第40話

 翌日の夕方、MDSIの隊員十数名は居酒屋に集まっていた。

「これで全員……か?」

「諜報部、出席率悪いわね……」

 勇海ゆうみあらた望月もちづきかおりの二人が出席者の名簿を見ながらぼやく。

「今、諜報部は人手不足なんだ」

「それだけ深刻な事態ってことですか、悟道ごどうさん?」

「それは分からない。確証がないんだ。だから、実動部隊に回すことも出来ない」

 ちなみに目の前の悟道ごどうただしが諜報部唯一の出席者だ。目立たない中肉中背の初老の男だ。

「そういうことか」

 実際、実動部隊の方も現場指揮の勝連かつらたけし太刀掛たちかけひとしが本部に残り欠席だ。綾目あやめ留奈るな杏橋きょうはしくすのは怪我が治ってないため不参加だ。

「やっぱり、今回も延期の方がよかったんですかね?」

 勇海が幹部の駿河するがしんに話を振る。

「何言ってんのよ。これはマコト君の歓迎会であると同時に、しばらく忙しかった貴方達の労いも含まれているの。勝連さん達の心使いを無駄にしたらだめよぉ」

「そうかもしれませんがね……」

「はいはい、この話はおしまい。せっかくのお酒の席、楽しみましょう」

 強引に打ち切り、駿河が勇海を上座に引っ張っていく。

 その様子を主賓の明智あけちまことはのんびり眺めていた。

 駿河がパンパンと手を叩き、場の全員の注目を集める。

「はいはーい、皆さん、幹事から挨拶ですよー」

「えーと……皆さんも知っての通り、この度新しい仲間が加わることになりました」

 勇海にしては珍しい畏まった口調で切り出された。

「あ、マコト立ってもらっていい?」

 明智が言われた通り立つと、

「はい、彼が新人の明智真君です。まだ二十五歳と若く、経験が浅いですが、この前は一騎当千と言っても過言ではない活躍を見せてくれました。これからも期待が寄せられる人材であると思えます。では、マコト、ここで挨拶を一つ」

「……明智真、です。まだ未熟者ですが、頑張ります。どうかよろしくお願いいたします」

 それだけ言ってペコリと頭を下げると、一斉に拍手が返ってきた。

「こっちこそよろしくな、マコト!」

 と、龍村たつむら=レイ=主水もんど

「……歓迎する」

 と、力石りきいしみつる

「この部隊も段々賑やかになってきましたね」

 と、通津つづさとし

「まったくです」

 と、弦間つるまたくみ

「ようやく私にも後輩が……」

 と、姫由ひめよし久代ひさよ

「感動するところそこ?」

 と、梓馬あずまつかさ。

「仲間が増えることほど嬉しいことはないわね」

 と、望月香。

 ここまで熱烈な歓迎を受けるとは思っていなかったため、明智は眼を白黒させる。

「よっしゃあ、歓迎意味込めて乾杯と行こうぜ!」

「じゃあ、飲み物の注文取りましょう。何にします?」

「最初はビールでしょ?」

「あ、私今日ハンドルキーパーだから、ノンアルコールで。ノンアルのビールある?」

「……あるな。私とアズサはノンアルコールビールで頼む」

「お、ここマッコリ置いてるんだ。僕マッコリで」

「ツヅさんマッコリ、リキさんとアズサさんはノンアルコールのビール、と……他は皆さんビールでいいですか?」

「あ、私赤ワイン」

「ヒサさんは赤ワイン、と」

「俺はウーロン茶で」

「えぇと、ウーロン茶一つ、と」

「おいマコトぉ! 何遠慮してんだぁ!」

「そうよそうよ! 主賓なんだから、アルコールイッちゃいな!」

 ソフトドリンクを頼んだ明智にレイモンドと望月が絡んできた。

「……二人とも、まさかここ来る前に飲んだ?」

「あぁん? んなわけねぇだろ」

「言いがかり、良くない」

「絡み方が完全に酔っぱらいのそれですよ、お二人さん」

 久代が淡々と突っ込む。隣で通津が「うんうん」と頷いている。

「あー、そうだ。一つ言い忘れてた」

 勇海がここで再び口を開く。

「どうしたの?」

「えーと……今回は俺の不手際で、いつもの店で予約が取れませんでした。で、急遽別の店を探した結果、前日という急すぎるにも程がある段階での予約にこの店は快く応えてくださいました。このこと、感謝してもし切れません。

 で、だ……酒に酔って店に迷惑かけるのは絶対に止めろ。特にレイモンドと姐さん」

「おいおい、俺達をなんだと思ってんだよ」

「そうね、濡れ衣だわ」

 二人から勇海へブーイングが飛ぶ。

「いやいや、まさにそうじゃないですか」

「というか、すでに雰囲気に酔ってるよね?」

「……テンションがおかしい」

 匠、梓馬、力石の三人が突っ込みを入れる。

「おい、さっきから黙って聞いていれば、一方的に好き放題言いやがって」

「いつ黙った」

「下手に出てれば調子に乗って!」

「いつ下手に出た」

 ついに勇海が溜息を吐く。

 珍しいものを見る目で明智が傍観していると、

「はいはい、そこまで」

 と、手を叩きながら駿河が割り込む。

「せっかくのお酒の席、つまらないことで喧嘩しちゃ駄目よー」

「しかしですね、駿河さん」

「大丈夫よ。もし問題起こしそうになったら……殴ってでも食い止める」

「……それはそれで問題では?」

 明智が思わず突っ込む。

「まぁ……問題起こる前なら……ね? 仕方ないでしょ?」

 ――そういうことじゃねぇよ。

 どこから突っ込もうかと明智が頭を悩ませていると、

「分かりました、駿河さん」

「久しぶりの酒の席で調子に乗りました。申し訳ありませんでした」

 と、あっさりとレイモンドと望月が折れた。

 あまりにも意外な光景に明智が目を丸くしていると、

「一つ、いいことを教えておこうか」

 と、力石が話しかけてきた。

「この組織、怒らせてはならない人間が数多くいる……その中でも、トップ三に入るのが駿河さんだ……君は真面目そうだから、問題は滅多に起こさないだろう……だが、覚えておいた方がいい。いつ火の粉を被らされる羽目になるか分かったもんじゃない」

「……肝に銘じます」

 改めて、とんでもない組織に入ってしまったのではないか、と思わずにいられない明智であった。

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