第2章 冥漠の星影

第39話

 ――オケアノス号制圧から二日後。

 事後処理のため勝連かつらたけしは新潟に残り、太刀掛たちかけひとし勇海ゆうみあらた明智あけちまことの三人は関東に戻ってきていた。諸々の事務処理を済ませると、三人は本部地下にある射撃場に向かう。

「で、未だに左手じゃないと拳銃を当てられないのか?」

「そうなんですよ。どうすりゃいいと思いますか、タチさん?」

「どうと言っても、私は勇海ほど射撃に通じているわけじゃないぞ」

 ここで話題に上がるのは、明智の射撃の腕についてだ。一応、短機関銃などは銃床で反動を抑えられるため、まだまともに撃てる。だが、グリップのみを握って狙いを点けなければならない拳銃は、お世辞にも実践レベルとは言い難い。引き金を絞る際、余計な力を入れないように利き手と逆の左手で構え、かつ絞る時間を減らすため、マテバ6ウニカという特殊な回転式拳銃を使っていた。

 しかし、マテバは以前の任務で人質解放の条件として川に捨ててしまった。回収出来ていない上に、生産が一九九九年に中止されたため、再入荷も出来ない状態だ。

 オケアノス号制圧戦では、オートマチックのSIG P220を持って行ったが、結果はご存知の通りである。

 そんなことを話しながら、三人は地下射撃場に到着した。

「邪魔するぞ」

「邪魔するなら帰ってー」

 先客がすでに来ていた。

 ウェーブのかかった金色のロングヘアと、長身で均整の取れたプロポーションから、一見するとモデルと勘違いしてしまいそうな美人。だが、彼女はモデルなどではなく、歴としたMDSIの隊員である。

「お、ヒサ」

「珍しいな。自分から射撃訓練か?」

「いえ、私は付き添いです」

 ヒサこと姫由ひめよし久代ひさよはそう言って、強化ガラス向こうの射撃台を指す。

 そこには三人の女達が銃を手に話し合っていた。

 一人は、肩までセミロングにした髪は銀色で、肌は陶器のような白い。整った顔立ちの中で目立つ碧眼のおかげで、一見すると西洋人形を連想させる――もっとも、見た目通りの人形などではなく、自分達同様、牙と爪を隠し持った戦士である。

 二人目は褐色の髪をうなじが隠れる程度のセミショートに揃えており、日に焼けた肌が活発な印象を与える。

最後に三人目は、栗色のショートカットにスラリとした体型で、動くところを見れば、皆がシャム猫を思い浮かべる。笑うと鋭い八重歯が見えた。

「あいつら……」

 勇海がその姿を認め、射撃場へのドアを開ける。

「お前ら、怪我はいいのか?」

「あ、兄さん」

 銀髪の女性――綾目あやめ留奈るなが気付いた。

「あ、ユーミさん」

「お疲れ様です」

 梓馬あずまつかさと杏橋きょうはしくすのも声を掛ける。

 そこへ明智と太刀掛も入り、

「怪我人がこんなところで何をしとるんだ?」

「何って、射撃場に来たらやることは一つよ」

 そう言い、ルナが射撃台の上に乗る箱を指した。

「銃を注文していたのか」

「えぇ。これから、実際に撃って調整をしようと思っていたところで……タチさん達は?」

「そこの射撃音痴のために銃を選びに来た」

 楠の質問に勇海が答える。

「射撃音痴? あぁ……」

 ルナは明智を見て何か合点がいったらしい。

 ――出来れば顔見ただけで納得しないで欲しかった……

 明智が複雑な気分に浸っていると、

「邪魔して悪かったな。こいつの銃選びはこっちでやるから、そっちの調整もやっちまいな」

「では、言葉に甘えて」

 いくつかある箱の中の一つを、ルナは開いた。中には、ポリマー製の小型拳銃が納まっている。

 ドイツHヘッケラー&Kコッホ社製自動拳銃、H&K P2000。以前留奈が使用していたUSP Compactから派生したモデルだ。日本でも都心部の警官に支給されている。

 ルナは弾倉を入れないまま、P2000を構える。両肘を軽く曲げ、銃把グリップを握る両腕で二等辺三角形を描くウェーバースタンス。映画のように片腕を伸ばし切って撃つスタイルは、命中率はいいが、咄嗟に左右へ対処できないため、ルナは好まない。

