第38話
銃声。悲鳴。怒号。そして、鈍い光を放つ空薬莢が、床に落ちては乾いた金属音を掻き鳴らす。
「リロード!」
太刀掛が叫んだ。空になった弾倉を外し、新しい弾倉へ手を伸ばす。
その隙をフォローするため、今度は
スプリングフィールドM1991A1――その名の通り、米軍の正式採用拳銃だったコルトM1911通称ガバメントのスプリングフィールド社製クローンモデルだ。
ガバメントから放たれた.45ACP弾が、男の右目から侵入し、脳髄を破壊する。二人目、三人目にも同じように撃ち込んでいる途中で、太刀掛の弾倉交換が完了した。再度M4カービンが火を噴き始め、操舵室に繋がる階段の敵が瞬く間に全滅する。
二人は一気に階段を駆け上がり、操舵室に到達した。
「あまり銃は撃ちたくないな」
勝連が呟く。中には操船に関わる重要な機械で埋め尽くされているはずだ。下手に破壊してしまう事態は避けたい。
「中には船員だけしかいないこと祈るのみだ」
そう言い、太刀掛の左足が上がった。扉を蹴り開け、内部に突入する。
「はぁっ!」
突入した太刀掛の左から、ナイフを持った男が襲ってくる。刃が太刀掛を貫く寸前、
「ふっ!」
と、太刀掛の左手が素早く動いた。男の持つナイフを手刀で叩き落とす。さらに跳ね上がった左手で男の鼻面に裏拳を決める。怯んだ男に、右手で保持したM4を向け一発だけ撃った。
後から突入した勝連も、こちらにライフルを向ける二人の男の眉間を、正確にガバメントで撃ち抜いた。
「全員動くな!」
勝連が警告する。室内にいた人間は、撃ち倒した三人以外は武器を持っていないようだ。碌な抵抗もせず、動きを止めている。
「よーし、いい子だ」
勝連は無線で、後続部隊の到着を援護しているであろう
「勝連だ。操舵室を制圧した」
そう言いながら、この船の「舵」を握っている男へ近づき、
「さて、船を止めてもらおうか」
と、ガバメントの銃口を向ける。
だが、男は特にリアクションをせず、黙って操船を続けていた。
「おい、聞こえないのか? 船を止めろ!」
勝連が声を荒げた。
次の瞬間、男が頭を前後に勢い良く振り、かぶっている帽子が宙を舞った。勝連と太刀掛の目が、一瞬帽子に向く。
男は振り向きながら、目に留まらぬ速さで左手を振った。風切り音と共に、袖に仕込まれていたダーツが勝連に向け飛ぶ。
勝連は咄嗟に頭を下げて避けた。その瞬間、ガバメントの狙いが男から逸れる。
振り向いた男が動いた。右足がしなやかに伸びると、ガバメントを蹴り飛ばす。
勝連は左手のストレートを放つが、男は右腕で簡単にブロックする。
勝連は右拳を突き出す。すると、今度は相手が身を低くしながら右腕で逸らした。そのまま前進し、受けた腕の肘で勝連の脇腹を突く。
勝連の身体が吹っ飛び、床を転がった。
そして、今度は男が太刀掛に襲い掛かった。
「ちっ」
太刀掛は軽く舌打ちすると、M4カービンを男へ投げつけた。この間合いでは撃ち合うより殴り合った方が速いのだ。男がM4を弾き飛ばし、さらに太刀掛に接近する。
迎え撃とうとした太刀掛は、男の手に新たな武器が握られていることに気付く。長さ二〇センチの筆のような形状の金属の棒だ。筆先が鋭利な針になっている。
男が突いてくるのを左手で冷静に払う。男は左手でも同様の武器を袖から抜き、突き出した。筆先が太刀掛の首筋に迫る。首まで数センチのところで、太刀掛の右手が武器を掴んで止める。
男が左手から武器を離したところに、太刀掛が蹴りを放った。男が咄嗟に跳び下がって間合いが開く。
太刀掛に、男を観察する余裕が生まれた。
これまでにこの船で応戦してきた男達は、大半がアジア系とコーカソイド系の特徴が混在した肌や顔立ちをしていた。この船がトルコ船籍であるから、トルコ特有の人種ばかりなのは理解できる。
しかし、目の前の男は東アジア系(日本人ではないが)の顔立ちだ。そして、使っている武器、
太刀掛は奪った判官筆を右手に構える。相手も同じように、筆先を太刀掛に向けた。
互いにすぐには動かず、睨み合う。
永遠に続くかと思われたが、その静寂が突如打ち破られる。
太刀掛の右手が動き、手に持っていた判官筆を投擲した。相手は突如投げられた武器を、最小限首を傾けて避ける。
そして、今度は太刀掛から相手に向かって間合いを詰めた。男が判官筆を持った右手を突き出す。それを太刀掛は身体を反らしてかわした。太刀掛の胸板すれすれを通過する針。太刀掛は右手で相手の右手首を掴むと、突き腕を引き込みながら、伸び切った膝を踏み付ける。骨の砕ける、不気味な音が響いた。
「ぎっ!」
男は呻き声を上げつつ、左手を太刀掛の右腕に伸ばす。左手で掴み、判官筆を握った手から引き剥がそうとした。さらに、この状態から横に振れば簡単に太刀掛の背後を取れる――もっとも、取れたら、の話だが。
太刀掛は掴まれた瞬間、自ら相手の懐に踏み込む。それにより相手の腕のみが伸びた体勢を作り出した。これで相手は太刀掛を振り切ることが出来なくなった。
太刀掛は指を軽く曲げた左手を突き出した。踏み込みと同時に繰り出された突きが、男の喉を潰した。無理矢理喉から吐き出された空気が奇妙な音を立てる。
そこへ太刀掛は手刀を放った。小指と手首の間にある豆状骨が、男の頸椎を叩き折る。
力を失った男の手を振りほどくと、再度踏み込むと同時に両手で掌底を繰り出した。太刀掛の全体重の乗った、強烈な一撃が男の鳩尾を捉え、その体を吹き飛ばす。男の身体は容易く宙に浮き、壁と激突、動かなくなった。
太刀掛は肺に溜まった空気をゆっくりと吐き出す。
「お見事です」
やっとダメージが回復したのか、勝連が立ち上がって称賛する。
「いや、手強い敵だったよ」
勝連がガバメントを拾い、
「さて、まだ抵抗する気概がある奴はいるか?」
と、こちらの戦闘を黙って見ているだけだった船員たちを睥睨する。
「よし……そこに隠れている操舵手!」
「は、はい!」
コンソールの陰に隠れていた、本物の操舵手が慌てて這い出てくる。
「言わなくても分かるな?」
「こ、この船を止めるんですよね?」
そう言って、一斉に船員達がこの船を停止させるため動き出した。
その様子に満足しつつ、勝連は再度無線で部下達に連絡を入れた。
「勝連だ。操舵室を制圧した」
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