくれ。出来ればさっきの娘で」

「それが目的だろ、お前……」

 そんな会話を尻目に、明智はウーロン茶をチビチビと飲む。

「ちょっと、主賓がそんな調子でどうすんの?」

「そうですよ、もっと楽しみませんと」

 梓馬あずま久代ひさよが明智の両脇に座る。

「両手に花ですね」

 その様子を見て通津つづが笑う。

「え?」

 そう言い、明智は女性二人の顔をそれぞれ見て、

「……言われてみれば、そうですか」

「あら、ありがとうございます」

 久代がさらっと礼を言い、

「どっかの誰かさんは、棘ある薔薇がダメですもんねー」

 そう言って、梓馬が勇海をジト目で見つめた。

 ビールを飲んでいた勇海が、「よく覚えてるな」と笑う。

「まぁ、美しいものには棘がある……って意味じゃ間違ってはないのか」

「そんな……美しいだなんて」

 顔を赤くした久代が明智の背中を思いっきり叩く。叩かれた衝撃で、明智の肺にウーロン茶が入ってしまった。

「嫌だわぁ!」

 照れ隠しか、梓馬が掌で叩く。咳き込んでいた明智の顔にクリーンヒットした。明智は顔を押さえて転げまわる。

 特殊部隊員二人の打撃は、あまりにも強烈だった。

「お待たせしました。注文を――」

 そこへ、ちょうどヒトミが顔を出した。女性に囲まれている明智を見て、固まる。

「……」

 一斉に、無言になる。何とも言えない空気が流れる。

「あ、ビール三人分ね。あと、ウーロン茶も一人分お願いします……」

 慌ててたくみが注文を出す。

 ヒトミは「わ、分かりました」と確認もせずにさっさと行ってしまった。

「……ヒサ、アズサ」

「……はい」

「……やりすぎ」

「……ごめんなさい」

 その後、ヒトミは注文内容を間違えることはなかったが、明智にウーロン茶を渡すとき、どこか不機嫌そうだった。

「あっちゃー、怒ってるわ、彼女」

「調子に乗り過ぎました、ごめんなさいね」

「え、は、はぁ……」

 梓馬と久代が気まずそうに謝る。真面目に謝られ、明智は恐縮してしまう。

 そもそも、明智からすれば、何故ヒトミが怒っているのかも謎だ。

 うーむ、と明智が首を捻っている時だった。

 グラスが割れる音と一緒に悲鳴が聞こえた。瞳(ひとみ)のものだ。

 MDSIの面々が一斉に座敷から顔をだし、音がした方へ耳を向ける。

「渥美さーん、いい加減にして欲しいんですよ。払うもん払ってもらいませんかねぇ?」

 見れば、ヒトミが柄の悪そうな男達に絡まれている。酔っ払いに絡まれているわけではなさそうだ。

「だから、私には関係ないと……」

「分けわかんねぇことぬかしてんじゃねぇぞ!」

「恋人の借金返すのが女の務めってもんだろうが!」

「耳揃えて三百万返しやがれ!」

 男達が怒鳴る。

「そんな大金……学生の私にはとても……」

「なら、働いて返しやがれ!」

「お前さん、そこそこいい体してるじゃねぇか。金稼げる店紹介してやるぜぇ?」

 そう言うと、取り巻きの男達が瞳(ひとみ)の両腕を掴む。

「止めてください!」

「うるせぇ! さっさと来ねぇと……」

 明智はグラスを手にして立ち上がる。もう、我慢の限界だった。

「おい」

「あん?」

 明智はグラスの中身を男の顔にぶちまけた。

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