「うーん」

 ルナは首を傾げると、一度銃を分解した。先程まで握っていたグリップのバックストラップを、別のサイズのものに変更する。

 P2000は、USPコンパクトにあった「グリップが太くて女性が握り辛い」という意見を反映し、バックストラップを交換することで大きさを調整することが出来る。P2000では三種類用意されており、何度も変えては構えてを繰り返し、納得いく仕様に仕上げる。

「これかな」

「よし、もう一丁は俺がやっておこう」

 と、勇海がもう一つの箱からこれまたP2000を取り出し、同じようにグリップを組み替えた。

「毎回思うんだけど」

「何かしら?」

 梓馬が疑問を口にする。

「何で同じ拳銃を二丁も? ルナって二丁拳銃撃ちまくってヒャッハーするトリガーハッピーだっけ?」

 それに対し、ルナは堂々と、

「もう一丁はバックアップよ」

 と、答える。

「普通は口径なりサイズが小さいものをバックアップに選ぶと思うんだけど。ユーミさんみたいにさ」

 梓馬はどうやら納得しなかったらしい。

 ルナの兄、勇海は六発装弾のマグナムリボルバーを愛用しつつ、バックアップには五発装弾の小型リボルバーを装備している。

 ルナは盛大に溜息を吐きながら、

「別の銃にしたら、その銃のためだけの予備弾倉持たなきゃいけないでしょ? 予備弾倉だって無限に持てるわけじゃないのよ? 使う可能性が限りなく低いバックアップのためだけに専用の弾持っていくぐらいなら、同じ銃持って弾倉を共有させた方が賢い判断だと思うわ」

「そういうものかな?」

 と、楠が勇海に意見を求めた。

「俺からはノーコメントだよ。そこは人の趣味だろ。口を挿むことじゃねぇ」

「趣味かぁ」

 楠はぼやきつつ、三箱目に手を伸ばした。これには、楠の注文した銃が入っているようだ。

 米軍が制式拳銃として採用しているベレッタM92――のマイナーチェンジモデル、ベレッタ90-Two。M92と比べ、スライドやフレームの角が丸みを帯びたデザイン。M92系統の特徴である銃身が見える程大幅にカットされたスライドがビジュアル映えする。

「クッスって、ポリマー製使わないの? ベレッタにもポリマー製のモデルあるでしょ?」

 ルナは指摘する。

 スライドのカットは強度の低下に繋がってしまうため、90-TwoはM92同様アルミ合金製だ。当然、ポリマー製拳銃より重い。

「なんかあれ、見た目が好きじゃない。ベレッタっぽさが感じられない」

 楠のあまりにも私的過ぎる理由に「なんじゃそりゃ」と他の面々が呆れる。その間、楠が銃を組み立てた。90-Twoもグリップを手に合わせて組み替えることが出来る。

「そういえば、梓馬さんや姫由さんも銃は自分に合ったものを選んでいるのですか?」

 そんな光景を見ていて、明智がふと疑問を口にする。

「まぁね。一応、組織での行動が要求されるから、ライフルとかが統一されることはあるけど、拳銃まではそこまで口出しされないのよね」

 梓馬が答える。

「ちょっといいかしら」

 突然、声が掛けられる。

 今まで射撃ブースの外に出ていた久代がいつの間にか入ってきていた。

「マコトくんの拳銃って、自動拳銃で考えています?」

「一応」

「やっぱり、元警察官なら、回転式がいいんじゃないかしら」

 これまでの流れを傍観していた久代がそんなことを言い出す。

「……まぁ、当然の帰結かな」

 驚いたことに、梓馬が真っ先に賛成した。

「……すぐそこに、回転式を愛用しているの二人ほどいるしね」

 ルナが勇海と太刀掛を見て言う。

「ふむ」

 太刀掛が時間にして数秒ほど、顎に手を当て、物思いに更けたかと思えば、懐に手を伸ばした。

「試しに、これを撃ってみろ」

 そう言って取り出したのは、太刀掛の愛銃、コルト・ローマンだ。アメリカのコルト社が一九六〇から一九八〇年代まで生産していた、.357マグナム弾対応のリボルバー。強力なマグナム弾の発射に耐えられるように、銃身を厚くして耐久性を向上、さらに同社の中では後発の製品だけに稼働メカニズムにも改良が加えられている。銃身長は抜き撃ちに適した2インチのスナブノーズ――これは獅子の鼻の意味で短銃身のことを指す。

「いいんですか?」

「あぁ。それに、コルトだから、お前には撃ちやすいだろう」

 その言葉に、明智は首を傾げる。

「コルトって、創始者が左利きだったから、シリンダーを右回りにして残弾数えやすくなってるんじゃなかったか?」

 明智の疑問に勇海が答えてくれた。

 なるほどな、と明智は思いつつ、左手でコルト・ローマンを構え、的を狙う。

「一つ忠告だが……トリガーは『引く』んじゃない、『絞る』んだ」

「絞る?」

「そうだ……お前、剣道をやっていたな?」

「はい」

 これでも、五段を所持していた。

「相手に打ち掛かるとき、竹刀を握る手はどう動く?」

「あ」

 明智は、太刀掛の言わんとしていることを察する。

「分かったら、実践してみせろ」

 明智は、コルト・ローマンを左手で構え、的に狙いを点ける。

 明智はイメージした。

 振り上げた竹刀を振り下ろす際、その太刀が相手を捉える瞬間を。

 ただ力任せに振り下ろすだけでは、その打撃に対した威力は乗らない。仮に真剣だったとしても、斬り裂くことは不可能だ。

 なら、どうするか?

 対象に刃が当たる瞬間に、柄を握る手で強く絞る。これには二つ意味があり、一つは切る瞬間に急停止を掛けるためだ。重い真剣を全力で振り下ろすと、勢い余って自分の膝や床に刃を叩きつけてしまう。雑巾を絞るように手首を反らしながら、強く握りしめることを「茶金絞り」と言う。手首だけでなく、腕から肩、胸や背の筋力も使い、刀を瞬間的に思った位置で止めることが出来る。

 二つ目は、斬る途中で刃筋が狂うことを防ぐためだ。たとえ最初正確に斬り込めても、途中で狂えば、その瞬間から進まず、刀の折れや曲がりを引き起こす。

 今は刀の代わりに拳銃を握っている。だが、刃の制動を反動制御、刃筋を狙いに置き換えれば、当て嵌まることなのではないか?

 茶金絞りのイメージのまま、握ったグリップを絞る。その動作の延長で、引き金に掛かった指が、無駄な力を掛けずとも引いた。撃鉄が雷管を叩き、発射薬が炸裂、その反動が明智の腕を駆け巡る。

 一発目は、的を捉えられず、上に逸れた。これは今まで通りだ。

 二発目以降、撃つ度に着弾点が的に近付いていく。六発目で、ついに的の真ん中を貫く。

「よし、次は弾込めだ」

 明智は左手のローマンを素早く右手に持ち替えると、シリンダー・ラッチを操作し、弾倉シリンダーを振り出す。左人差し指がエジェクター・ロッドを押し、空薬莢が六つ排出された。振り出したシリンダーを左手で握ると、右手をグリップから放し、新しい実包をシリンダーへ込めていく。込め終わると、シリンダーを戻し、右手から左手へ持ち替え、再度左手でローマンを構える。

 それを見た太刀掛が、

「左右持ち替えで一動作増えるが、一応は解決だな」

 と、満足そうに頷く。

 明智はローマンから弾を抜き、

「お貸しくださり、ありがとうございました」

 と、太刀掛に返そうとする。

「いや、それは君が使いたまえ」

「え?」

「現状、コルトのリボルバーはほとんどなくてな……左で撃つ限り、コルトの方がまだ撃ちやすいだろう。なら、君が使えばいい」

「し、しかし、これは太刀掛さんの愛銃では?」

 太刀掛は微笑むと、

「歳のせいかな……最近、マグナム弾を撃つのがきつく感じてきているのでな……ちょうどいい機会と思ったのだよ」

 そう言い残し、射撃台を跡にする。保管棚に向かい、新しく銃を物色し始めた。

「……マグナムきついだけなら、.38スペシャル弾使えばいいだけの話では?」

 明智が釈然としない顔をしていると、

「まぁ、あれはタチさんなりの照れ隠しってやつだ。心使いありがたく受け取ってやりな」

 勇海が苦笑いしながら宥めた。

「しかし、とんだ皮肉ね」

 ルナは鼻を鳴らし、踵を返す。

 明智が首を傾げると、

「ローマンの意味、貴方は知っているかしら?」

 と、半眼で明智を眺める。

「法執行人って意味よ。元警察官さん」

 明智は左の銃に目を落とす。

 警察官じゃなくなったのに、手にした銃が法執行人――確かに、皮肉以外の何者でもない。

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